第5話 3
俺は取り急ぎ、ロイドをともなって、馬車で大聖堂に向かう事にした。
先触れはすでに出している。
「なんでセリスが? あいつ、修道院に送っただろう?」
「そこでの民への献身的な務めが認められての赴任だそうですよ」
訳がわからんな。
侯爵令嬢だったあいつが、民に混じって献身的?
信じられん。
どうせ今度は教会のお偉方に取り入って、聖女とか言われてるんだろう?
女慣れしてない修道士なんかに、「真実の愛なんです~」なんて囁いてやれば、イチコロのチョロっチョロだろう。
きっとそうだ。
そこを指摘して、さっさと元居た修道院に送り返してやる。
そうして辿り着いた、王都サティリア教会大聖堂。
王城の南――ほぼ王都の中央にある大聖堂の前には、長蛇の列ができていた。
「みんな、聖女の癒やしを求めて並んでいるそうですよ」
ええー?
マジでやってんの?
そして民はマジで並んでんの?
これ、教会のサクラとかだったりしない?
不審げな視線をロイドに向けるが、彼は現実だと示すように、深々とうなずく。
ええ~?
気づけば馬車は大聖堂裏手の馬車留に到着していて。
俺は出迎えの神官に案内されて、大聖堂内に入る。
回廊にも癒やしを求める民の列はあって。
「これ、一日じゃ終わらないんじゃないか?」
「整理券を配って、連日行っているそうですよ」
ホントかよ?
なんの為にそこまでできんの?
ああ、そうか。
どうせ、俺が来たのを見たら、この状況から引き上げて欲しいって媚売ってくるに違いないんだぜ。
そうか。それが目的か。
俺とロイドは神官に案内された、小礼拝堂に踏み入る。
そこには腕を怪我した者に、癒やしの魔法をかける、修道女姿のセリスがいて。
俺が知っているセリスより、少し痩せていたが確かにセリスだった。
彼女は目を伏せて魔法に集中していて、俺達が来たのに気づかない。
神官が椅子を用意してくれて、俺達はそれに腰掛ける。
「……お茶を用意してまいります」
小声でそう言い残して、神官は退室していく。
怪我の治療が終わり、民がお礼を言って退室し、次の者が入ってくる、わずかな時間。
気配を感じたのか、セリスは俺達を振り返り、目を見開いた。
「――殿下っ!?」
ほら、来るぞ。
「いらっしゃってるとは気づかずに、申し訳ありません」
謝罪して、セリスは頭を下げる。
そこから不満を訴え始めるんだろう?
「――ですが、治療が残っておりますので、もう少々お時間を頂きたく。
あと半刻ほどで休憩時間ですので、それまでお待ちいただけないでしょうか?」
セリスは頭を下げたまま、そう言った。
あ、あれ?
想像と違った展開に、俺は困惑して。
「……お、おう」
そう返すのが精一杯だった。
「ありがとうございます。
――それでは次の方、どうぞ」
セリスが礼を言って椅子に座り直し、呼ばれて入ってきたのは、お世辞にも綺麗とは言えない格好をした、冒険者風の男。
「今日はどうされました?」
しかしセリスは眉ひとつ寄せる事なく、男の話を聞き取っていき、古傷だという足の怪我を癒やし始める。
以前のセリスなら、庶民に対して敬語を使うどころか、話しかけさえしなかっただろう。
「……ロイド。俺は夢でも見ているのか?」
「私も正直、驚いています。人とはここまで変われるのですね」
それもわずか半年ほどでだ。
神官がお茶を持って戻ってきて、俺達はそれに口をつける。
その間にも、患者はどんどん入れ替わり、そのたびにセリスは患者達の訴えに耳を傾け、なんでもない日常の事柄に表情を変える。
セリスは……こんな風に笑う女だっただろうか。
俺の知っているセリスは、笑う時はいつも声は出さずに、微笑むだけの女だった。
「――やぁね。お婆ちゃん! わたしはサティリア様に仕えてるのよ。お孫さんにはちゃんと別のお嫁さん、見つけてあげなきゃ!」
だが、今のセリスは老婆の冗談にさえ、声をあげてコロコロと楽しげに笑う。
……良い、成長ができたんだな。
そう思うと、目頭が熱くなった。袖で目元を拭う。
「最近わかってきたんですけど、殿下って案外、感動屋ですよね」
「うるせえ。こういう時は見ないフリしろよ」
近衛のクセに、デリカシーってものがない。
ロイドもまた、騎士だということか。
――それにしても、だ。
「なあ、ロイド。なんでこんなに怪我人や病人が詰めかけてるんだ?
父上の――王の政策で、病院の拡充政策を行ったはずだろう?」
俺に尋ねられて、ロイドは首をひねる。
「申し訳ありません。城に戻ったら、調べさせますか?」
「いや、これはどちらかというと、ソフィア経由の医局案件だろう。そっちに相談してみるか」
俺は心のメモに記録する。
そんな話をしているうちに、休憩時間になったのか、セリスがハンカチで汗を拭って、俺達に向き直る。
「お待たせ致しました。
恥ずかしながら、こうして再び王都の地を踏む事になってしまいまして、申し訳ありません」
深々とお辞儀するセリスは、汗だくでシワだらけの修道服姿だというのに、ひどく美しかった。
「いや、良い。おまえの努力ゆえに、王都に呼ばれたのは、待っている間によく見させてもらった。
――少し痩せたようだが……身体は大事ないか?」
「ご心配、ありがとうございます。
ええ。今の生活は――罰を受けている身なのに、こんな事を申してはいけないのでしょうけど……すごく充実しております」
胸の前で手を組み、笑顔を浮かべる彼女は、確かに聖女といえる雰囲気を放っていて。
そんな事を考えた俺は、思わず気恥ずかしくなって、頭を掻く。
「そ、そうか。不足などはないか?」
以前の彼女ならば、この問いに喜んで様々なものを強請っただろう。
だが、今の彼女は。
「いいえ。わたしの周りは、すべて満ち足りております」
そう言って微笑むのだ。
「ただ、ひとつだけ。
――先程、殿下とロイド様のお話が聞こえてきたのですが……」
ん? 病院の話か?
「これはわたしも、王都に戻って来てから知ったのですが、病院の治療費が高すぎるそうです。
これは陛下の思惑を違えているのではないかと思い、口を出させて頂きますが……」
セリスが患者達から聞き集めた話によると。
「現在、街のあちこちにある小規模治療院は、陛下の施策による大病院の許可無くして診療ができなくなっているそうです。
そして、大病院では法外な受診料と薬代を請求されるそうでして」
「法外とは?」
「それも程度によってまちまちなのだそうですが、ひどいと感じたのは、風邪の治療で一万エンもの請求をされたという話でしょうか」
風邪で金貨1枚とは……
俺は怒りで目の前が真っ赤に染まるのを感じた。
「大病院には確かに医療費の裁量権を与えられている。
だが、それは医者の判断で、より安く民を救えるようにするためだ!
そのために毎年、補助金すら出しているのに!」
ちくしょう。ナメやがって。
「……殿下。どうか民の為に、良きよう取り計らってくださいませ」
「当然だ! ロイド。急いで戻るぞ。
――セリス。邪魔をした。また今度、ゆっくりと話そう」
俺がそう告げると、セリスは深々とお辞儀して。
「……殿下。
殿下を裏切った愚かな女など、もう捨て置いてくださいませ。
それよりも民をよろしくお願い致します」
「……わかった」
後ろ髪引かれるような思いは、きっと気のせいだ。
それよりもやらなければいけない事がある。
俺達は馬車に飛び乗り、急いで城へと戻った。