閑話
各国の王族を巻き込んだデモ騒ぎから三日。
わたしは捕らえたデモ参加者達の情報精査に大忙しだ。
もうずいぶん長い事、ロイド様と話せていない。
わたしも忙しいけれど、ロイド様もまた、ソフィアお嬢様の護衛としてあちこち飛び回っているものね……
「……局長、一休みしてはいかがですか?」
と、仮面の侍従――モンドがカップにお茶を注いでそう促してくる。
口に含むと、相変わらずの味だったけれど、覚え始めた頃に比べればだいぶマシになってきたと言える。
――良い気付け代わりね。
口の中に残る渋さに眉間を揉みほぐしながら、わたしは山を築いている、デモ参加者達の調書に再び視線を落とす。
「……ここまで見てわかるのは、参加者はみな貧困層って事と――」
わたしの言葉を継いで、ティーポットをサイドテーブルに置いたモンドが。
「――周辺国からのパルドス難民という事ですね……」
「それも二世、三世まで含めて、ね……」
パルドス戦役の際、パルドス王国の周辺国はパルドス人の立ち入りを禁止している。
だから、それ以前に国を出ていた者やその子らが、今回の騒動の中心だ。
今回のデモの為に、わざわざベルクオーロ周辺国から旅行者を装ってやってきたのだという。
「表向きは民主主義――貴族批判という体だったけど……」
「要はそれを足がかりに、同盟会議で各国の王族の執政と揚げ足を取る事で、パルドス復権に繋げようとしたのでしょうね……」
民が不満を訴えるような王族が下したパルドス王国封鎖。
まともな判断をできていなかったのだから、封鎖もまた間違った判断だったのだ、と。
「――強引で乱暴な論法だわ」
まともな政治判断をしている為政者ならば、そんな暴論が通るわけがないと、すぐに考えを改めそうなものなのに。
「……あの国に、正論や常識が通じると思いますか?」
苦笑するモンドに、わたしもまた苦笑。
「――そうね。だからあなたもキムジュンを焚きつけるなんて、あんな乱暴な手段を取らせざるを得なかったワケね……」
「そうですよ。
本来ならば、勇者パーティーから情報を得つつ、徐々に勇者の人気を上げていき、融和政策を進めるつもりだったのです」
モンドは目を伏せて、深々とため息。
「ところが勇者は思った以上にバカで、キムジュンはそれ以上に短気で愚かだった?」
「ええ。パルドス人というのは、目に見える結果にしか価値を見いだせないようで……
――なにより、オレア殿下の行動が予想外でしたね」
「まあ、まともに政治や外交を学んでいたら、たかが女ひとりの為に戦まで起こすとは思えないわよね」
わたしが笑みをこぼすのを見て、モンドは首を振って、同じように柔らかな笑みを浮かべる。
「ですが、今ならわかりますよ。
あの方は民をなにより大事になさるお方だ。
そして民もまた、王族を我が事のように慕っている。
――だからこそ、ホルテッサという国は強い……」
「ありがと。
アンタにそう言ってもらえるのは、素直に嬉しいわ」
モンドにそう告げて、わたしは再び書類に目を落とす。
「……デモの目的が、各国王族の権威失墜だとして、問題はその指示を出した者よね」
調書によれば、みな街の噂などで在パルドス人がデモを行うと――母国の復権がかかっていると――そう聞いて、集まったのだという。
事情を知っていたであろうリーダー格の男は、エイダ様が言うところの禁忌――自身を怪物に変える魔道器を使った事で、命を落としている。
デモ参加者達への聴取は今も続いているが、中核にいたと思しき、迎賓館に突入してきた連中もまた、異形へと変わり果て、謎の金属塊を残して消滅してしまった。
金属塊に関しては、ステフさんやランベルクの魔導局が調査してくれているところ。
デモの線から、黒幕に辿り着くのは難しいように思える。
わたしはため息をついて、モンドが淹れてくれた、あまり美味しくないお茶を飲む。
そんな時。
「――局長! ついに口を割りました!」
小走りにミリィが駆け込んでくる。
「――<白鬼>の件ね?」
わたしが確認すると、ミリィは首を縦に降る。
この三日、各国は王族が危機に晒された事もあって、捕らえた<白鬼>こと<執行者>イーゴルに対し、腕利きの審問官を派遣し、入れ代わり立ち代わり尋問していた。
中原各国を悩ませるテロ組織――<叡智の蛇>の上級工作員<執行者>を生け捕りにできたのは今回が初めての事だから、多くの諜報員達も立ち会っている。
尋問に関しては、国によっては拷問まがいの事まで行おうとさえしたらしい。
さすがにそれは立ち会っていた、他の審問官に止められたらしいけどね。
過去、<執行者>を捕らえようという試みは、何度も繰り返されてきたわ。
けれど、彼らは捕縛されそうになると、容易に自死を選ぶ為に、成功した試しがなかったのよね。
今回それができたのは、<白鬼>が重症を負って意識を失っていたという点と、各国を代表する魔道士や魔道器使いが、この地に集っていたという点が大きい。
「ステフさんの魔道器――<停滞場>でしたっけ?
アレすごいですよね。
頭以外、時間凍結しちゃってるから、さしものイーゴルも逃げようがないんですよ!」
興奮気味に告げるミリィ。
……学術都市フラムベールで、天使を封じるのに使ってたアレね。
元々はユメさんからもらった物みたいだけど、改造して部分的に凍結できるようにしたみたいね。
「それで口を割ったって?」
「そうそう、正確には儀式魔法で思考や記憶を映像化するのに成功したんですけどね」
ミリィの説明によれば、ホルテッサが技術公開した、遠視の魔道器を応用した儀式魔法らしい。
「――<白鬼>に指示を出していたのは、ティアリス聖教の神子です!」
その言葉に、わたしは驚きと共に彼女を見る。
「……ティアリス聖教が?」
ローデリア神聖帝国が国教とする宗教だ。
他の――中原で広く信仰されている宗教に比べると、その歴史はわずか五百年と短い。
歴史的にはルキウス帝国が、国として興るかどうかという頃だ。
生と死の女神サティリアを祀る、サティリア教会。
白と赤の双月、出会いと別離の女神、ディオラとモイラを讃える双月信仰。
太陽と正義の女神を崇める、テラリス社殿。
そして、ホツマのような古い貴属を信仰するものまでも含めて、すべて異教や邪教と称して排斥している事でも有名ね。
女神様達を旧神や邪神として蔑み、自らが崇める聖女ティアリスこそ真なる唯一の神だと謳っているそうよ。
わたしの印象としては、処女性を尊んで崇める気持ち悪いカルト、かしらね。
聖女ティアリスが処女のまま若くして逝去したそうで、その後の教団のトップには幼い娘が据えられて――それが五百年以上、代々、神子と呼ばれて続けられているんだとか。
そこまで考えて、わたしはふと気づく。
「……モンド、今の神子って、最近どうなの?」
「聖教は隠していますが、信徒の前に姿を見せなくなって久しいようですね」
今の神子に代替わりしたのが、ちょうどソフィアお嬢様がローデリアに留学した頃の事だったはず。
当時はまだ幼児だったはずだから、年齢的には十代半ばから後半といったところか。
「病か事故か……なにか神子が続けられなくなった可能性があるのかしら?」
わたしの呟きを聞きつけ、ミリィとモンドも察したようだ。
「――まさかサラ様をっ!?」
ミリィが驚きの声をあげて。
「いや、だからこそイーゴルはサラ様を『御子』と呼んだのか……」
「……御子――神子候補者の呼び方だったかしら?
あれだけの異能の持ち主だものね。
聖女としても祀り上げやすいって事か……」
わたしは爪を噛んで、考えをまとめる。
「ティアリス聖教の神子が<叡智の蛇>の<執行者>を使うって事は、聖教もまた実質、組織に乗っ取られているという事よね……」
モンドが言うには、ルキウス宰相もまた<使徒>だという。
政治宗教が<叡智の蛇>に牛耳られている以上、ローデリア神聖帝国そのものが<叡智の蛇>と言っても過言じゃないわね……
「――この情報、どこまで流れてるかわかる?」
わたしは真剣な表情でミリィに問いかける。
それによって、今後のわたし達の動きが変わってくる。
「さすがに一国の国教を表立って糾弾するわけにもいかないので、居合わせた者には箝口令が敷かれましたが……各諜報員の責任者と、国のトップへの報告は許されています」
「――となると、蛇と聖教の繋がりの証拠を押さえて、糾弾は連合会議の場になるわね……」
<白鬼>の供述だけでは、言い逃れされて逃げ切られてしまう。
揺るがしようのない物証が必要になるわ。
「デモの首謀者とティアリス聖教、ふたつのルートから証拠を探しましょう。
ミリィはサラ様の護衛をしつつになるけど……」
「任せてください!
数日後からいくつかお茶会の予定が入っていますが、そこにキムナル王女も参加するようなので、その線から探ってみます」
拳を握って意気込むミリィに、わたしはうなずく。
「――モンドは……」
「ちょうど明日から、殿下はセリス様と共に行動する事になってます」
「あーそっか。宗教会談があったのよね」
各国の宗教宗派のトップが集まって、交流を深めるのよね。
セリス様はホルテッサの聖女として、それに臨む事になっている。
「――ちょうど都合の良い事に……」
そして、モンドは仮面の奥で深い笑みを浮かべる。
「今年の議題は、ティアリス聖教信徒による、強引な信者勧誘行為についてだそうですよ……」
その笑みに、わたしは彼お得意の策謀を巡らせている感触を得て。
「……殿下の行動を考慮して動きなさいよ?」
わたしが茶化すように念押しすると、モンドは胸に手を当てて会釈。
「それは骨身に染みておりますから。
あの方の行動は、私などでは推し量れません。
ですが、だからこそ――あの方がその場にいれば、私の策謀など不要かと――」
「ああ、だから都合が良い、なのね……」
「ええ。私の役目は舞台を整える事になるかと……」
ふむ。
「……となると、主役はセリス様になるのかしらね」
カイくんとホルテッサ国内を巡った彼女は、本当に強くなったと思う。
今回、聖女として同行するのも、彼女自身が望んだことだと聞いているわ。
以前のような、周囲に流されるままの少女はどこにもいない。
だからこそ、この大一番を任せるに足ると信じられる。
「いいわ。その方向で行きましょう!」
「――かしこまりました」
わたしが手を叩くと、ふたりは会釈して部屋を出ていく。




