第22話 15
カルロス閣下の指名を受けて、連合加盟国の代表者が起立する。
「この資料だけで、この魔道器の先進性、そしてもたらされる利便性は理解できます」
そう切り出した代表に、ソフィアは黙礼を返した。
「――ですが、それは同時に犯罪の巧妙化にも繋がると思われるのですが……」
それは想定されていた質問だ。
僕もオレア様と共に巡った視察の旅で、初めて遠話器を目にした時に、真っ先に考えた事だった。
だが、オレア様は常に民の為に動かれるお方だ。
あの方がそんな事を見落とすわけがないのだ。
質問を受けて、ソフィアが返答の為に立ち上がる。
「ええ。ご心配はごもっともですわ。
ですがご安心ください。
この魔道器の概略でも説明しましたように、遠話・遠視共に相互のやり取りの際には、精霊を媒介として魔道器官の共振が用いられているのです」
ソフィアに質問した代表は、わからないというように首を捻った。
「近年になって判明した事実ですものね。
――ランベルク王立魔道大学のラルジュ・バチスト教授が論文を発表しておりますわ。
魔道器官の共振は、個人特有のものであって、同一のものはひとつとして存在しない。
……魔道紋と教授は名付けられておりましたね」
代表者達の視線がランベルク王国のセルバン宰相に集まる。
セルバン宰相はカルロス閣下に挙手して許可を得ると、起立して答えた。
「事実です。
我が国では、この魔道紋を検知する魔道器を開発し、犯罪捜査に活用しております」
「つまり、その魔道器を使えば、遠話器を悪用した者の特定は可能となります」
セルバン宰相の言葉を引き継ぎ、ソフィアがそう続ける。
「検知器は、その場に滞留する精霊共振の痕跡をも検出できると伺っております。
つまり検出された精霊共振から魔道紋を割り出し、遠話器所有者を特定する事もできるという事ですわ。
その為、遠話器購入の際は、魔道紋の登録を義務化すべきと提案致します。
また、それらを管理する組織の――これは連合の直轄にすべきと思うのですが――設立も必要ですわね」
ソフィアの流れるような説明を聞きながら、僕はオレア様の先見性を改めて素晴らしいと思う。
あの方は、恐らく魔道紋の知識もあったのだろう。
だからこそ、それを犯罪抑止に利用できるとお考えになり、精霊共振という手法で遠話器を完成させたに違いない。
「――ホ、ホルテッサは管理に与しないと?」
別の代表者が疑問を口にした。
「いいえ、各国から専属の人員を供出し、相互監視の体制を取るのがよろしいかと」
ソフィアは疑問に即答する。
「それではホルテッサに旨味がないのでは?
――まさか、魔道器の独占販売が目的ですか?」
さらに別の代表者が声を荒げつつ訊ねる。
……あれは都市国家郡のひとつ――商業都市ボーダーの代表だったか。
それもまた、想定された質問のひとつだ。
だからソフィアは微笑みを深くしたまま、首を振って見せる。
「いいえ。我が国はこの魔道器に関しては製造法をすべて公開させて頂くつもりです。
もちろん特許料はお支払い頂きますが、製造、そしてさらなる改良に関しては、干渉するつもりはございません」
ソフィアに聞かされて驚いたのだが、当初、オレア様はこの魔道器の製造法を中原連合加盟国に無償提供しようとしていたらしい。
その方がより普及が早まるのと、より高性能な改良品が生み出されるからという理由だとか。
さすがにそれはソフィアと財務大臣、外務大臣に宮廷魔道士長がそろって反対したそうだ。
欲張りすぎてはいらぬ反発を受けるものだが、施しすぎても痛くない腹を探られる。
真に善意からだとしても、人は――まして国が違うのだから、見えない悪意を見ようとするものだ。
そんな経緯もあって、特許料だけは徴収するという形に落ち着いたのだという。
ソフィアの返答に、各国の代表者達はますます怪訝な表情を浮かべた。
「……わからない。そんな事をして、ホルテッサになんの得が……」
「――あら、わかりませんか?」
と、ソフィアは扇を広げて口元を隠す。
「先のパルドス戦役以降、我が国が西部域でどのように思われているかは、理解しているつもりなのですよ?」
ぐるりと会議室を見回し、ソフィアはヒールを鳴らして、加盟国席の前へ。
……ああ、学生時代――生徒会の仕事をしていた時も、あいつはああやって、生徒会主導行事に反対する教師達を威圧し、説き伏せていたな……
カツリと一際高くヒールを鳴らして立ち止まると。
「――紙幣という新経済概念の流布。飛行船の発明。ホツマとの盛んな交流もそうですわね。そして、<星船>の発掘と<亜神>の調伏。
……まあ実際、この一年で我が国は実に様々な事件が起こり、そのたびに発展しておりますわね」
扇を手の平に打ち付ける。
「結果、西部域において、我が国への脅威論が高まっているそうですわね。
……パルドス王国を滅ぼしたのは、外拡主義の現れだと」
ソフィアが視線を巡らせると、まるで波打つように、西部域に属する国々の代表が顔をそむけるのが面白い。
ソフィアは頬に手を当てて、困ったようにため息。
「……本当に我が国が外拡主義国家なら、パルドス王国を占領しているでしょうに……」
そんなソフィアの言葉を受けて――
「これは議長としてではなく、ベルクオーロ大公としての発言になりますが、ホルテッサにその気がないのは、私も認めましょう」
と、カルロス閣下が挙手して主張した。
「ミルドニアも同意しましょう。
彼の戦役は、パルドス第二王子、キムジュンによるクレストス宰相代理の拉致に端を発しております」
リーンハルト殿下もまた擁護の声を挙げる。
「そもそもホルテッサに領土的野心があったのならば、パルドスに実効支配されていた、我が国固有の領土マタカサ領をホツマに返還させる事などしないでしょう。
あそこは中原の東西を繋ぐ、交通の要所ですよ?」
トーゴ閣下もそう訴えて。
「ダストアもホルテッサを支持しますわ。
パルドス王国封鎖は、彼の国周辺国の総意です。そして、その結果、内乱が起こって王政、そして国体が崩壊したのですわ」
オルベール嬢が愉しそうに扇で口元を隠して、クスクスと笑った。
「――ウソよ! ホルテッサが! その女が、紙幣なんて生み出した所為で、パルドスは不況になったってキムナムお兄様が手紙で言ってたもの!
キムジュンお兄様だって、国を救う為に動いただけよ!
悪いのはホルテッサよ! その女が悪いんだわ!」
傍聴席からキムナル王女が金切り声をあげる。
「――傍聴人。発言を控えなさい。繰り返しになりますが、あなたに発言権はない」
カルロス閣下が木槌を鳴らして注意する。
けれど、キムナル王女は黙らなかった。
「そもそもいきなり戦争なんて、野蛮だわ! 所詮は猿の国ね!
理性のある国なら、話し合いで解決するものでしょう!」
「――傍聴人!」
カルロス閣下が叱責を飛ばす。
「――議長」
そこにソフィアが割って入った。
「まず、理性のある国は要人の拉致なんてしないわ。そう思わない?」
挑発的な笑みを浮かべて、ソフィアはキムナルに問いかける。
「さらに付け加えるなら、わたしの拉致判明後、我が国は外務省を通して貴国に交渉を――返還請求を出しているわ。
けれど、パルドス王室からは知らぬ存ぜぬの一点張り。
ねえ、キムナル嬢。あなたの言う理性的な話し合いって、この場合はどうしたらよかったのかしら?」
「ね、捏造だわ! そんなの後からいくらでも言い張れるでしょう!?
――ホルテッサが! サル共がすべて悪いのよ!」
返答に窮したのか、キムナル王女はキンキン声で、そうまくし立てる。
ソフィアは肩を竦め、ホルテッサを擁護した国々の面々も呆れたように苦笑する。
「皆様、ご覧になりましたか? これがパルドスという国なのですよ」
と、ソフィアは各国の代表者を見回して、そう語りかける。
「物事を自分達に都合よく捉え、常に相手に責任を求める。その論を破られたなら、相手がウソをついていると言い張って、絶対に非を認めない。
パルドス王国周辺国は、パルドス建国以来、ずっとこれに付き合わされて来たのです」
「――我が国はルキウス帝国の真の後継者なのよ!? 成り上がり国家を従えるのは当然でしょう!?」
なおも食い下がるキムナル王女。
「それを主張しているのはパルドスだけよ。
そもそもパルドスが真に後継なら、なぜその領土は帝都から遠く離れた辺境に置かれたのかしら?」
ルキウス帝国帝都の正確な所在地は、帝国滅亡後に長く続いた戦乱期の所為で失伝しているのだが、最新の学説では、リュクス大河の上流――ホルテッサ北部とダストア東部の間に広がる、無国籍領地――緩衝地帯にあったのではないかと推察されている。
それは中原東部の歴史学者にとっては、すでに定説となっているのだが……
「……そ、それは……捏造! 歴史歪曲者! 帝都はパルドス王都にあったんだもの!」
キムナル王女は、パルドスの歴史観を強硬に主張する。
「――やれやれ、このままじゃ話が進まないね。
キムナル王女。少し黙ろうか」
と、その時、キムナル王女を窘めたのは、彼女の隣に座った青年だった。
ローデリア神聖帝国のフェリクス第三皇子。
「――で、でもぉ……フェリクス様ぁ」
それまでの剣幕を一変させて、媚びるような甘ったるい声で、キムナル王女は訴える。
「良いから、黙ろうか?」
けれどフェリクス皇子は目を細め――一見、微笑んでいるようにも見えるけれど、その瞳は射竦めるような色合いで、キムナル王女は途端に黙ってコクコクと頷いた。
「――失礼した。
ホルテッサが領土的野心がないというのは理解した。
では、話を戻して――その事と遠話器の製造法開示がどう繋がるのだろうか?」
フェリクス皇子の言葉に、ソフィアはうなずく。
「単純に言ってしまえば、信頼を得る為ですわね」
「……へえ?」
フェリクス皇子は腕組みしながら顎をさすり、面白そうにソフィアを見る。
「先のパルドス戦役にてご支援頂いた周辺国は、先程のように我が国に野心が無い事を理解なさっておりますが、遠く離れた西部諸国がそうではない事は、我が国も理解しております。
――だからこそ、各国に利を提供する事で、信頼を得ようという事ですわ」
「――なるほど。理解した」
ソフィアの説明に、フェリクス皇子はそう頷いて、席に腰を下ろした。
……なんだ?
ローデリアはもっと食い下がってくると――僕らはそう予想していたのだが、随分とあっさり引き下がったな?
ともあれ、このソフィアの説明で、各国はホルテッサの思惑を――無駄な疑いをかけられて、争いたくないという考えを理解してくれたようだ。
その後も技術的な質問が重ねられ、大伝心網に対する規定も話し合われた。
やがて規定の概略も形になった頃――
「――他にご質問はありませんか? なければ決を採りたいと思います。
本件を本会議に提出する事に賛成の方は挙手を」
カルロス閣下の言葉に、その場に居た全員が手を挙げた。
「――賛成多数。よって、本法案は本会議に提出致します」
拍手が鳴り響き、ソフィアは周囲に向けて会釈する。
……乗り切った。
僕自身、そう感じたから、ソフィアもきっとそうだったのだろう。
彼女は深く安堵の息をついて、背もたれに身を預けていた。
だから、すぐに反応できなかったんだ。
「――そうそう、そう言えば!」
声の主は、傍聴人席から立ち上がり、靴音高く歩を進める。
そして会議室の中央まで来て、周囲を見回した。
「――我がローデリア神聖帝国にも、遠方と意思伝達を行う手段があるんだ」
両手を左右に広げて、誇るようにそう告げたのは、フェリクス皇子だった。




