第7話 3
カリスト叔父上の予想外の復帰に、王城や貴族達はてんてこ舞いになった。
飛ぶように二週間が過ぎ去り、なんとか叙爵の日までこぎ着けた。
本当なら父上に離宮から出てきてもらいたかったのだが、いかに弟の叙爵とはいえ、現体制は崩せないという事で、俺が叔父上を叙爵する事になった。
謁見の間に詰めかけた貴族達を左右に、赤絨毯の上で跪くカリスト叔父上――ガル公爵に、俺は叙爵の句を紡いでいく。
この国では、王族が臣籍降下した際、その幼名を名字とするのが習わしだ。
ボサボサだった頭を整え、後ろに撫で付けた叔父上は、今日はちゃんとヒゲも剃っていて、礼服を着込んだその姿に、参列した女性陣が頬を染めている。
叔父上の隣では、不思議そうに周囲を見回すドレス姿のサラが、それでも大人しく叔父上を真似て跪いていた。
式典は滞りなく終わりを迎え、俺が玉座に戻ると、貴族達から惜しみない拍手がガル公爵に送られる。
サラが驚いたように耳を抑えると、貴族達がその愛らしさに微笑みを浮かべた。
どうだ。俺の妹分は可愛いだろう?
俺とサラはこの二週間ですっかり仲良しになっていた。
今では図書館で本を読んでやったり、一緒にコラーボ婆のトコに遊びに行ってゲームしたりする仲だ。
仕事?
俺の仕事は指示する事だ。
それ以外の時間で、可愛い妹分を可愛がってなにが悪い。
貴族の中には、公爵家の養女に魔属を迎える事に難色を示す連中も居たが、俺が認めた以上は表立って批判はできないようだった。
専政君主国家万歳だ。
まあ、いずれは議会制に変えていかないといけないんだろうけどな。
今はまだ時期じゃない。
さて、式典も終わったことだし、次は宴だ。
わずかな時間の休憩がある為、俺は玉座を立って控室に向かう。
俺が去るのに気づいたサラが、笑顔で手を振ってくれた。
かぁわいいなぁ……
俺は表情が緩みそうになるのを堪えて謁見の間を後にする。
ほどなくしてソフィアも控室にやってきて、俺が座る向かいのソファに腰を降ろした。
「やっとここまで来て、ほっとしたわ」
疲れているのか、目頭を揉んでため息を吐く。
「なんでそんな疲れてるんだ?」
「……アドミシア伯爵よ」
元公爵だった彼は、嫡男のグラートのやらかしで、今は伯爵に降爵されている。
「返り咲きを狙ってるのでしょうね。
カリスト叔父様を旗頭にして、派閥を作ろうとしててね……」
「あのおっさん、まだ権力を諦めてねえのかよ!?」
もはや叔父と呼ぶ気すら起きない。
「それに外務省が乗っかって……」
「確かに諸国漫遊してきたカリスト叔父上なら、海外への知見も豊富だろうけど、あの人は冒険者だったから、外交とかは向かないと思うぞ?」
「わたしもそう思うわ。でも、連中には関係ないみたい。
――要は頭の軽い神輿と考えてるのね」
「ハハッ! 叔父上が頭の軽い? なにそれ、ウケる!」
叔父上が出奔したのが十年も前になるから、今の官僚の主導権を握っている連中は知らないんだろう。
叔父上が学生にも関わらず、勇者認定されるほどに冒険できていたのは、ひとえに授業をサボっていても、主席を維持し続けたからだ。
文武両道を地で行く人なのだ。
そもそもソフィアの父であるディオス叔父上が、母上と入れ替わるようにクレストス家に婿入りできたのも、カリスト叔父上という後継が居たからだ。
もし父上に万が一が、あるいは俺が生まれなかった場合でも、カリスト叔父上を王にして、自分が支えるという腹づもりがあったのだと、昔、父上と話していたのを聞いたことがある。
もっとも、本人はそれだけの才がありながら、権力に見向きもしないという破天荒な性格をしていたのと、俺が無事に生まれた為に、あくまで計画だけで終わったようだが。
「ウケてないで、どうするか考えて。
外務省は叔父様を本気でトップに据えたがっているわ。
ほら、こないだリリーシャ皇女の件で大臣を更迭したでしょう?
アレで懲りてないようなのよ」
「所詮は挿げ替えの効く頭って事か……」
俺は腕組みして頭を捻る。
「……もうさ、いっそ叔父上に外務大臣になってもらうか?」
俺の呟きに、ソフィアは扇を広げて口元を隠す。
「どういう事?」
「人事権も与えて、クソ官僚を切ってもらうんだよ。冒険者やってたんだから、人を見る目はあるだろ?」
冒険者の世界は騙し騙されが日常だと聞く。
もちろん叔父上のように義に篤い人物もいるのだろうが、基本的には彼らも食っていくのに必死な弱肉強食の世界なのだ。
「つまり連中の目論見を逆手に取るって事ね?」
ソフィアが扇で隠しながらも、笑みを濃くした。
と、そこで控室のドアが開き、カリスト叔父上がサラを連れてやってきた。
「なーんか悪ガキ共が悪巧みしてる匂いがするぞぉ~」
昔よく言っていたセリフで登場した叔父上は、俺の隣に腰掛けて俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
サラがソフィアの隣に腰掛けると、フランが慌てて二人のお茶の用意を始めた。
「面白そうだから、俺もいっちょ噛ませろよ」
そう言って笑うものだから、俺達はさっきまで話していた内容を告げる。
ソフィアがより現実に即したものにブラッシュアップかけた案をだ。
「要するに俺が外務大臣になって、使えない連中を炙り出せって事か?
よくそんなの思いつくな。さすが兄貴達の子供だ」
「わたしの悪巧みの基礎は、叔父様から教わったつもりですけど?」
ソフィアがそう微笑むと、カリスト叔父上は苦笑して応える。
「バカ言え。おまえのそれは、ディオス兄貴の薫陶の賜物だよ。
――俺はそこまでの搦め手は使えん」
そうして叔父上は少し寂しそうに目を細めて。
「ソフィア。ディオス兄貴の葬儀に出てやれずに済まなかったな。
――兄貴の最後はどうだった?」
「急な病でしたが……満足そうにはしていました。
倒れる前の写真が残っているので、今度お見せしますね」
「ぜひ頼む。リチャード兄貴にも会いに行かなくちゃな。
オレア、予定の調整頼むな」
俺とソフィアは嬉しくなって、笑顔でうなずきを返す。
俺もソフィアも、この兄貴分のような叔父が大好きなのだ。
それから俺達は宴の時間まで、思い出話を交えつつ、今後の計画を練っていった。