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第6話 7

 そうして豊穣祝いのパーティーの日はやってきた。


 王城のホールで行われるこのパーティーは、各領地の特産品を領主が持ち寄り、その領のコックが独自の料理を披露する場でもある。


 この交流によって、領ごとで流通が行われ、また領地を持たない法衣貴族も、気に入った領から特産品を取り寄せる事によって、経済が回るというわけだ。


 貴族ってのは、実はただ贅沢をしているわけじゃない。


 旨いものを食うのも仕事なのだ。


 俺の挨拶を皮切りに、パーティーは始まり、上位貴族から挨拶にやってくる。


 デビューを迎える令息令嬢は、親や兄姉といった後見人に連れられて挨拶にやってくる習わしだ。


 フランもまた、父親であるリグノー男爵にエスコートされてやってきた。


 この後に、パートナーであるロイドに引き渡されるのだ。


 リグノー男爵は、普段はクレストス家で家令を務めているのだが、オールバックにした白髪に、昔、任務で失ったのだという左目を眼帯で隠し、綺麗に整えた口ヒゲを生やした、イカつい悪人顔をしたおっさんだ。


 この顔からフランのような見た目の娘が作られるのだから、遺伝子というのは不思議としか言いようがない。


「――ご無沙汰しております。殿下」


 唸るような低い声に、何度、子供の頃、泣かされた事か。


 このおっさん、これが地声なのだ。


「ああ。久しいな。壮健そうでなによりだ」


 俺が手を振ると、彼は頭を上げて、壇上の椅子に腰掛けた俺を見上げる。


「――先だってのお嬢様救出の件、クレストス家並びにリグノーを挙げて、深く感謝御礼申し上げます」


「良い。ソフィアは俺の片腕だからな。取り戻すのは当然の事だ」


 俺がそう告げると、彼は喉を鳴らすような笑いを漏らし、後ろに控えたフランを示した。


「この度は娘もようやくデビューを果たす事ができました」


 フランはロイドに贈ってもらったのであろう、亜麻色の髪に映える淡い碧のドレスを纏って畏まっている。


「ああ。俺やソフィアが不甲斐ないばかりに、デビューを遅らせてしまったようなものだ。

 心から祝わせてもらう」


 実際の話、フランの陰日向の働きがなければ、俺達はもっと苦労していたはずだ。


「今日は楽しんでいってくれ」


 俺がそう告げると、リグノー父娘は臣下の礼を取って下がった。


 そのままフランはリグノー伯と共に、ロイドの元へと向かっていく。


「黙ってれば、本当に綺麗なんだよなぁ……」


「あら、フランはいつだって輝いているでしょう?」


 俺の言葉に、隣に立つソフィアは不思議そうに首を傾げる。


 ヤツはおまえの前では本性を見せないからな――とは言わずにおく。


 正直、俺にもわからなくなってきてるんだよな。


 メイドとして淑女の鏡のようなフラン。


 騎士達と接する時の、豪快なフラン。


 そして、先日の恋心を吐露した時の……フラン姉。


 どれも本当のように思えるし、どれもが装っているようにも思える。


 貴族達の挨拶は続き、終わった者から、食事が並べられたテーブルに向かったり、ダンスホールに向かったり。


 横目で見ると、フランとロイドはダンスホールに向かうようだ。


 ……がんばれ。フラン。


 俺は心の中で声援を送りつつ、次の挨拶を待つ。


 ――と。


 進み出てきたのは、金糸を縫い付けたクリーム色のドレスに紫水晶のような透き通った髪をした少女だ。


「――ミルドニア皇国の第二皇女リリーシャ・エル・ミルドニア殿下です」


 外国の主要人物図鑑さえも、その頭脳に完備しているソフィアが、扇で口元を隠して囁いてくれる。


 だが、この髪色――俺、どこかで見たぞ?


 というか、なんでミルドニアの皇女がこの場にいる?


「――お初にお目にかかります、でよろしいのでしょうか。オレア王太子殿下。

 それとも、先日は助けて頂いてありがとうございます?」


 ん?


「――あっ! あの時の女学生か!」


 俺は声をあげてから、ふと首を捻る。


「いや、だがあの時、俺は――」


 姿変えの魔法を使っていたのだが、なぜわかった?


「――破魔の魔眼だね」


 いつの間にか俺の隣にやってきていた、白いドレス姿のユメが、カレー皿片手にスプーンでリリーシャ皇女を指す。


 てかカレーライス? おまえ、それどうした!?


 この国にはなくて、俺、めっちゃ探してたんだぞ。


 そんな内心を押し隠しながら、俺はリリーシャ皇女を見やる。


「そちらの方の――」


「ユメだよ~」


「――ユメ様の仰る通りです。わたくしの瞳は魔道を見通す眼……」


 彼女が一度まぶたを閉じて、再び開くと、その瞳が虹色に輝く。


「それで先日のが俺だと見破ったというわけか。すごいな」


 世の中、魔法以外の異能を持つ者もいるとは、本なんかで知っていたが、まさかミルドニア皇国の皇女がそうだとは。


「お褒めにあずかり恐悦です。

 並びに、此度のわたくしの留学受け入れ、心より感謝申し上げたく、本日は参りましてございます」


 彼女の言葉に俺がソフィアに目を向けると。


「パルドニアの戦後処理のゴタゴタで、殿下まで話が通ってなかったようですね」


 扇で口元を隠して彼女は告げる。


 クソっ! 外務官僚共め。相変わらずあそこは仕事がいい加減なんだよ。


 すぐ外交機密とか言って、報告をボカしやがる。


 などと内心では憤りつつも、俺は笑顔を貼り付けて。


「学院で困った事があったら、気軽に相談して欲しい。

 今日は折よくホルテッサ各地の特産を集めた催しだ。ぜひ堪能していって欲しい」


 そう告げると、彼女は優雅にカーテシーして微笑んだ。


「お心遣い、痛み入ります。後ほど、我が国の外交官からミルドニアの献上品が届けられると思いますので、お収め下さいませ」


 そう言って、彼女は下がっていく。


 俺は嘆息して、ソフィアを見た。


「……わかってる。外務省ね。あとで話し合いましょう」


 互いにうなずき、そろって首を振る。


「……ところで、だ。ユメよ」


 目を細めて至福そうにスプーンを咥えるユメを俺は見る。


「そのカレー、どっから持ってきた」


 途端、ユメは得意げに胸を張る。


「わたしの大好物だからね。この国に無いって聞いて、コラちゃんのレプリケーターで作ったんだ」


 レプリケーターというのは、食い物ならなんでも出してくれる、あの謎釜の事だ。


「で、それをお城のコックさん達に食べてもらって、再現してもらったの。

 ほら、今日のパーティーって、コックさん達の料理自慢大会でもあるんでしょ?

 かなーり、がんばって再現してくれたよ」


 スプーンを立てて、ユメは告げる。


 クソ、そんな手があったとは……


「オレアくんも欲しい? 持ってきてあげよっか?」


「おう。ぜひ頼む。カレーは俺も大好物だ!」


「確かに食欲がそそられる香りだけど……そんなにおいしいの?」


 ソフィアも興味深げに、ユメの持つ皿を覗き込む。


「きっとソフィアちゃんも虜になるよ!

 じゃ、二人分持ってきてあげるね~」


 そう言って、ユメはトテトテと料理の並んだテーブルへと歩いていく。


 うおぉ……十七年ぶりのカレーライス……


 やべっ、匂いだけで泣けてきた。


 ソフィアが不審げな視線を向けてくるが、この感動はきっとおまえにはわからないだろうよ。


 そんな事を考えながら、ユメの帰還を心待ちにしていた時だ。


 不意にダンスホールの方が騒がしくなった。

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