第22話 10
もうじき昼になろうかという時刻。
俺とザクソンはライル達と別れ、ふたりでブラブラとベルクオーロの下町を歩いていた。
「――しかし、オレア。君にしては珍しく気を利かせたじゃないか?」
ニヤニヤした笑みを浮かべて肩を組んでくるザクソンに、俺はクビを傾げる。
「あ? なにがだ?」
「いや、とぼけなくて良いさ。ライルとパーラ――少年少女の恋を後押ししてやったんだろう?」
なにやらひとりで納得しているようだ。
「思えばあの二人、ベルクオーロに到着してからこっち、ずーっと要人警護研修として、ロイド先輩の直掩に付いてたしねぇ」
今日はヴァルトがソフィアの護衛に付いているから、ロイドは原隊である近衛騎士に復帰して、俺達同様に公都を捜索中だ。
だが、先日までのロイドは、ザクソンが言う通りソフィアの護衛として常に同行し、ついでとばかりにライルとパーラに警護術を仕込んでたらしい。
我が国に三つある各騎士団でも、それぞれが対応した形での警護術が存在する。
例えば王都守護である第一騎士団では、王都住民の安全確保を目的とした警護術がある。
第二騎士団は地方都市防衛――主に役所の防衛を主としたものが。
第三騎士団の場合は、街道や山野で助けを求める民間人の保護を目的としたものだな。
けれど要人警護に関しては、近衛隊の専売になっている。
カリスト叔父上みたいな極端な例外を別として、基本的に近衛騎士は王族やそれに準じる要人に付き従い、あらゆる危機から身を挺して守るんだ。
「いや、おまえも後学の為って、それに同行してたんだろう?
そもそもの話、あいつら学園卒業したばかりで、近衛の研修受けられるなんて、他の騎士見習いが聞いたら、嫉妬で袋叩きにされるんじゃねえか?」
とはいえ、ライル達三人は、俺と一緒に<亜神>調伏に付き合った経緯があるからな。
他の見習いと違って、第三騎士団の中核――<地獄の番犬>隊ですら経験したことのない修羅場を経験している上に、俺直轄の部隊――四獣士隊への配属だから、そういう研修なのだと、案外すんなり受け入れられるかもしれない。
俺の呟きにザクソンは苦笑する。
「ああ、初日にロイド先輩が同行させてた、新人近衛騎士に絡まれてたね」
なんでも、第二騎士団から三年目にして近衛に引き抜かれた――いわば新人近衛が、パーラに絡んだらしい。
いまや王太子専属近衛のロイドが、いかに俺直轄部隊に配属されたとはいえ、学園を卒業したばかりの新人の面倒を見ているのが気に食わなかったようだ。
「――そもそもが第二からの出世組だからね。実力より実家の権威で、言いがかりを押し通そうとしてさ」
ザクソンも実家――ウォルター伯爵領の嫡男として、第二騎士団とは日常的に付き合いがあるからだろうな。溜め息と共にそう告げる。
「あのパーラに? ウィンスターだぞ? バカなのか?」
確かにウィンスター家は、御家伝来の<伯騎>――いまやライルの乗騎となっている<英雄>に合一できる者がおらず、先の<大戦>以降、騎士としての名声は傾きつつある。
しかし、貴族としての歴史はホルテッサ建国以前――ルキウス帝国にまで遡れるし、パーラの父もまた、第一騎士団作戦参謀本部長を立派に勤め上げている。
いわば現ウィンスター家当主は、国土防衛の頭脳中枢とも言うべき人物なんだ。
そしてパーラは……普段のアイツを見ていると、とてもそうとは思えないが、一応はウィンスター家の嫡子――唯一の跡継ぎなんだ。
第二騎士団に所属するような――家を継げない次男や三男が多いのだが、そんな連中が家の権威を振りかざして良い相手ではない。
騎士としての血統に関していえば、パーラは我が国指折りの生粋の騎士家系なんだよ……
呆れる俺をよそに、ザクソンは苦笑混じりに頭を掻いた。
「いやあ、話には聞いてたけど、あの娘、恐ろしく気が短いね。
相手が家の名乗りを挙げてる途中で拳を振り抜いてたよ」
「……やられる前にやれって教わるらしいからな。ウィンスターでは……
知ってるか? アイツ、熊と出くわした時も、真っ先に殴りかかったんだぜ?」
国内視察の旅での出来事を思い出して、俺もまた苦笑する。
「あー、あの判断の早さと思い切りの良さは、実戦経験に裏打ちされたものだったか。
絡んだ彼は、可哀想に……馬乗りになったパーラに徹底的にボコボコにされてたよ」
ご丁寧に両腕を脚で固定して、一切抵抗を許さずに無言で殴り続ける様は、ザクソンですら戦慄したらしい。
「ロイド先輩が取りなして……絡んだ彼は、泣きながら土下座してたよ」
「……第二上がりのそいつ、近衛としてやってけるのか? 実力で入隊したワケじゃなさそうじゃね?」
時々、居るんだよ。
王族や要人と接点を持てるからって理由で、近衛に異動を希望する奴。だから、近衛所属の騎士って、実力がマチマチなんだよな。
俺に直接の指揮権があるなら、まとめて厳しい訓練を課すんだが、残念なことに近衛の人事は国王――父上の専権事項だ。
王太子である俺には、専属として配属してもらったロイドを動かすくらいしか権限がない。
今、公都の捜査に借り出している近衛隊も、俺専属であるロイドの指揮の元で活動しているという、実に面倒くさい指揮系統で動いてるんだ。
それはさておき、パーラにボコられた奴だ。
ザクソンに続きを促すと、奴は肩を竦めた。
「ロイド先輩も口ほどにもない彼には呆れたようでね。
――近衛としての品位に欠けるばかりか、新卒に敗れるなど騎士としての実力さえ疑わしい、ってさ。
帰国後に原隊復帰させるから、<風切>にて待機――実質、謹慎処分だよね」
近衛隊の隊長は父上の専属近衛だった人物なのだが、その直下にロイドのように王族専属に任じられて、班長を任されている者達がいる。
およそ五人から十人の班員を管理する立場で――恐らくパーラに絡んだ奴は、ロイドの元に配属された班員だったんだろう。
「ロイドはグレシア将軍の息子で――第三から近衛になった叩き上げだからなぁ」
あいつも第二騎士団のあり方には不満を持ってたんだろう。
王族警護が任務となる近衛に、自身の箔付けの為に所属するような奴は要らないって判断したんだろうな。
「とは言えロイド先輩も、先輩騎士に先に手を出したパーラを、お咎めなしともできなかったようでね。
終業後の自主訓練を言い渡されてたよ」
「元々、あいつらユリアンと一緒に夕飯前に訓練してたろ?」
宿泊してる大使館の騎士詰め所から、郊外に停泊している<風切>まで、毎日のように走ってたはずだ。
「だから、ロイド先輩としても形だけって事なんだろうね。
とはいえ、その所為でライルとパーラはせっかく外国に来てるのに、任務と訓練漬けだったろう?
だからオレアが、ふたりに自由時間をあげたのは、さすがだなぁって思ったよ」
「お、おう。そうだろう? もっと褒めて良いぞ」
……そんなつもり、微塵もなかったのは内緒だ。
魔道での探査能力を持つライルと、リックにも匹敵する野生動物じみた直感を持つパーラがいるんだから、ふたりを自由にうろつかせたら、なにか手がかりを見つけてくるんじゃないかと――そんな打算があっただけなんだが……これは正直に言ったらダメなやつだな。
俺も最近は空気を読む事を覚えたんだ。
都合よく解釈してくれてるなら、それをぶち壊す必要はないだろう。
「まあ、ついでに言うなら、今向かってる先には、あいつらを連れて行きたくないってのもあったんだよな」
「ああ、ふたりとも、まるで街歩きに慣れてなかったな。
君とソフィアに連れられて、初めて城下に降りた日を思い出したよ」
「そうそう。おまえもヴァルトも、初めて城下に遊びに行った時は、ライル達みたいにオドオドしてたな」
元々庶民のステフと、地元のモルダー子爵領で庶民に混じって遊んでたというリックは楽しんでたんだけどな。
「王太子と公爵令嬢が揃って、下町歩きに慣れてる方がおかしいと……私は思うんだけどね」
「そりゃ、ガキの頃にカリスト叔父上によく連れ出してもらってたからな。
叔父上が出奔してからも、よくふたりで出かけてたんだ」
当時は気づいてなかったけど、きっとクレストス家の<暗部>が陰で警護してくれてたんだろう。
俺達は特に危険に晒されることもなく、お忍びでの下町遊びを楽しめたんだ。
「話を戻すが――フランが盟……彼女から聞き出した話だと、これまでにアイツらが暴れた箇所を結ぶように、大規模な陣が存在する可能性があるようでな」
どこに敵の耳があるかわからないから、盟主や<叡智の蛇>といった直接的な言葉は避ける。
ベルクオーロを訪れてから、様々な事件に巻き込まれて来たわけだが、今向かっている先は俺が直接関わった現場ではない。
この公都の下町のさらに片隅――いわゆるスラムと呼ばれる一角だ。
在ベルクオーロ在住のパルドス人達が潜伏していたアジトがあったと、フランから報告を受けている。
ダストアの勇者――銀華ことシーラ・ウィンスターが強襲・制圧したらしい。
その際には<叡智の蛇>の介入はなかったようだが、パルドス人テロリスト達が異形に変化した事を思えば、無関係とは思えない。
アジトそのものは、<竜の瞳>を含めて他国の諜報機関が合同で調査したらしいが、そこを陣の基点としているとしたら。
いつしか辺りは薄暗い、細く入り組んだ路地へとなっていく。
新興国であるベルクオーロだから、スラムと言っても、ホルテッサの城下にかつて広がっていたような――劣悪な環境ではない。
どちらかというと不穏な雰囲気を孕んだ――悪徳の温床となっているような地域に思えた。
「――探すべきは、アジトそのものではなく、その周辺。そこに気づくとは、さすが竜の王子様というところでしょうか?」
と、不意に。
裏路地特有の淀んだ空気の中、それを忘れさせるような爽やかなソプラノ。
「――誰だっ!?」
ザクソンが声のした背後を振り返り様、周囲に紫電を喚起しながら問い質す。
右手を前方に突き出して、紫電をいつでも相手に射出できる体勢だ。
「えええっ!? いきなり戦闘態勢!? 覚悟キマりすぎだよっ!
あ、あたし――わたくしに敵意はありませんよ!?
ええと、攻精魔法を使うって事は、四天王のウォルター卿かトゥーサム卿なのでしょうか?」
旅装――革製の外套を着込み、フードを被ったその女性は、その言葉が真実である事を示すように、まずは外套を開き、腰の左右に佩いた一対の長剣を鞘ごと外して地面に転がす。
外套の下は、ダストアの女性騎士特有の戦闘装束だった。
ユリアンが仲良くなって大使館に招いていた――ルシア・ミンクスが似たようなデザインの格好をしていたのを覚えている。
それから彼女は、フードを外して抵抗する気がない事を示すように、両手を挙げて見せた。
「……ザクソン、おまえも魔法を還帰しろ」
「はい」
俺の支持に従い、ザクソンは素直に紫電を消失させる。
「信用して頂けたようでなによりですわ。
……名乗らせて頂いても?」
そう訊ねて来る彼女は、腰まである美しい銀髪を一本編みにしていて。
澄んだ青の瞳は、彼女が確かにダストア王室の血を受け継いでいる事を示している。
この容姿や身にまとった衣装の特徴に加えて、女の身でありながら双剣使いとなれば、俺はひとりしか思いつかない。
「――シーラ・ウィンスターと申します」
それが。
ダストア王国が誇る勇者――銀華の蕾と呼び慕われる令嬢との出会いだった。




