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転生しても、女に振り回されそうになった俺は、暴君になる事にした。  作者: 前森コウセイ
閑話

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第22話 6

 交渉の序盤は、主に各国の国内法と国際法のすり合わせに関する了承について話し合われる。


 これは些末な事のように思えて、実はかなり時間が取られる部分だったりするのよね。


 例えばある国では合法である商売が、別の国では犯罪であり、国際法ではグレーだったり、規定がなかったりする。


「ですから、この植物は幻覚作用と依存性が高く――」


 今、オーウ連合国が糾弾している植物に関してもそう。


 都市国家郡のひとつの都市が、麻酔薬として流通させた薬草が麻薬成分が強く、本来の用途とは別の使われ方をしているというもので。


 オーウ連合国としては、この植物の流通自体を規制すべきと訴えている。


「――ですから、それは植物そのものが持つ作用で、しかも獣属や魔属、鬼属に限った話でして。ヒト属にはそのような作用は確認されていないですし……」


「それは貴国の――都市国家郡の総意かっ!? ヒト属以外はどうなっても良いと!?」


 種属差別とも取れる発言に、オーウ連合国の代表者が声を荒げる。


「そ、そういうわけでは……精製された麻酔薬に関しては、すべての種属に薬害がない事も確認が取れております。

 あくまで原料となる植物自体の問題でして……」


「――だから、その植物を流通させるなと言っている!」


 都市国家郡のある中原西部では、ヒト属以外の種属はそれほど多くない。


 一方、ホルテッサを含む東部は獣属や魔属が多く、オーウ連合国に至っては、鬼属の王が盟主を担っている多種属国家よ。


 恐らく薬の開発者は、純粋に医療の発展を担って薬を生み出したのでしょうけれど、それによって原料となる植物が中原中に流通されるようになり、結果として麻薬問題に発展するとは思わなかったのでしょうね。


 国民にヒト以外の種属を抱える国家も議論に加わり、流通禁止と薬の有効性を説く声で紛糾していく。


「……原料の民間流通を禁止して、薬としてのみ流通させたら良いのではなくて?」


 アリシア様が扇で口元を隠して、わたしに問いかける。


「とはいえ、原料の薬草の栽培が難しい国もあるでしょうから。原料の貿易そのものを禁止してしまうのは、そういった国の反対を招くでしょうね」


 わたしも同じように口元を隠し、囁くようにそれに応える。


「国が原料と精製薬の輸出入を管理して、それ以外のルートでの出入りを禁止するのが、対処療法的ではありますが、一番かと」


「……ですわね。わたくしもそう思います」


 ふたりで意見をすり合わせたところで――


「――議長、発言をよろしいですか?」


 澄んだテノールで声を上げたのは、わたしの対面に座る青髪の青年――ミルドニア皇国のリーンハルト皇子だった。


「ミルドニア皇国、どうぞ」


 議長であるカルロス大公が彼を指名すると、紛糾していた各国代表は押し黙る。


 激昂はしていても、常任理事国の話を聞くくらいの冷静さは残っていたようね。


 リーンハルト皇子は椅子から立ち上がると、一礼して周囲を見回す。


「みなさん、薬の有効性や薬害についての話に論点が逸れてしまってませんか?

 麻酔薬が有効なのはすでに周知の事実ですし、それにともなう薬害も見過ごせない。

 今、問題にすべきは、それを悪用する者が居るという点でしょう?」


 柔らかな口調で周囲を引き込むリーンハルト皇子。


「なので、そういった者達が関与できないよう、まずは原料の栽培そのものを国が管理し、原料の輸出入及び精製薬の輸出入に関しても、国家間のみで行うようにしてはどうでしょうか?

 専門の運搬業者を用意し、それ以外の者が他国に持ち込めないようにするのです」


 国内での流通に関しては、あくまで国内法の範囲内。各国の裁定で処分できる。


 麻酔薬やその原料を麻薬として悪用しようとする者は、国を跨いでの犯行ができなくなるという事ね。


「……原料の栽培――流通数から国が管理できるというのは、良い案ね」


 わたしの呟きを聞きつけ、アリシア様も頷く。


「原料や薬物を取り扱える者には認可を与え、それを持っていない者が薬物や原料を所持していた場合は、処罰対象にする――国内法の改定も必要ですけれど、薬害の改善に繋がりますし、麻薬犯罪の取締がしやすくなりますわね」


 本来が国からの認可を受けた者しか所持できないのだから、無認可の者がそれを持っていた場合は犯罪者ということ。


 犯罪の見極めがしやすくなるという事だわ。


「……リーンハルト殿下は、ずいぶんと頭の回る方のようですわね」


 アリシア様の言葉に、わたしは素直に同意する。


 わたし達は流通の管理は思いつけたけれど、その前段階――栽培から国が管理するという発想には至らなかったわ。


 各国の代表者達がリーンハルト皇子に、細々とした質問を浴びせるが、彼はそれに丁寧に応え、時には他国の案も取り入れつつ、より具体的に、各国が納得できるものにしていく。


 あの知能があって、ラインドルフにはやり込められたというのだから、ラインドルフは本当に知能だけは優れていたということなのかしらね?


 逆にやり込められたからこそ、リーンハルト皇子は努力なさったのかもしれない。


「それでは、反対者がいなければ、本案は国際法案として本会議に提出しようと思います。

 ――反対者はいらっしゃいますか?」


 手を挙げる者はなく、カルロス大公は木槌を打って議論の終了を示した。


「では、次に――」


 その後も様々な国際事案が話し合われて。


「次に国際犯罪者の引き渡しについてです」


 カルロス大公の声に従い、わたしは手元の書類に目を落とす。


 毎年こうやって、自国から高跳びした犯罪者を引き渡してもらい、あるいは自国内で捕らえた他国の犯罪者を引き渡しているワケなのだけれど。


 書類に記載されている犯罪者の名前の横には、謝礼を示す引き渡し金も提示されている。


 これは今日この場に至る前に、官僚達が話し合って合意した金額。


 犯罪者達は、この金額を返還するまで労役が課される事になるのよ。


 書類の中にダストア王国からホルテッサ(ウチ)への引き渡し犯の記載を見つけて、わたしは思わず溜め息を吐く。


 ――元勇者アベル。


「……あのサルに二〇〇万エン……」


 思わず漏らした呟きに、アリシア様はクスクスと笑った。


「元とはいえ勇者ですもの。我が国の勇者である銀華が動き、拘束にもそれなりの経費がかかりましたの。

 同盟国のよしみもあって、相当にお値引きしましたのよ?」


「もういっそ、ダストアで処分してくだされば良いのに……」


 アベルは、確かに身体能力は高いのでしょうけれど、知能がサルレベル。


 労役の為に放り込んだ鉱山から、よく逃亡できたものだと、報告を受けた時は思ったものよ。


「――そういえば、サルが見つけたという<古代騎>はどうしたのかしら?」


 それごと返してくれるというのなら、二〇〇万エンは高い金額ではない。むしろ格安とも言えるわ。


 期待に満ちた目でアリシア様を見つめる。


 けれど、アリシア様は薄く笑って首を振った。


「彼、あろうことか宴席でアレを使おうとしましたの。だからあの子――シーラも怒っちゃって。

 ……本気を出しちゃいましたの」


 クスクスと笑うアリシア様に、わたしは首を傾げる。


 ダストアの勇者、銀華様の本気?


「銀華とは、ダストア・ウィンスター家直系女子が冠する名であると共に、彼の家に伝わる一騎の<古代騎>の()……」


 その話はわたしも知っている。


 初代銀華と呼ばれたダストア王女と共に、ダストア・ウィンスター家に下賜された、世にも珍しい雌型<古代騎>。


 <幻影神器>と対になっているとも伝えられるその騎体は、恐らくはカイの王騎に匹敵する騎体のはずよ。


「……つ、つまり……」


 恐る恐る訊ねるわたしに、アリシア様は悪びれるように苦笑する。


「ごめんなさいね。再生不可能なほどに大破させたわ。

 アーティ殿下が仰るには、共感器(リンカーコア)が粉々だったそうですわ」


 騎士教育を受けておらず、<兵騎>の技術部分には疎いわたしには言葉の意味はよくわからなかったけれど、再利用は難しいというのは理解できた。


「……神器使いってそういうトコあるわね……」


 カイとユメさんもそう。


 とにかく大雑把なのよ!


 ラインドルフの<天使>だって、うまく拘束できたなら、そこに用いられた技術を調査できたかもしれなかったわ。けれど、カイとユメさんはあの騎体を消滅させてしまった。


 いまさら言っても仕方のないことだし、あの時はあれが最善だったというのはわかっているけれど、宰相代理として――為政者としてのわたしは、惜しく感じてしまうのよ。


「あら、そちらもそうなのね」


 切れ長の目を見開いて、驚きの表情を浮かべるアリシア様。


「シーラにも、それはもうたくさんの淑女教育を施したのですけれど、あの大雑把さだけは……性根なのかしらね? どうしても直らなくて……」


 頬に手を当てて溜め息を吐くアリシア様だったけれど、その目に浮かぶ色は嫌悪や失望ではなく、どこから優しさに満ちたもので。


「……わかりますよ。アリシア様」


 その性質は、確かに短所なのだけれど。


 彼や彼女達の()()()のひとつなのだもの。


 そういう部分も含めて、わたしは――きっとアリシア様も――受け止めようと思っているのだから。


「それにしても……」


 わたしは再び書類のアベルの欄を眺める。


 払いたくないわぁ……


 国内で、あのサルの使い道なんてないのだもの。


 戦闘特化の人材なんて、せいぜい魔境に放り込んで、飼い殺しにするくらいしか……


 と、その時。


 わたしは天啓のように、ひとつの案を思いつく。


「アリシア様、あのサル――コホン、銀華様と<古代騎>で戦闘したのよね?

 ――その、ちゃんと扱えていたのですか?」


 確認の為に訊ねると、アリシア様は頷きを返した。


「シーラが神器を喚起する程度には、扱えていましたわね」


 ……ふむ。


「ならもういっそ、殿下達が検討している新型<兵騎>の騎士養成校――その戦技教官にしてしまいません?」


 頭が致命的に悪いサルだけれど、戦闘能力だけは近衛隊をまるごと相手取れるほどなのだもの。


 加えて<兵騎>の扱いも問題ないのだから、そのまま教官として使う方が有効活用と言えないかしら?


「……ふぅん」


 アリシア様は閉じた扇を顎に当てて黙考。わずかな沈黙の後に、対面に座るリーンハルト皇子の方に視線を向ける。


「ミルドニアの保安官総督家――アルドノート家には、犯罪者の思想矯正技術があると伺っております。それを受けさせた後なら……悪くない話ではありますね」


 アリシア様がご納得されたのを見て、わたしは安堵の息を吐く。


 ――二〇〇万エンが浮いたわっ!


「なら、この引き渡しは無しということで。思想矯正のためのアルドノート家との交渉は任せて頂いてよろしいかしら?」


「ええ、お願い致します。フローティア殿下がアルドノート閣下と懇意なのは伺っておりますので」


 わたしの了承に頷き、アリシア様は手を挙げる。


「――議長。ダストアとホルテッサ間の引き渡し案件について、修正がございます」


 そうして、わたし達の修正案に異議は差し込まれず、そのまま本会議へと提出される事になった。


 そのまま国際犯引き渡し交渉も滞りなく終わるかに思えたのだけれど……


「――議長、ホルテッサからミルドニアへの国際犯が抜けがあるのではないか?

 ラインドルフ元皇子と、その配下であったミレディ・ログナーはどうしました?」


 そう訊ねたのは、ランベルク王国のセルバン宰相。


 その問いは、恐らく悪意なんてなくて、純粋な疑問だったのだろうけど。


 ……できればそのまま流してしまって欲しかったわ。


 わたしは広げた扇で口元を隠して、思わず溜め息を吐く。


「まあ、やるしかないわよね……」


 想定していた、今日の交渉の山場のひとつが来たのだわ。


 ミルドニアのリーンハルト皇子に視線を向けると、彼は生真面目な表情で頷いてくれた。


 ――話は皇王陛下から知らされて、殿下もご存知なようね。


 わたしは席を立って、扇を翻す。


「――お答え致します!」

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