第21話 3
「……洗脳されてるだけじゃねえか」
と、ぼそりと呟いたのは殿下で。
「あたしもそう思うね。
つーかオレア坊や、よく洗脳なんて知ってたね?
無知なヤツなら、魔法で操ってるとか言い出すトコだよ」
エイダ様が面白そうに殿下に声をかけたわ。
「魔法が精神に干渉できないなんて、魔道の基礎じゃないですか。
アレは詐術の発展――洗脳としか思えない」
どうやら殿下やエイダ様は、ティアリス信徒のみなさんがあのようになっている原因に心当たりがあるようで。
「……その、洗脳? ですか?
それはどういったものなのでしょう?」
わたしが殿下に尋ねると。
「手段はいろいろあるんだが……」
殿下は首をひねっていたものの、すぐに手を打ち合わせて顔を上げた。
「あー、おまえはすでに経験してるぞ?」
少しだけ言い出しにくそうに、殿下はそう告げる。
「わ、わたしがですか?」
まるで心当たりがないのだけれど……
「アベルの手法が、まさに洗脳の一種なんだ」
そう言われて、わたしは思わず息を呑む。
そんなわたしの肩を叩いて、殿下は苦笑。
「俺と距離ができて、寂しい想いをしていたおまえに、ヤツはそっと忍び寄って甘い言葉を吐いた」
「……はい」
「そして、寂しさを埋められた事によって、おまえは安堵感と充足感を得て、俺よりヤツを選ぶに至った」
「……その、通りです……」
思わずうつむいてしまうわたしの肩を、殿下はもう一度優しく叩いて。
「責めてるわけじゃない。
気づけないからこそ洗脳なんだ……」
殿下の言葉は優しくて、わたしは情けなさに、溢れそうになる涙を必死に堪えたわ。
あれが……洗脳。
「――では、あの人達も?」
こっそりハンカチで目元を拭って、それからティアリス聖教の信徒達に視線を向ける。
「恐らくな。問題はどうやって洗脳してるか、だが……」
そこまでは思いつかないのか、殿下は首をひねる。
「――手法は想像できるぞ」
と、そう仰ったのは、エイダ様の膝に座ったサヨ陛下で。
「あやつらの教えでは、いずれ世は大いなる災いに見舞われるんだと。
そしてその災いを乗り越えられるのは、ティアリスの愛の絆で結ばれた者のみって設定らしい」
あからさまに小馬鹿にしたような、サヨ陛下の声色。
「……そうか! 千年王国思想!」
「なんですか、それ?」
殿下は本当に、様々な事をご存知で、わたしは質問してばかりで情けなくなってしまう。
「……ふむ、初めて聞く言葉だね。
オレア坊や、説明」
その言葉は、エイダ様もご存知なかったみたい。
エイダ様に促されて、殿下はうなずきをひとつ。
「サヨ陛下が説明したそのままなんですけどね。
まず不安を煽って――ティアリス聖教の場合、『大いなる災い』がこれに当たります。
それを乗り越える為には、自分達に与しなければならない――聖教で言う愛の絆ってヤツですね。
そしてそれを乗り越えた先には、彼らだけの理想郷が待っている――という論法です」
殿下はそこまで告げて、深々とため息。
「これで問題になるのは、彼らはあくまで善意から仲間を増やそうとしているという点……」
誰だって、身近な人は救いたいと思うものですものね。
強引とも捉えられる熱心な勧誘は、それが原因かもしれない。
「そして、そこからさらに派生する問題として、彼らはやがて自分達は選ばれた者なのだから、教えを広める為ならなにをしても赦されると信じ込むようになるという点があります」
「……ロクでもないね」
「貴族の選民思想にも通じるものがあるのう」
エイダ様とサヨ陛下もそろってため息をついたわ。
「――まさにそれなんです」
殿下は壇上の神子代理を見上げる。
「一定数の信徒を獲得し、ある程度、教えを広めたその手の連中は、次に社会的権威を欲するようになる……」
「――と、いうと?」
「……神の元の平等を謳い、その遣いである自分達を、権威の頂点――つまりは王の上に置こうとし出すんだ」
――と言う、殿下の言葉を象徴するように。
壇上では神子代理が椅子から立ち上がり、両手を広げた。
「ここで我々は、ひとつ提案したいと思います」
ざわつくホールが静まり返った。
「現在、各国の王の選定は、その血筋によってのみ行われておりますが、それは神の教えに反しております!」
再びホールが怒号に包まれる。
「お聞きください!
――王とは、神の代理人と申しますでしょう?
ならば、それは神の遣いたる我々によって選ばれるべきでは?」
ホール全体への問いかけ。
「……我々ってのがミソだな。
王選定に宗教界全体を巻き込もうってわけだ」
殿下の忌々しそうな言葉を聞きながら。
わたしは思わず立ち上がっていた。
さっき洗脳について教えてもらったから。
だから気づけたのだと思う。
「――お待ち下さい!」
これは我慢できない。
明らかに詐術だわ。
この場にいる全員が、神子代理の言葉に騙されようと。
わたしは気づいたし、気づいた以上は放置できない。
「――セ、セリス!?」
驚きの表情を見せる殿下に、わたしはうなずきを返す。
うまく笑えてたら良いのだけど……
……サティリア様。わたしに勇気を!
深呼吸をひとつ、わたしは声を張り上げる。
「――その認識は誤りです! 取り消しなさい!」
壇上に向けて、わたしは一歩を踏み出す。




