第7話 2
学生時代から、冒険者としてホルテッサ国内の遺跡や魔境を回っていたカリスト叔父上は、二十四歳になると、国内に飽きて王位継承権を放棄し、国外へ出奔した。
それから十年余り。
中原中の遺跡や魔境を見て回った叔父上は、先日、パルドス王家が滅んだと聞いて、パルドスに立ち寄ったのだそうだ。
一昔前から外貨獲得に必死になっていたパルドス王国では、遺跡や魔境の立ち入りに、法外な入場料を取っていて、冒険者達は自由に立ち入る事ができなかったのだという。
残存貴族と民衆が争う危険な状態のパルドス王国だったが、叔父上にとってはさして苦にもならなかったようだ。
数週間かけて有名所をおよそ周りきった叔父上は、次の行き先を検討しながら、比較的荒れていない南に向かったのだという。
「――そこで、ホツマから人さらいをして奴隷にしている連中を見かけてな……」
元々パルドス王国はパルドス人――その祖は魚属と人属の混血なのだが――以外を見下す性質があり、獣属を隷属していた。
だが、国体が崩壊した際に、ホルテッサを含む周辺各国は獣属を奴隷から解放して受け入れている。
一次産業の労働を獣族に課していたパルドスだから、奴隷が居なくなって立ち行かなくなったのだろう。
結果、新たな隷属者として、魔属に目をつけたのだ。
ホツマは現在、少々ややこしい国際情勢に置かれている。
五十年ほど前、当時のホツマの王――つまり魔王なのだが、他国における魔属や獣属の扱いに嘆き、他国に対して待遇改善を求めた。
だが、強力な魔法を扱う魔属や、高い身体能力を持つ獣属は当時、人属にとっては恐怖の対象と映っていた為、各国は魔王の申し出に反発。
結果として、魔王は武力による中原統一によってそれを成そうとしてしまった。
中原各国は連合軍を結成し、全面戦争に発展。
並行して参集された冒険者による勇者パーティーによって、魔王の暗殺が果たされ、戦争は集結を迎える。
『中原大戦』と呼ばれるようになったこの戦争以降、ホツマは軍の保持を禁止され、各国連合軍に防衛を依存する事になった。
しかし、彼らは逞しかった。
後を継いだ次代魔王は内需活性に専念し、持ち前の魔法と魔道技術によって、ホツマは発展を果たした。
ホルテッサ内でも、ホツマ製の魔道器は一家に最低でも一器はあるだろう。
現在では中原の国際社会で欠かせない存在にまでなっている。
この辺りの逞しさは、前世の日本に似ていて、俺はホツマに親近感を覚えてしまう。
「――パルドス人は、やたらホツマを見下してたからなぁ……」
俺は果実水をすすって、憎々しげに呟く。
敗戦国にはなにをしても良いという言い分の元、終戦直後から、かなり無理難題な言いがかりを突きつけていたのだ。
連合軍の承認なしに、勝手にホツマの領土を切り取って自国領と主張したりというのも、そのひとつだ。
カリスト叔父上が立ち寄ったのは、そんな地域だったのだという。
「当然、俺は連中を叩き潰した!」
腕組みして胸を反らす叔父上に、俺は苦笑して、シンシアは目を丸くする。
認定こそされていないものの、叔父上は勇者並みの身体能力と魔法の使い手だ。たかだか人さらい組織など、ものの数には入らないだろう。
「で、囚われていた魔属達を解放してホツマまで送って行ったんだが、サラだけは家族が見つからなくてなぁ」
聞けば、元々がみなしごだったのを、養父となる老人に拾われて育てられていたのだそうだ。
老人が亡くなって彷徨っていたところを、パルドスの人さらいに拐われたらしい。
「そこで俺が育てようと思ったわけだが、さすがにそうなると冒険者は続けられないだろう?
まあ、俺もいい歳になって、引退も考えていたしな。
頃合いだと思って、この国に帰ってきたというわけだ」
「――という事は叔父上、これからはこの国に留まってくださるので!?」
俺が前のめりになって尋ねると、叔父上は苦笑交じりに頷いて見せた。
「冒険者ギルドで教官をとも考えたが、サラを学園にも入れてやりたいしな。
勝手に出て行っておいて都合の良い話かもしれんが、士官させてくれないか?」
「士官なんてとんでもない! 叔父上の公爵位は、父上がそのまま残してあるんです!
屋敷を用意するので、それまでぜひ城に逗留してください!」
俺は興奮して訴える。
ああ、そうさ。
俺はカリスト叔父上が大好きだ。
子供の頃、剣の稽古やいろんな遊びに付き合ってくれたからな。
しかもめちゃくちゃ強い。
男の子として、憧れない方が不思議だろう?
叔父上は俺のヒーローなのだ。
「そうか? 悪いな。
聞いたか、サラ? おまえ、公爵家のお姫様になるみたいだぞ?」
「ん~? よくわかんない!」
叔父上に尋ねられて、サラは首を傾げて可愛らしくクスクスと笑う。
「さっそく、歓迎の宴を手配しないと……ああ、シンシア。エリスと一緒に出演してくれるか?
叔父上! シンシアは今、王都で有名な踊り手なんですよ!」
「落ち着け、カイ。喜んでくれるのは嬉しいが、宴まで開くほどか?」
「開くほどですよ! 公爵叙任式しなきゃいけないんですから、宴も合わせて行わないと!」
式典嫌いの叔父上には悪いが、これは決定事項だ。
ただでさえ一度は出奔している叔父上を叙爵するのだから、他の貴族にも知らしめて、舐められないようにする必要があるのだ。
「ソフィアにも相談しないとな。叔父上、さっそく城に参りましょう!」
俺がそう告げると、カリスト叔父上は頭を掻いてシンシアに頭を下げた。
「――邪魔しちまって悪いな。シンシア嬢ちゃん」
「いえ、殿下が嬉しそうですから、よろしいのですよ。
わたくしはまたの機会に連れ出して頂きます」
シンシアがそう答え、叔父上は苦笑した。
「俺からもそうするよう、言っとくから勘弁な」
なにか二人が早くも通じ合っているようだ。
だが、俺はサラの綺麗な白髪を撫でていて。
「よし、サラ。お城に連れて行ってやるぞ!」
「お城!? 楽しみっ!」
その可愛らしい笑顔に、俺は二人の会話を聞いていなかった。