閑話 2
殿下が走り去った途端、ソフィアお嬢様は周囲に視線を走らせて、誰も居ないのを確認すると。
「ん~~~~っ!!」
真っ赤にした顔を両手で抑えて、その場にしゃがみ込んだ。
「そんな風になるくらいなら、煽らなければ良いじゃないですか」
わたしは思わずため息を吐く。
「フランだって乗ったじゃない!」
爪先をバタバタさせて、わたしを非難するお嬢様。
あっちがへたれなら、こっちは長年の想いを拗らせた臆病者。
まあ、お嬢様に関しては、自覚するようになった分、成長したと言えるのだろうか。
「ねえ、フラン。
……カイってば、最近、なんかわたしによそよそしくない?」
うわっ。面倒くさい事言いだした。
でも、万能メイドでもあるこのわたし、その辺りには抜かり無い。
「そろそろそんな事言い出すだろうと思いまして。
わたし、ちゃんと用意してあります」
そう告げて、ソフィアお嬢様を立たせると、わたしは手を引いて歩き出す。
「じゃーん! そんなわけで、皆さんにご足労頂きました!」
お嬢様の執務室のソファに腰掛けているのは、シンシア様、エリス様、ジュリア様の三人だ。
わたしはお嬢様もソファに座らせ、お茶の用意に取り掛かる。
おおう。室内の沈黙が背中に痛いぜ。こりゃ失敗だったのかな?
でも、こういうのって早めになんとかしとかないと、やべー事になりそうだしねぇ。
三人に見つめられ、ソフィアお嬢様は肩を寄せて小さくなっている。
わたしが全員にティーカップを並べ終えると、全員がそれを口に運んだ。
さて、どうなる?
「――お話はジュリア様に伺っております」
まず口を開いたのは、やはりシンシア様だった。
まあ、ジュリア様はパルドスまで同行して、目撃したわけだものね。
ちなみにわたしもジュリア様から、そのシーンの事を聞き出した。
だって、帰ってきたらふたりともよそよそしいんだもの。
なにかあったと思うでしょう?
きっとシンシア様達もそうだと思う。
「状況が状況ですものね。感極まったというのもわかります。
――けれど、ソフィア様? わたくし達に仰らなければいけない事があるでしょう?」
「そうですよっ! いきなり行動に移すなんて、ズルいです!」
シンシア様の言葉を引き取って、エリス様が胸の前で拳を振りながら言う。
「で、でもね。あの時のオレア様は、めちゃくちゃ格好良かったし、仕方ないかなぁとも思うんだ。あはは……」
ジュリア様がフォローするような事を言う。
はて? 格好いい? あのへたれが?
ジュリア様は戦地の興奮で幻影でも見たのだろうか。
「さあ、ソフィア様?」
促されて、ソフィアお嬢様は顔を真っ赤にしたまま、目を瞑って俯くと。
「そ、そうよ! わ、わたしは殿下を――カイの事が好きよ!」
吐き出すように三人に告げた。
目に涙を溜められて……こんなお嬢様を見るのは、いつぶりだろうか。
「それって、いつからです? 助けられたから?」
エリス様の問いに、ソフィアお嬢様は首を振る。
「自覚しちゃったのはそれだけど……きっと、ずっと昔から……」
すると三人はにんまりと笑った。
「ようこそ。ソフィア様。こちら側へ」
「やっと同じ舞台に立ってくれましたね」
「正直なところ、ソフィア様っていつもこの件に関しては、一線を引いてたから不思議だったんですよね」
顔を上げて不思議そうな表情を浮かべる、ソフィアお嬢様。
「いいの? あなた達にしてみたら、後から出て来て抜け駆けされたようなものでしょう?」
「でも、ソフィア様にとってみれば、わたくし達こそ後から来た者でしょう?」
「焦がれる気持ちが苦しいのは、みんな一緒ですよ!」
「だから、前にソフィア様に集められた時に、ボクら、みんなで決めたんですよ」
シンシア様が不意に立ち上がり、拳を握りしめる。
「――淑女同盟ですわ!」
あれれ? なんかおかしな流れになってきたぞ。
「殿下がわたし達の誰を選んでも……いいえ。わたし達以外が選ばれても!」
「ボクらはオレア様をお支えし、選ばれたその人を心から祝福しようって!」
選択権、あのへたれなのかよ。
「ですが、ソフィア様? まだ勝負は決まったわけではありませんわよ!
わたくし達は共にあのお方をお支えし、切磋琢磨し合う同志なのですわ!
――よろしいですわね?」
シンシア様の勢いに呑まれて、ソフィアお嬢様はコクコクとうなずく。
「苦しいのはみんな一緒だから、時々こうしてお話しましょう?」
「ええ、そうね。みんなありがとう……」
「でも、オレア様の事だから、メンバーもっと増えそうだよね」
苦笑交じりにジュリア様が呟くと、残る三人もまた苦笑を浮かべる。
「はあ゛ーっ!?」
おっと、思わず声が出てしまった。
あのへたれを慕う女子がもっと増える? ないない。
正直わたしは、ここにいる四人が物好きなだけだと思ってる。
だって、あのへたれだよ?
婚約破棄の件があって、雄としては多少毛が生えたようだけど、まだまだ産毛のひよっこだ。
キスされたくらいで、意識しておたおたしてんじゃねーよ。
「……失礼しました」
わたしは何事もなかったようにお辞儀した。
「な、なによフラン。なにか言いたい事でもあるの?」
「いえ、ゲテモノ好きっているんだなぁ、と」
わたしの言葉に全員が首を傾げる。
ああ、恋する乙女は盲目だ。いや、盲目になっている事すら気づいていないんだ。
「そ、それではね。さっそくで悪いんだけれど、みんなに相談があるの――」
ソフィアお嬢様は、近頃、へたれに避けられているという内情を吐露する。
「それなら!」
三人はうなずきあった。
翌日、ソフィア様の執務室の机には、三人がオススメするロマンス小説が積み上がる事となったのだった。
「……なるほどねぇ。意識しすぎて避けちゃうのかぁ」
まあ、ソフィアお嬢様が満足げだから、良いのだけれど。
さて、如何でしたでしょうか。
個人的には、男性諸氏にはソフィアの挙動に悶えてほしいところ。
女性方には共感してもらえたらいいなぁ、と。
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