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第7話 7

 数日後、俺は執務室でソフィアを待つ間、ユリアンとロイドにカリスト叔父上の活躍を話して聞かせていた。


「――で、『悪いが後始末は頼むわ』だぜ?

 さすが叔父上! 懐の深さが違う!」


 普通の貴族ならば、他の男に汚された可能性のある令嬢は切り捨てて、別の女を娶ってもおかしくない。


 たとえそれが未遂であったとしても、よその男に肌を晒しただけでも不貞とされるのが、貴族令嬢の世界なのだ。


 けれど、叔父上はクリスティア嬢をより深く愛そうとしたんだ。


 興奮して話す俺にロイドは生暖かい目を向けてくる。


「で、でもオレア様も、パルドス戦役で似たような事をソフィア様にしてたよね?

 ボクはあの時のオレア様、カッコいいって思ったよ?」


 ユリアンが褒めてくれるが、俺は首を振る。


「ユリアン。俺なんかと叔父上を比べちゃいけない。

 俺にはまだまだ、あそこまでの器の広さなんてないんだからな」


 いつかはあんな風になりたいとは思う。


 けれど、今はまだまだ足元にも及ばない。


 そんな話をしていると、ドアがノックされて、フランを連れたソフィアが入ってくる。


「――待たせたわね」


 と、ソフィアは不機嫌そうにみんなに告げて、俺の隣に腰を下ろす。


 フランがお茶の用意を始めて、俺はそちらに顔を向けた。


「あ、フラン。俺はコーヒーな!」


「わかってますよ。殿下は本当にコレがお好きですね~」


 ――そう。


 俺は先日、ついにコーヒー豆を入手したのだ。


 きっかけはユメがカレーをレプリケーターで出した事だ。


 ――カレーがイケるんなら、コーヒーもイケるんじゃね?


 そう思って試してみたところ、本当に出せてしまったのだ。しかも焙煎済み!


 試しに実も出せないものかと実行してみたら、できてしまったので、今は城の温室で栽培できないか、農林省管轄で実験中だ。


 増えたら国内の適地で農家に配って、産業化体制に入るのだ。


 コーヒー党、増えるといいなぁ。


 用意を終えたフランがテーブルにカップを並べたところで、ソフィアが語り始める。


「今回のクリスティア様の拉致の件ね、それ自体は突発的な思いつきによる犯行だったようだけど、ルブラン家の取り込みに関しては結構前から画策していたみたいね」


 そうしてソフィアはお茶をひとすすり。


「――まずダート・オースティン。

 彼は国外に運輸販路を欲しがってルブラン家の取り込みにかかったようだけど、その理由っていうのが、彼の裏商売にあったのよ」


 ソフィアが調書を俺に手渡してくる。


 それに目を通して、俺は怒りに奥歯を噛み締めた。


「――奴隷売買だとぉ!?」


「そう。しかも旧ホツマ領での魔属拉致によって、ね」


「それって、カリスト叔父上が潰したっていう?」


 俺の問いに、ソフィアは一度うなずき、それからため息をついて首を振った。


「そうなんだけど……潰れされたのは現地の民を使った末端組織みたいね。

 本拠はオースティン領なんだもの。いくらでも替えが効くってワケ」


 ホルテッサでは――より正確にいうならば、<中原大戦>における連合軍所属国家は、パルドス王国以外はすべて、奴隷売買も所有も禁じている。


 それは大戦のきっかけとなったホツマの主張によるものが大きい。


 各国は大戦の再発を恐れたのだ。


「それを……あのクソが……」


 すでにソフィアは第二騎士団を動かして、オースティン領の捜査に向かわせていると告げる。


「――アドミシアはどう関わってるんだ?」


「単純に金策ね。パルドス貴族にコネがあったみたいで、オースティンを引き合わせて両者から仲介料を取っていたようよ」


 公爵レベルの生活を降爵後もそのまま続けようとしたのだと、ソフィアはため息をついた。


「そのコネとやらで、パルドスの<兵騎>も入手したってわけか」


 経済的に困窮している現在のパルドスなら、<兵騎>も喜んで売り渡しただろう。


 そうして入手した金で、パルドス貴族は魔属奴隷を手に入れようとしたということか。 


「あー、クソっ!」


 俺は頭を掻きむしってうめいた。


「整理するとだ。

 まず、ホルテッサ貴族のオースティンがホツマから人さらいをしていた」


 これはあの二人を処分して済む話ではなくなっている。


 国としてホツマに謝罪しなければいけないレベルの話だ。


 幸いなのは、まだホツマからそんな要請がないという点か。


 バレてから謝罪するのと、こちらから謝罪するのとでは、相手の心証が変わってくる。


「……手土産がいるな」


 俺はコーヒーをすすって、頭をすっきりさせる。


「ひとまずそれは置いておいて、なぜこんな事になったのかという点だが……」


「商人がいまだにパルドスに入国している事が原因ね」


 そこだな。


 パルドス人がホルテッサに入国するのは禁止したが、他国がパルドスを通って、あるいはホルテッサからパルドスを通って他国へ向かう事は禁じていない。


 パルドス王国の貨幣は、国体の崩壊と共にすでに信用価値を失っているのだが、裏の商売にとっては関係ないようだ。


 武器、薬物、そして奴隷。


 貴族と民衆が争う彼の国では、裏の商売こそ需要があるのだろう。


「いっそパルドスへの入国を禁止するか……」


「でも、それだと西側諸国への道程が遠回りになるわ」


 クソ。本当にどこまでも面倒くせえ国だ。


 俺はフランに地図を持ってきてもらい、テーブルに広げる。


「確かに、西側に行くにはパルドスを横切るのが一番早いんだよなぁ」


「そうじゃなきゃ、商人達も好き好んで紛争地帯を横切ったりしないでしょう」


 と、ソフィアが商人達が主要としている街道を指し示す。


 尻尾のように南に伸びた領土の一角だ。


「ああ、そういえば南側は比較的、荒れてないんだっけ」


 叔父上がそんな話をしていたな。


「商人が通る分、物資的に余裕があるからでしょうね」


 俺は地図を見下ろしながら、コーヒーをすする。


 さて、どうしたものか。


 と、カフェインを与えられて高速で回りだした俺の脳が、ひとつのひらめきを生み出す。


「フラン、大戦前の国境が載った地図を出してくれ」


「――五十年前のものですか? ちょっと図書館から持ってきます」


 そうしてフランが持ってきた地図を見て、俺は予想が正しかった事を確認できた。


「やっぱりな。主要街道なんてインフラ、怠惰なパルドスの連中が敷くとは思えなかったんだ」


 この街道、元はホツマの領土だったところを通っていたんだ。


 そうなると、ふたつの面倒事が一気に片付くぞ。


「ソフィア。連合所属各国の大使に連絡を。

 旧ホツマ領をホツマに返還させるんだ。

 国境を敷き直して、連合軍を駐留させればパルドスも手出しできないだろう」


 どこの国もパルドスに関わりたくないという思いが一緒なのは、先の戦役で確認済みだ。


 それでも中原の東西の交易において、商人がパルドスを通行せざるを得ないのは、ウチだけではなく、各国で悩みのタネになっているはず。


 なんせ紛争地帯を通らざるを得ないのだから。


 大戦後のどさくさで、パルドスが勝手に切り取った領土だ。


 内戦のどさくさでホツマに返還されても、文句は言えないだろう。


 いや、そもそも文句を言う外交官が、今のあの国にはいない。


 ざまあみろだ。


 あいつら、連合国がいくらホツマとちゃんと交渉して、国境を確定させろと呼びかけても、『すでに国境は確定している。話し合う事はない』つって、会談の場に来やがらねえんだ。


 それでも各国が強く呼びかけると、今度は泣き喚いて論点をそらす。


 周辺各国はこの領土問題に、かなり参ってたんだよな。


「これを手土産に、ホツマへの謝罪に特使を向かわせよう。

 アドミシアとオースティンも引き渡す。

 両家ともに取り潰しだ。

 そして今後、パルドスへの出国は特殊な事情がない限り禁止とする」


 それでパルドスがどうなろうと、ホルテッサの知った事じゃない。


 連合軍が国境を守る分、商人達は交易しやすくなるだろう。


 裏の商売? 犯罪者の事情なんか知った事か。


 俺の話を聞いたソフィアは、手帳を取り出してなにやら書きつけていたが、やがて顔を上げてうなずいた。


「……イケるわね。むしろこの案なら、ホツマとの交易もしやすくなるわ」


 パルドスの高い関税や通行税がかからない分、より安くホツマ製の魔道器が流通するようになるはずだ。


「あとは特使をどうするかだけど……」


 ソフィアはペンを顎に当てて首を捻る。


「それなんだけどな――」





 秋晴れの空の下、狼型に変形した量産<狼騎>が大型鉄馬車に繋がれる。


 特使として派遣される外務官僚がそれに乗り込み、騎士達も馬や<騎兵騎>に乗り込み始めていた。


 彼らはこれから離宮で父上から委任状を受け取った後、ホツマに赴いて会談、さらにそのまま連合軍所属各国を回って来る予定だ。


 何事もなく予定通り進んだなら三ヶ月ほどの旅程になる。


 そんな特使団の代表を務めるのが――


「それでは叔父上、頼みます」


 俺は今回の顛末を記した父上への手紙を叔父上に預けて、そう告げた。


 叔父上の隣では、クリスティア嬢――いや、ふたりは式に先立ってサティリア教会で祝福してもらったから、いまや彼女はガル公爵夫人だ――が、サラと抱き合って別れを惜しんでいる。


「しかし悪いな。特使名目で新婚旅行に行かせてもらうような感じになっちまって」


 叔父上は頭を掻いて言うのだが、俺は笑って首を横に振った。


「いえ、仕事はきっちりしてもらいますよ」


 そうして俺は叔父上に顔を寄せて小声で言う。


「官僚のふるいがけ、しっかり頼みます」


 すると叔父上は鉄馬車に乗り込んでいく官僚達を横目で見やって、ニヤリと笑った。


「――それは任せとけ。なぁに、周る予定の国の貴族には知り合いも多い。

 うまいことやってやるさ」


 俺は冒険者では貴族と知り合う機会などないと考えていたのだが、叔父上クラスになると、直接貴族から依頼される事もあるのだそうだ。


 そういえばリリーシャ皇女も護衛を依頼したって言ってたもんな。


 そう考えると、叔父上の外務大臣という配役は思いの外、当たりだったのかもしれない。


 サラが夫人から顔を上げて、笑顔を見せる。


「――サラは本当に、一緒に行かなくていいのか?」


 俺が尋ねると、彼女は首を横に振って。


「サラね、一緒に寝たり、ご本読んでもらったり、お散歩したりで、ずっとお母様に甘えさせてもらったもん。

 それにオレアお兄様もソフィアお姉様達もみんなみんないるから、寂しくないよ」


 そうしてサラはカリスト叔父様を見上げてニコリと笑う。


「だからね、少しの間、お父様にお母様を貸してあげるの!」


 そんなサラに叔父上は困ったような表情を浮かべ、サラの白髪を優しく撫でた。


「土産をたくさん持ってきてやるから、オレアの言う事を聞いて、良い子でいるんだぞ」


「――うん!」


 そうして叔父上は夫人を伴って鉄馬車へと歩き出す。


 サラが俺の手を握ってきて、彼女を見ると、やっぱり寂しさを堪えていたのだろう。涙を堪えて叔父上の背中を見つめていた。


 俺はそんなサラを抱えあげて横抱きにすると。


「ほら、サラ! いってらっしゃいだ!

 そして帰ってきたら、いっぱいおかえりなさいしような!」


 そう言うと、サラは泣き笑いのような笑みを浮かべて、一生懸命に叔父上達に手を振った。


「――お父様、お母様、いってらっしゃい!」


 サラに手を振り返して馬車に乗り込む叔父上の背中を見つめながら、俺は思う。


 今はまだ、サラの涙を止める事すら難しいけれど。


 いつかあの大きな背中を持つような漢になって、多くの人の涙を少しでも減らせるようになりたいと。


 ――そう。叔父上の大きな背中は、俺に漢のあり方を教えてくれたんだ。

叔父上の活躍、如何でしたでしょうか?


今回、ヒロイン視点がない?

いいえ。ありましたよ?

今回のヒロインは、殿下だったのです。

大人の漢に憧れる殿下。

今後の成長にご期待下さい。


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