第22話 22
「まあ、クレストス宰相代理。
――そう仰られるということは、なにかご存知なのですか?」
アリシア様が驚きの表情を顔に浮かべる。
それがまるで芝居がかって見えないのだから恐ろしい。
かつて巨神はダストア西部の地に侵攻しようとして、ルクソール王国の第三王子に撃退されているんだもの。
ダストアの金薔薇たる彼女が、その答えに辿り着いていないわけがないわ。
恐らく彼女はわたしが――封印魔道を今に伝えるクレストス家の末裔が、それを伝える事に意味があると思っているのでしょうね。
「ええ。皆様はランベルクの巨神というものをご存知でしょうか?」
「――巨神だとっ!?」
カルロス大公が椅子を蹴立てて立ち上がる。
「な、なな……もしやアレに影響すると!?」
ランベルクのセルバン宰相も、顔に冷や汗を浮かべて呻く。
そんな二人のただならない様子に、各国の代表もまた事態の深刻さを感じ取ったように、息を呑んでわたし達の言葉を待った。
「ランベルクの巨神……ルキウス帝国の前身――ルクソール王国の時代において、現在の我が国の西部地域にあった国を滅ぼした……太古の――魔道帝国時代の遺物ですわね?」
アリシア様の言葉は、わたしへの問いかけの形を取っているけれど、実際は周囲に聞かせようとしてのもの。
「ええ、そしてその強大過ぎる力ゆえに、ルキウス帝国始祖女帝陛下によってこの地に封じられたシロモノです」
「――議長! 本当にそんなものが!?」
代表者のひとりがカルロス大公に尋ねる。
「……事実です。元々この地はランベルク王家の直轄領として管理されて来たのですが、その理由こそが巨神にあります」
カルロス大公の父親は、蒼の勇者様に同行した優れた魔道士だったそう。
だからこそ、巨神が封じられたこの地を任されたのでしょうね。
カルロス大公が肯定したことで、ざわめきに包まれる。
「――そんなものが現代に甦るかもしれない、と?」
古代の遺物の取り扱いに関しては、どの国であっても頭を悩ませる問題。
国益に叶うものであれば良いのだけれど、発掘されるものによっては、扱い方すらわからないのだものね。
それでも他国から見れば、その存在は脅威以外の何物でもなくて、連合会議発足当初から、毎年、出土した遺物の公表と管理法の公開が参加国には義務付けられているほど。
ウチも星船の扱いについて、ベルクオーロを訪れてからずっと、様々な国から追求を受けたわ。
「だ、だが仮に甦ったとしても制御法があるのでは?」
と、浅はかな意見も聞こえてくる。
あの国はウチにも、星船の扱いを巡ってすり寄ろうとしてきていたわね。
「だとして、どこが管理するというのだ!? ベルクオーロか?」
「そんなもの認められん! 隣国にとっては脅威以外の何物でもないではないか!」
各々が勝手に論争を始める中、わたしは手の平に扇を打ち付けて、再び注目を集める。
「――議長、まずはっきりさせましょう。
ベルクオーロ、あるいはランベルクには、現在巨神の制御法は伝え残されておりますか?」
わたしの問いかけに、カルロス大公とセルバン宰相は首を振る。
「……王族直系への口伝という形ではあるのかもしれませんが、少なくともわたしはそういうものがあるとは聞かされておりません」
と、セルバン宰相は汗を拭いながら答える。
「ベルクオーロも同様です。そもそもがルキウス始祖女帝陛下に封じられた時点で失われたものと考えていたのでしょう。
少なくとも当時、ヒトの身で霊脈に干渉する手段など存在していなかったのですから」
「つまり、巨神が甦ったとしても、我々にはそれを制御する術がないという事です。
――皆様、この危険性はご理解頂けますわね?」
扱い方のわからない遺物ほど恐ろしいものはない。
各国の代表は顔を青ざめさせて押し黙った。
「――いや、待て」
静寂に包まれた会議室に、フェリクス皇子の声が響く。
「ホルテッサもダストアも、我が国が何かしらの策謀があって伝神柱を広めようとしていると、そう聞こえるが?」
その言葉に、アリシア様が口元を扇で隠してクスリと笑う。
「あら、違うのですか? 使用者が異形化する危険性がある事に加えて――」
煽るようにフェリクス皇子に応えるアリシア様の言葉を、わたしが引き継ぐ。
「霊脈への干渉によって、巨神をも甦らせてしまう危険性のあるシロモノ。
先程、オルベール代表が申しました通り、ティアリス聖教の一部には<叡智の蛇>と関与している可能性がありますわね?
魔道帝国時代の遺物である巨神……<叡智の蛇>が狙うというのは、ありえる話ではありませんか?
そして、ティアリス聖教を国教としているローデリアが、この件に協力していないと言えますか?」
……ついに。
わたしは各国代表の前で、ローデリアと<叡智の蛇>を結びつけてみせた。
多くの国々がそうと感じてはいても、証拠がない為に明言を避けていた一言。
もう後戻りはできない。
背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、わたしはフェリクス皇子の出方を伺う。
彼は芝居がかった動作で肩を竦めて、鼻を鳴らす。
「――言いがかりだ。ホルテッサ代表は自国の遠話器の占有率を守るために我が国を貶めようとしているだけだろう?
巨神など、あくまでホルテッサ側の悪意ある推測に過ぎない。
ダストアもなにかしらの利益供与を約束されているのか?
伝神柱でヒトが異形化したと言うが、あくまでダストア側の一方的な主張だ。
第三国がそれを確認したわけではない」
……へえ。そう来るのね。
わたしはアリシア様と視線を交わす。
「ならば、我が国が押収した、カルト集団の伝神柱を各国に公開しましょうか?
構いませんわよね? ローデリア代表」
挑むような口調のアリシア様に合わせて、わたしはクスリと笑って見せる。
「いいえ、オルベール代表。もっと手っ取り早い方法がありますよ」
――カイは言ったわ。
見つけたと。
今、彼は城に向かっていると言っていたから、恐らく現場にはザクソンを残しているはず。
「ヴァルト、例のモノを――」




