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転生しても、女に振り回されそうになった俺は、暴君になる事にした。  作者: 前森コウセイ
閑話

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第22話 7

「まず、ミレディ・ログナーについてですが――」


 わたしは周囲を見回しながら、ゆっくりとした口調で告げた。


「彼女は<亜神>発生時の侵源に呑まれ、消失しました。

 ――事実上の死亡として、我が国では処理しております」


 彼女の生存を知るのは、あの場に居合わせた者達だけ。


 <亜神>調伏後は、ユメさんがコラーボお婆様の小屋に転移で直接運んだから、ミレディ・ログナーの生存を知る者は、本当に限られた者だけ。


 戸籍上も死亡として処理をし、今の彼女は姿変えの魔道器を常用して顔を変えている。


 ガル公爵家の新人メイドのミリィが、かつてのミレディ・ログナーだとは誰も思いもしないだろう。


 ――記録上、ミレディ・ログナーという人物は死亡したという事になっているのよ。


「<叡智の蛇>の<執行者>の身柄を押さえる絶好の機会を逃したのか――」


 下座の席に座る一国が、不満げな声を挙げる。


 わたしは痩せぎすなその代表に視線を向けて、微笑みを浮かべて見せた。


 カイや四天王のみんなが、怖いと評する、冷たい笑みよ。


「無茶を仰いますこと。<亜神>という未知の事象に対して、我が国は最善の手段を取ったと自負しております。

 それとも閣下は、我が国がかつてのパルドス王国のように、瘴気によって汚染されても、ミレディ・ログナーを生け捕りにすべきだったと?

 そこまで仰るなら、その手段をご提示頂きたいものですわ」


 <亜神>なんて、本来は伝説の存在だわ。


「――たまたま運良く我が国には、パルドス王国でそれが発生した際、国境付近で<王騎>によって迎撃したという記録が残っていた為、オレア殿下は迅速に対応できましたが、それ以上を求める、と?」


 他国では<亜神>発生時の対処法なんて存在しないでしょう?


 現にわたしの言葉に、不満を口にした代表だけではなく、その周囲の国々もわたしの視線から逃れるように顔を逸したわ。


「――少なくとも、<執行者>のひとりは討伐できた。そういう事でよろしくないかしら?」


 アリシア様が扇を広げながらそう発言する。


 ……援護、感謝します。


 目線でアリシア様にそう告げる。


 彼女に直接真相は伝えてはいない。


 けれど賢い彼女の事だ。


 薄々は気づいているかもしれない。


 新設された諜報機関――<竜の瞳>の諜報・工作局局長であるフラン。


 その連絡員として、ミリィは何度も<密蜂>と接触しているもの。


 諜報の世界では、フランの実家であるリグノー家はそれなりに有名で、その次期当主であるフランの名前は、その筋ではかなり知れ渡ってるのよ。


 そんな彼女の片腕が、無名の新人なのだから、疑問に思わないわけがない。


 一応、ミリィとしての戸籍は、リグノー家の遠縁――クレストス家所領に実在する陪臣家の生まれという事にしてある。


 暗部に所属しており、行方不明になっている人物の戸籍をそのまま流用した形よ。


 逆に言えば、どんなに探っても、ミリィの経歴はそこまでしか辿れない。


 だからこそ疑問は尽きないのだろうけれど、ミリィ自身がやらかさない限りは、ミリィとミレディ・ログナーを繋ぐ証拠は存在しないのよ。


 そして、彼女が持っていた情報は、彼女が率いていた配下から聞き出したという体裁で他国の諜報機関に公開、共有している。


 必要な情報は与えているのだから、他国もウチとの関係を崩す危険を侵してまで、ミレディ・ログナーの事を追求したりしないでしょう。


 わたしは議長のカルロス大公に視線を向ける。


「ミレディ・ログナーについての説明は以上となります」


 カルロス大公は会議室内を見回し、さらなる質問や異議がない事を確認して、ミルドニア皇国のリーンハルト皇子に顔を向ける。


「ミルドニア皇国もホルテッサ王国の対応に異議はありませんね?」


 リーンハルト皇子は首肯を返し。


「ええ。そもそもミレディ・ログナーは、我が国からホルテッサのログナー侯爵家に籍を移しております。

 もし仮に生存していたとしても、ホルテッサの国内法で裁かれるべきものでしょう」


 その言葉に、カルロス大公もまた頷いて、木槌を鳴らした。


「では、ミレディ・ログナーの扱いについては、そのように」


 ……ひとつ、乗り越えたわね……


 わたしは周囲に気づかれないように気をつけながら、安堵の息を吐く。


 元々はカイのわがままで決めた事だけど、実際、ミリィは良く働いてくれているとフランから聞かされているわ。


 メイドとしての立場を見ても、サラの反応は悪くない。


 世話係として、教育係として良くやっているようだわ。


 この調子で働いてくれるなら、遠からず彼女の身に施した<従属>の刻印を解除できるかもしれない。


 カイもわたしもそこまでするつもりはなかったのだけれど、他ならぬミリィ自身が、信頼してもらう為と言って聞かなかったのよね……


 <従属>の刻印は、主の意思によってその身を拘束する為のもの。


 重犯罪者に施される<隷属>の刻印同様、<従属>もまた、解除した後も入れ墨のように身体に痕が残るものだわ。


 若い彼女がその身に痕を残しても構わないというその覚悟に、わたしもカイも押し切られてしまったのよね……


 現在、彼女の主として登録されているのは、わたしとカイ、直接の上司に当たるフランとその父であるフォルト、そして表の顔として仕えているガル公爵一家よ。


 もっとも、刻印は保険のようなもので、これまでに彼女が<従属>を喚起された事は一度もない。


 このまま……信じたカイを裏切るような真似をせずにいてくれたらと、わたしは切に願ってる。


 ――さて。


 気を取り直して、わたしは再び周囲を見回した。


「続きまして、ラインドルフについてですが――」


 彼については、本当に処理が難しかった。


 事前にミルドニア皇室に<遠話>の魔道器を渡せていたから良かったものの、そうでなければ詰んでたわね。


「まず彼の犯行に関しては、国内法、国際法どちらにおいても規定する法が存在しません」


 そう、これがこの論旨における肝。


 オレアとわたしだけじゃなく、陛下やネイト叔父様――果てはミルドニアの皇王陛下までをも巻き込んで練り上げた、屁理屈の足がかり。


 ラインドルフが起こした事件――ホルテッサ王座の簒奪を目的としたテロは、国民に対してなら反逆罪が適用できる。


 けれど、ラインドルフはホルテッサ国民ではない。


 ――しかも。


「ちなみにミルドニア皇国にもまた、そのような法は存在せず……そもそもラインドルフ皇子という人物は、ミルドニアに存在していないのです」


 途端、大会議室がざわめきに包まれる。


「だ、だが、ラインドルフ殿下は第一皇子として、昨年まで連合会議に出席していたではありませんか!」


 参加国の代表から投げかけられたそんな問いに、しかしリーンハルト皇子は微笑を浮かべたまま、その人物に顔を向ける。


「我が国では良くある事です。ご存知でしょう?」


 ミルドニア皇国が一夫多妻の国で、後宮のある皇室では、皇王の座を巡って兄弟姉妹の関係が良くないのは周知の事実。


 現皇王陛下の代ではラインドルフが初だけど、先代の御世までは、皇子のひとりがある日突然、その係累の御家ごと消滅するというのは、他国にもよく伝え聞こえていた話。


 あくまでミルドニア皇室の御家事情だから、それに対して他国は意見はできなかったのよ。


 リーンハルト皇子の言葉で、誰もがラインドルフは失脚したのだと理解したようね。


 そして、ミルドニア皇国内においては、存在ごと抹消されたのだと。


「なので、ホルテッサ王国に現れたラインドルフを騙る人物に関して、我が国は一切、関与致しません」


 当初はラインドルフが捕らえられた事で、ミルドニア皇国は彼の存在を抹消したのだけれど。


 わたし達は話し合って、その順序を逆転させたのよ。


 つまり、ラインドルフ皇子を騙る人物が――それが本人かどうかさえ曖昧にして――、ホルテッサ王国で王位簒奪を試みた、と。


 ミルドニア皇国には存在していない人物である以上、ミルドニアの法では裁けない。


 一方、ホルテッサでも、彼を裁く法が存在していない。


 ――法的にはラインドルフという人物は、存在していない事になるのだから。


 これは今、わたしがそうしているように法の抜け道になるから、帰国後に法改定して戸籍を持たない者に対する法律を作る必要があるのよね……


「我が国においても、無国籍者がクーデターを起こした際の法が存在していなかった為、便宜上の戸籍を与え、重犯罪者として聴取後、開拓労役を課しています」


「彼は<叡智の蛇>の<使徒>だったという話だが……」


 参加国の席から、誰かがそう呟く。


「ええ、聴取した情報は、ミレディ同様、連合国の皆様に公開させて頂きましたわ」


 そう。あの事件は余りにも大事になり過ぎていて、他国に隠し切るのは無理だったのよ。


 だから、わたし達は裏で口裏を合わせる事にしたの。


 そして、必要以上の追求をかわす為にも、入手した<叡智の蛇>の情報は、すべて公開する事にした。


「皆様、誤解なきよう。捕縛された人物はあくまでラインドルフを騙っていた人物であって――皇王陛下が確認したところ、別人との事でした。

 本件に関して、我が国はいっさい関与しておりませんし、<叡智の蛇>とも関係を持っていない事を断言しておきます」


 リーンハルド皇子が周囲を見回して付け加える。


 そう。これこそがミルドニアにとって、この話に乗る最大のメリット。


 リーンハルト本人が関与していた場合、ミルドニア皇室もまた<叡智の蛇>との関係を疑われてしまう。


 ミルドニア皇国としては、それは避けたかったのだと、皇王陛下は仰っていたわ。


 あくまでホルテッサで暴れたのは、消されたはずのラインドルフ本人ではなく、その名を騙った別人――<叡智の蛇>の<使徒>だったという筋書き。


 ラインドルフ――今はミドルネームのモンドをファーストネームとして名乗る彼は、ミリィ同様に<従属>の刻印を受け入れて、ホルテッサの為に働く道を選んだ。


 表向きはカイの秘書として働き、その裏で<竜の瞳>の諜報員として動いてくれている。


 以前と違って、すっかり人が変わったモンドは、いまやカイの事務仕事に欠かせない人材となっているわ。


 お茶を淹れるのが下手なのと、隙きあらばミリィとの惚気け話を始めるのが玉に瑕なのだけれどね。


 諜報員としても、フランへの作戦立案で役立っているようね。


 それにしても――本当に、こんな無茶振りは今回だけにして欲しいわ。


 ……まあ、どんな者にでもやり直す機会を与えるのが、カイの……良い所なんでしょうけど……


 その為の手助けくらい、別になんでもないというか……手伝えるのが嬉しいとも思えるのだけれど。


 ――恥ずかしいから、絶対に本人には言えないけれどね。


 暴論とも取れるわたしとリーンハルト皇子の主張に、会議室はあちこちで議論が勃発してざわめき始めたのだけれど。


「――静粛に!」


 カルロス大公が木槌を振るって、場内を収める。


「つまり、下手人はホルテッサ王国内にて処罰し、ミルドニア皇国はそれを認めたという事でよろしいですか?」


 わたしとリーンハルト皇子が頷き、カルロス大公がそれを承認する。


「両国が納得しているのであれば、この話はこれまでですな」


 そう告げて、カルロス大公が木槌を振ろうとした。


「――議長!」


 わたしはそれを遮るように挙手する。


「はい、ホルテッサ王国」


 ラインドルフの話はうまく切り抜けられたけれど。


「今後、このような事態が発生した時に備えて、移民および無国籍者に対する国際法を策定すべきではないでしょうか?」


 国を跨ぐ刑法は存在するけれど、それはあくまで国籍がはっきりしている者に対してのみ。


 戸籍の存在しない者が犯罪を犯した場合、手続きの煩雑さを嫌って秘密裏に処分している国もあると聞いているわ。


 急な提案だから、今回の会議で制定されるとは思っていないけれど、意見を詰めてなるべく早く制定されれば良いと思う。


「――わかりました。午後の法案討論の場で話し合いましょう」


 カルロス大公が了承して、木槌を振り下ろす。


「それでは、他に提案はありますか? なければ一時休憩にしたいと思います」


 異議はなく、カルロス大公が散会を宣言する。


 ――乗り切ったわ……


 深い溜め息を扇で隠すと、隣の席からアリシア様がわたしの背中をさすってくれた。


「お疲れ様です」


 ホルテッサとミルドニアの根回しなんて知らないはずなのに、まるですべてを見透かしたように労ってくるのだから、この方は侮れない。


「……アリシア様。ありがとうございます」


 引きつらないように努めて意識して、わたしは微笑と共にそう返した。


「さ、お昼にしましょう。午後に備えて、しっかりと取らなければいけませんわ!」


 そうしてわたしは、アリシア様と共に会議室を出て、控室に向かった。

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