閑話1
夕焼けに染まる木々の間から、あちこちに設けられた晶明の明かりで周囲に浮かび上がるように影をそびえさせる街壁を見つけて、私は思わず安堵の息を吐く。
――ベルクオーロだ。
ローデリアの帝都から人目を避けて、道なき道を旅し続けてひと月。
ようやく辿り着く事ができた。
私はくたびれた足を引きずるようにして森から這い出て、そのまま街道を進み、街の入り口となる門へと辿り着く。
ベルクオーロは現在、国際会議の場となっている為、街への入場には厳重な検査が施されていて、門の前には多くの旅人や商人が行列を成していた。
私は街頭のフードを深く被り直して、その最後尾に並ぶ。
そうしてしばらく列が進むのを待っていると。
「――俺達はただ、平等を求めてるだけだ!」
「――パルドス人だからといって差別するのか!?」
不意に門の向こうから喧騒と共に、縄を打たれた多くのみすぼらしい格好をした男達が、衛士らしい鎧姿の者達に追い立てられて来て、門の前で口々に怒鳴り始めた。
「黙れ! 大公閣下は貴様らの居住を認めないとお決めになった! テロを企てておいて処刑されないだけ、ありがたいと思え!」
隊長格らしい衛士が男達に怒鳴りつけ、そうしている間にも、護送用の大型馬車が門の向こうから牽かれて来た。
「差別! 差別だ! 民主主義を守れっ!」
「――人権っ! 人権だぞっ!」
衛士達が男達を馬車に乗せようとするものの、彼らは口々に叫んで衛士達に抗う。
「……大好きでご自慢の母国にわざわざ送り返してあげるって言ってるのに、なんで抵抗してるんだか」
と、私のすぐ前に並んでいた女性が嘲笑混じりの呟き。
背中まである美しい銀髪を緩い一本編みにした、軽装鎧姿の女性だ。
冒険者にしては身綺麗で整った容姿をした彼女は、腕組みして冷めた視線をパルドス人の男達に向けている。
「あの……彼らは?」
彼女に興味を惹かれて、私は声を掛けてみた。
「ん? あなた、旅の人? こないだ各国の王侯貴族が集まったお茶会をあいつらが襲撃したのよ。パルドス人の人権を守れーってね。
権利だけを主張するから嫌われてるのに、今以上の権利を寄越せって言うんだから笑っちゃうよね」
その言葉を聞いて、私は軽い目眩を覚えた。
……ああ、本当に実行してしまったのか。
ああしてゴネている彼らのうち、どれだけの者が自分が口にしている言葉をまるで理解しているのだろうか。
恐らくは正しく理解している者なんて居ないに違いない。
教えられたままの概念をただ口にしているだけ。
都合の良い部分だけを捉えて、そこに伴う責任には目を塞いでいるからこそ、あんな風に子供のようにダダをコネられるのだ。
「そんなワケで、大公様も国内に置いておけないって事で、パルドスまで送り返す事にしたみたい。
たぶん本会議で、同盟各国も同様の措置を取るのを決めるんじゃないかって、お姉様達が言ってた」
銀髪の彼女は、ため息交じりに答えて肩を竦める。
「……でも、彼らの様子を見るに、扇動している者がいるのではないでしょうか?
彼らは自身が口にしている言葉を理解しているようには見えないのですが……
どんな者にも、やり直しの機会は与えられるべきでは?」
正直なところ、生まれの良くない私は、心情的にはあのパルドス人達に同情していた。
どんな生まれであっても、立ち直る機会は与えられるべきなのだと。
けれど、銀髪の彼女は寂しそうに首を横に振る。
「それなら、テロなんてせずに真っ当に働けばよかったんだ。
けど、あいつらはそうせず、王侯貴族を暴力で引きずり下ろそうとした。なら、それ以上の暴力で屈服されても文句は言えないはずでしょう?
なのに、あいつらは屈服された今になって被害者ぶって、自身の主張を押し通そうとしてる。道理に合わないよね」
銀髪の彼女の言葉は、ひどく正論だった。
もし仮に襲撃が上手く行っていた場合、その場に居合わせた王侯貴族を失った国は大混乱に陥っていただろう。
……それこそが彼らの目的なのだと、私は知っている。
そして、パルドス人達はそれに扇動されただけ……
と、そんな風に考えていた私の想いを打ち砕くように――
「こ、こうなったらっ!!
――目覚めてもたらせ! コードリライターっ!」
今まさに護送馬車に押し込められそうになっていたパルドス人のひとりが、不意に叫んだ。
彼の胸から濃密な瘴気が噴き上がり――
「――ああああ、あがががぁぁぁぁぁ……」
悲鳴じみた声と共に、男のその身が瘴気によって反転して書き換えられ、漆黒の獣へと変貌させていく。
――<解き放たれた獣>
魔導器官のパラメーターを強制的に操作された、ヒトではなくなった者だ。
「があああ――っ!!」
鉤爪に覆われた両手は拘束を容易く破りさり、衛士を薙ぎ払って、周囲に血色に染まった両眼を向ける。
噴き出す瘴気が土地を穢して、黒く染め上げていく。
門へと並んでいた人々が悲鳴を上げて逃げ出す。
「……やっぱりまだ潜んでたか」
すぐ隣で、銀髪の少女は溜め息。
「あの力を使うことを覚えちゃったから、あいつらを人の領域には置いておけないんだ」
腰の左右に帯びた長剣を抜き放った。
「――戦うつもりですか!?」
思わず腕を掴んで問い質すと、彼女は鮮烈な笑みを浮かべて気負いなくうなずく。
「これでも勇者だからね。人を助けるのがわたしのお仕事なの」
「へ?」
漆黒の獣から逃げ惑う人々の波の中で、私と彼女だけがその場に立ち尽くしていた。
衛士達が数人がかりで獣の相手をしているが、押されがちで。
護送馬車から瘴気が噴き上がったかと思うと、内側から車体が吹き飛んで、さらに数体の獣が姿を現した。
その手には、同胞のはずの物言わぬパルドス人の首が掲げられている。
「い、いやだっ! 俺は死にたくない! バケモノっ!
――ヒィッ!?」
叫んで逃げ出そうとしたパルドス人は、後ろから胸を貫かれ、地面に転がった。
私は唇を噛み締める。
……私は……なんてモノを生み出してしまったのか……
「さあ、あなたも逃げて」
そう告げる銀髪の彼女に、私は首を振って獣達を見据える。
これ以上、見ないフリはできない。
流されるままに生きて来た、私自身の行いの報いなのだ。
そのために遠く、この地までやって来たのだから。
「……私も多少は魔道の心得があります。お手伝いさせてください」
そう告げると、銀髪の彼女は華が綻ぶような笑みを浮かべて。
「いいわ。あなた、名前は?」
「エイラと申します」
「わたしはシーラ。シーラ・ウィンスター」
名乗り合ってうなずくと、二人で漆黒の獣目掛けて駆け出す。
「――開け! <道具袋>!」
喚起詞を紡げば、すぐ横手の空間が波打つ。そこに手を差し込んで、愛用の魔道杖を引き出して。
「目覚めてもたらせ!」
簡略化された喚起詞に応じて、杖の先から光芒が閃く。
「――ギャィンッ!?」
漆黒の獣が閃光に焼かれて倒れ伏す。
「せいっ!」
水蒸気の輪を引いて駆け抜けたシーラもまた、肉薄した獣の一体を容易く斬り捨てていた。
勇者というのはデタラメだ。
パラメーターを操作され、物理を超越しているはずの<解き放たれた獣>を、真っ向から物理で屈服させるのだから。
「――この場はわたしがなんとかします! 衛士のみなさんは民間人の保護を!」
漆黒の粘液にまみれた長剣を振るって払い、シーラは周囲に叫ぶ。
獣達は突如乱入した私とシーラを警戒して、威嚇するように吠えた。
まるでそれに応じるように、シーラは双剣を携えたままにカーテシー。
「――今宵咲き誇りますはダストアの銀華。まだ蕾なれど、この身を賭して舞わせて頂きます」
それは、私の狂信者のひとりが苦渋を舐めさせられた者の二つ名だったはず……
私は思わずシーラの顔を見る。
晶明に照らし出された彼女は、微笑みの仮面を貼り付けて、獣達を見据えていた。
「さあ、お相手願いますわ」
まるでダンスに誘うように左手の長剣を掲げて。
銀髪の勇者による、異形の存在への蹂躙が始まった。




