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第6話 4

 フランがロイドにパーティーに誘われた翌日、彼女は俺の執務室にやって来た。


「カイくん! わたしにダンス教えて!」


 普段の取り澄ました様子でも、バカにした時の態度でもなく、完全に素の――まだ立場とか関係なかった頃の、『フラン姉さん』の口調だ。


 いくらなんでも必死すぎだろう。


 俺は尾行してた事などおくびにも出さず。


「なんだよ、急に。なんでまたダンス?」


 知らないフリを貫いて、フランに尋ねる。


 フランは昨日、ロイドに豊穣祝いのパーティにパートナーとして誘われた事、断ろうとしたものの、強く押し切られて断りきれなかった事を説明する。


 まあ、知ってる。


 見てたし。


 顔が青を通り越して白くなってたのが面白かったとは、口には出せないのだけど。


 フランはこれでもクレストス公爵家の譜代家臣であり、ちゃんと爵位を有するリグノー男爵家の令嬢だ。


 三年前まで学園にも通っていたのだから、ダンスの授業もあっただろうに。


 それを尋ねると。


「…………サボってた」


「は?」


「サボってたの! あの当時は家を継ぐつもりだったから、社交系の授業はサボって、図書館で知識詰め込んでたのよ!」


「え? でもおまえ、ソフィアに家庭教師と一緒にダンス教えてたんじゃ……」


 ソフィアからはそう聞いていたが。


「だから、男性パートは踊れるの! 問題は女性パートでしょう!?」


 フランが必死過ぎる。


「今から家庭教師探しても、パーティーは来週でしょう?

 間に合わないのよぅ!

 ほら、カイくん、昔ソフィアお嬢様に女性パートのお手本見せてたでしょ?

 お願い! 助けると思って!」


 なるほど。それで俺を頼ったというわけか。


 懐かしいな。


 ソフィアは昔から、頭脳労働はずば抜けて得意だったけれど、身体を動かすのはそれほど得意じゃなかった。


 ――ぽんこつと言ってもいいレベルだ。


 そんな彼女のダンスレッスンに付き合う内に、俺は女性パートを覚えてしまい、フランを相手に、ソフィアに見取り稽古をさせていたんだ。


「……わかった。それじゃまず、俺がひとりで動きを見せるから覚えてくれよ」


 そうして俺とフランのダンス特訓が幕を開けた。


 元々、暗部の訓練を受けていて身体が鍛えられている事もあって、三日も経つ頃には、フランのダンスは様になってきた。


 慣れないヒールでフラつく事はあるものの、俺の足を踏むような事はない。


 魔道器から流れるピアノの音をバックに、今は会話しながらでもステップを踏む練習だ。


「――そういやおまえ、ドレスはどうするんだ? 持ってんの?」


 男爵令嬢と言っても、フランは社交界デビューを蹴って、ソフィアの専属メイドになっている。


 パーティードレスを持っているとは思えない。


 何気なく聞いたその質問に、フランの顔は一気に真っ赤に染まった。


「……その、ロイド様が贈ってくださると……」


 かろうじて聞き取れる声で、彼女はそう告げる。


 恥ずかしさからか、わずかにフランのステップが乱れた。


 マジか!?


 やるなぁ、ロイドのやつ。伊達にイケメンやってねえな。


「じゃあ、ヒールだけちゃんとしたの見繕っておけよ。

 今履いてるの、練習でくたびれてきてるからな。

 なんなら、王城のを貸しても良い。母上のか、セシル用に購入したのがあったはずだ」


「……うん。ありがとう」


 素直過ぎて、フランが気持ち悪い。


 魔道器の曲が止んで、俺とフランは繋いだ手を掲げて一礼。


「ちょっと休憩にしよう」


「ふふ、そうね」


 そうして俺がソファに腰掛けると、フランはごく自然にお茶の用意を始める。


 ひどく懐かしい雰囲気。


 最近のフランは、なんか知らんが妙に怖いけど、昔は優しい姉貴分だったんだ。


 そんな雰囲気に当てられて、俺は何気なくフランに尋ねる。


「――その、さ。ロイドの事はいつから?」


 カチャリと茶器が鳴って、フランは大きくため息をつく。


「……まあ、ここまで協力してもらっておいて、話さないっていうのも不義理だよね」


 そう言うと、フランはお茶を注いだカップを二つ持って、俺の向かいのソファに腰を降ろした。


「カイくんは、いつからだと思った?」


 尋ねられて、俺は腕を組んで首を捻る。


「んー、そうなんじゃないかって気づいたのは、おまえが俺を脅した時だけど……その前辺りか?」


 ロイドが俺の専属のようになったのは、大劇場が完成した辺りからだ。


 それまでは複数人が入れ替わりだったのだが、一番、融通が利いて動きが良かったから、専属にしたんだよな。


 それから彼は、俺の執務室からソフィアの執務室まで書類を運んだりといった、秘書のような仕事まで進んでやってくれるようになった。


 そこでフランとの交流が増えたのが、きっかけになったんじゃないのか?


 俺がそう尋ねると。


「まあ、そう思うよね」


 少しだけ寂しげに笑い、フランはお茶をひと飲み。


「……実はね、学園時代からなんだ」


「――は?」


 俺は学園時代のフランを――フラン姉だった頃の彼女を良く知っている。


 下ろせば綺麗な亜麻色の髪を、わざわざギチギチの三編みにひっつめ、分厚い眼鏡をかけて顔を鎧い、「男になんて興味ない! 勉学がすべて!」と全身でアピールするかのような格好を装っていた。


 さらにフラン姉は、将来に関係ないと思われる科目は、進級できる最低限の出席に止め、病弱を装ってお茶会などもすべて断って、図書館に通い詰めていたのだという。


 付いたあだ名が「図書館の主」だ。


 ちょうど俺の入学と入れ替わりで卒業したので、授業態度などは直接は知らないのだが、ソフィアからそう聞かされている。


「あのガリ勉スタイルを貫いてたフラン姉が?」


 俺の問いに、フランは顔を俯かせるようにしてうなずく。


「わたしが一年生の時、ロイド様は三年生だったわ。

 ――あの頃から、見た目が良いから多くの令嬢方に囲まれていたわね」


 そうして、フランは当時を語りだす。

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