第22話 25
各国代表が壁際に避難する中、わたしへ向かって来るキムナル王女とフェリクス皇子の護衛達。
わたしは下座側に並べられた机を掴んで、魔道器官に魔道を通して身体強化。
「――はぁっ!」
気合いを込めて、駆け寄ってくる護衛に放り投げる。
筋力は増しても、コントロールまで良くなるわけではないから、当てる事までは狙っていない。
投げた机はあくまで目隠し。
「――ありがとうございます」
わたしの考えを正確に読み取ってくれたアリシア様は、そう言い置いて滑るように移動。
護衛達からは、机に隠れて彼女の姿は見えないはず。
破砕音が会議室に響き、砕け飛んだ机の残骸からアリシア様が飛び出す。
まるで突然現れたように見えたでしょうね。
「せいっ!」
アリシア様が振り上げた扇が護衛のアゴを殴り飛ばす。
その間にも、わたしは机を投げ飛ばしてできた隙間を通って、机の囲いに中へ。
そのまま駆けて、護衛達の後方へ回り込む。
「やっ!」
素足で机を蹴り飛ばし、アリシア様に注意が向いていた護衛のひとりを巻き込んだ。
「……制圧完了、ね」
残心を解いて呟けば。
「ひどいですわ、ソフィア様。半分は受け持つと申し上げましたのに」
アリシア様が笑みを浮かべつつも、不満げな口調でそう言ってくる。
「申し訳ありません、アリシア様。彼らが隙だらけだったのでつい……」
わたしとアリシア様がそんな会話を交わしている間にも。
「――フェ、フェリクス皇子! キムナル王女!
この交渉の場で暴力など!
傍聴人の退席を命じます!」
議長であるカリスト大公が木槌を鳴らして、ふたりを怒鳴りつける。
彼の指示によって、会議室の外に控えていた衛士達が入室し、わたし達が叩きのめした護衛達が拘束されたわ。
泣き喚くキムナル王女もまた、衛士によって退室させられて。
「……それだけの知恵と力がありながら――」
と、衛士達に両脇を抱えられながら、フェリクス皇子がわたしを見た。
「なぜ、今の立場で満足できるっ!?
――ソフィア・クレストス! アリシア・オルベール! オレと共に来い!
オレとお前達が組めば、ルキウスを出し抜き、兄上を引きずり下ろす事も夢ではないはずだ!」
「――フェリクス皇子!」
再びカルロス大公の叱責が飛んだわ。
彼の言葉に、わたしとアリシア様は視線を交わす。
……ローデリア神聖帝国の人物相関図の修正が必要なようね。
これまでわたし達は、フェリクス皇子もまたルキウス宰相と共謀しているのだと――つまり<叡智の蛇>の一員なのだと考えてきたのだけれど……どうやらそうではないらしい。
「ソフィア・クレストス!
通信機をこの世界に生み出したおまえも、日本の――前世の記憶があるんだろう!?」
――それは決定的な一言。
「……前世?」
「サティリア教会が伝える?」
「フェリクス皇子はなにを……」
彼の言葉に、各国の代表が戸惑いの表情を浮かべて囁き合う。
……日本。
それはカイが前世の話に登場した、この世界より遥かに進んだ文明水準を持っているという国の名前。
「――つまり……」
わたしはフェリクス皇子に向けて、慎重に言葉を選ぶ。
「あなたはサティリア教会が伝える、前世の記憶があるという事でよろしいのでしょうか?」
「ああ、そうだ。伝神柱だって、オレの発想だ!
遠話では長距離の通話ができなかったから、魔道器を中継させるよう魔道士達に指示をだしたんだ!」
まるで誇るように、笑みを浮かべてわたしに告げる。
「では、霊脈を用いるようにしたのも?」
「そ、それは……」
わたしの問いに、フェリクス皇子は言葉に詰まった。
……知らなかったのでしょうね。
彼の発想は、恐らく魔道器中継による遠話の長距離化という部分だけ。
魔道技術の開示がないから断言はできないけれど、彼の反応を見るに、霊脈干渉機能を付与したのは別の者ということだと思うわ。
「――先程ご覧頂いたように、現在、ベルクオーロ城下には伝神柱が設置され、それを起点とした大規模儀式魔芒陣が敷かれております。
フェリクス皇子。あなたはそれに関わっていない、と?」
目を細めて尋ねれば、フェリクス皇子ははっきりとうなずいた。
――けれど。
「――やれやれ見苦しいですな。器ごときがずいぶんな野望を抱いていたようだ……」
テラール陽王国のジルドリウス外務大臣が、首を振ってため息混じりに発言する。
「……テラール代表?」
アリシア様が彼の不可解な発言を怪訝に感じたのか、彼に声をかけた。
わたしもジルドリウス外務大臣を警戒する。
伝神柱の件から見ても、テラール陽王国は親ローデリア派のように思えたのだけれど。
そんなわたし達をよそに、ジルドリウス外務大臣は両手を広げた。
「――とはいえ、いまはまだその身は貴重な素材だ!」
「……オレが、素材?」
首を傾げるフェリクス皇子。
その表情が面白いとでもいうように、ジルドリウス外務大臣は高笑いをあげて。
「薄々、あなたも気づいていたはずだ! だからダストアへの婿入りを画策したり、優秀な人材を周囲に置こうとしていたのでしょう?
だが、自由にさせるのはここまで!」
そして彼は右手をフェリクス皇子に向ける。
「――目覚めてもたらせ。転移陣」
紡がれる喚起詞。
「――義手っ!?」
アリシア様が察して叫んだように、ジルドリウス外務大臣の右腕は喚起詞によって黒色に染まり、その表面に虹色の刻印を走らせた。
まるでそれに呼応するように、フェリクス皇子の周囲に魔芒陣が開かれる。
直後、ほのかな燐光を残して、フェリクス皇子の姿は霧散した。
そして、魔芒陣もかき消える。
「――非接触型の他者転移魔道器ですって!?」
ステフでさえ実用化していないシロモノだわ。
そんなモノを持つということは……
「……あなたも<蛇>だったということね……」
わたしの問いに、ジルドリウス外務大臣は突き出た腹を揺らして、わたしを睨めつけたわ。
「そうです。初代殿。
改めて名乗らせて頂きましょう。
執行者五位――虚無のジルドリウスです!」
もはや隠す気はないようね。
執行者の位階持ち――それもわたしが初代盟主だと認識していてなお、対立しようとしている。
「お二人にはしてやられましたよ。これだけの衆目であの陣を公開されては、もはや計画を進める以外ないではないですか」
ジルドリウスが胸の前で拳を握る。
騎士が戦時によく取る動作だから、わたしはそれにすぐに気付けた。
<兵騎>喚起の予備動作。
「――いけないっ! 退避を!」
いくら会議室が広いと言っても、天井までの高さは<兵騎>が収まるほどはない。
わたしの叫びとほぼ同時に。
「――目覚めてもたらせ。<神像>っ!」
ジルドリウスの喚起詞が完成されて、彼の背後に魔芒陣が開く。
それは――床や天井を超えてさらに伸びる、巨大な魔芒陣で。
そこからせり出してきた影もまた、<兵騎>とは思えない巨大なものだった。
影が実体に結ばれて、天井を崩し、床を穿つ。
各国の代表達の悲鳴が響く中――
「――ソフィア様、危ないっ!」
アリシア様がわたしに抱きつき。
床に大きな亀裂が走り、めくれあがるようにして割れたのが見えた。




