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転生しても、女に振り回されそうになった俺は、暴君になる事にした。  作者: 前森コウセイ
王太子、各国の後継達と交流する

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第20話 10

 異形が漆黒の粘液を滴らせた瞬間。


 わたくしはそれが瘴気なのだと、すぐに気づいたわ。


 わたくしが考えたのは、リリーシャ様を守らなければということ。


 ステージに守られたわたくしはともかく、その外にいるリリーシャ様は生身で異形に肉薄なさっていて。


 かつて、わたくしは王都のスラムで見たことがあるわ。


 魔物の瘴気に侵されて、魔道器官を損傷してしまい――その結果、自我を失くしてしまった元冒険者の方を。


 あんな風にはリリーシャ様をさせたくない。


 だから、魔道器官にありったけの魔道を通し、可能な限りステージを広げようとしたわ。


 魔道傀儡達の操作も手放して、とにかくステージの拡大と強化を意識する。


 リリーシャ様も瘴気に気づいて、こちらに退こうと床を蹴って。


 瞬間、異形がおびただしい瘴気を噴き出した。


 護衛達が吹き飛ばされて。


 わたくしのステージもまた、紫電を散らしてわずかに耐えたものの、瘴気の濃さに負けて割れ砕ける。


 わたくしもリリーシャ様も、悲鳴をあげて床を転がったわ。


「――ぐぅ……」


 まるで心臓を鷲掴みにされたような悪寒。


 魔道器官に魔道を通そうとしても、いつものようにうまく動いてくれない。


 これが瘴気に侵されるということ……


「リ、リリーシャ様……」


 瘴気の黒に覆われた視界の中、すぐそばに感じる気配を頼りに、彼女に触れる。


 彼女はホルテッサがお預かりしている、ミルドニアの王族。


 なんとしても、彼女だけは守らなくてはならないわ。


 四肢に力が入らず、ステージを開くこともできない。


 それでも魔道傀儡に魔道を通す要領で。


 リリーシャ様をわたくしの魔道で包み込んでいく。


「……シ、シンシア?」


 ひょっとしたら今まで意識を失っていたのかもしれない。


 リリーシャ様が戸惑ったような声でわたくしの名前を呼んで。


 その事に、思わず安堵する。


「……なにをしているの? やめなさい。

 それではあなたが瘴気に――」


 リリーシャ様が、上体を起こしてわたくしの手を押さえる。


「いいえ、やめませんわ。

 わたくしとあなたでは、立場が違うのです。

 わたくしはホルテッサの臣として、あなたをお守りしなければ……」


「いいえっ! わたくしこそ、あなたをオレア殿下からお預かりしているのです!

 あなたはわたくしが守らなければ……」


 両手が掴まれて、額が重ねられる。


 伝わってくるリリーシャ様の温もり。


 今もこの身を侵す瘴気が、わずかに和らいだ気がした。


 こんな時だと言うのに。


 思わずふたりで吹き出してしまう。


「……本当に、あなたというお方は……」


「――あら、シンシアこそ……」


 互いに互いを想い合って。


 そうなれたのはきっと……


「――オレア殿下の影響ですわね」


 ふたりで同時に囁いて、また笑う。


「……なら、切り抜けなくてはいけませんわね」


「――わたくし達もできるのだと……」


 瘴気に煙る向こうで、ゆらりと身を起こす異形が見えた。


 わたくし達は両手を合わせたまま、それを見据える。


 身体はいまも瘴気に侵され続けていて、胸の奥をギリギリと締め付けられるような感覚に襲われている。


 けれど。


「――これは……」


 わたくし達の胸で、対のペンダントがほのかに青を放って。


「……瘴気が――」


 その燐光が、瘴気をわずかに押し流していく。


 わたくし達の目の前で、青の石が浮き上がって重なる。


「……瘴気はこの世を侵す、理不尽の象徴みたいなもんさ……」


 瘴気の向こうから、エイダ様の声が聞こえた。


「ヒトの身でそれに抗うには、あまりにも……ひどく不条理で。

 だから、世界はあたしらに意思を与えたんだ」


 石は、エイダ様の言葉に呼応するように、わたくし達の頭上に浮き上がって。


「さあ、見せてごらん。

 あんた達の意思を!

 ヒトの身で外なる理に抗う、理不尽を超えた理不尽の力を!」


 ――胸の奥から……魔道器官を通して。


「――唄え!」


 喚起詞が溢れる。


 青に照らされたリリーシャ様が、わたくしと視線を合わせた。


 わたくしはうなずきで応えて。


「――響いて! <優雅の滴(エレガント・ドロップ)!>


 瞬間、鮮烈な青が周囲を染め上げて――




 ――わたくしの魔道を見通す瞳がはっきりと捉える。


 わたくしを守る為に、シンシアがわたくしの身体に張り巡らせた魔道の糸が、青の輝きを受けて具現していくのを。


 それは複雑に編み上げられて、この身を覆って形作られて……。


 瘴気が押し流されて、シンシアの足元に魔芒陣が開いたわ。


 ステージが開いて、精霊光がほの光る。


 わたくしとシンシアは、ゆっくりと立ち上がる。


「――リリーシャ様、そのお姿は……」


 シンシアがわたくしの姿に気づいて、訊ねてきたわ。


「あなたと、あの石のおかげでしょうね……」


 今もわたくし達の頭上で、周囲を照らして瘴気を洗う永久結晶を見上げる。


「……それが、あんた達の意思の形かい」


 異形の向こうから、エイダ様が微笑むのが見えた。


『――魔道装束だとッ!?』


 くぐもった低い、男の声が響く。


 鬼のような頭部をしていた異形は、いまや二足で立つ獣のような姿になっていて。


「――あなたが衣装替えをするのだもの。

 わたくしも合わせてみたのよ?

 ――どうかしら?」


 シンシアが編んだ魔道の糸は、いまや虹色にきらめくバトルドレスとなっていて。


 肩当てと腰甲は、シンシアの髪を映したような――美しい金色。


 風に揺れるスカートには、繊細に象られた碧と紅、二基の竜の刺繍。


 わたくしの顔を覆う面は、狼の形をしているわ。


 まるで自身を見下ろしているような視点。


 お姉様がそうだったように。


 わたくしの魔眼もまた、進化したのを実感する。


 四肢を覆う甲には、シンシアの魔道の糸が繋がっていて。


「――まるで銀華のドレスアップね……」


 フローティア様のうっとりとした声が、背後から聞こえてくる。


 彼の女勇者様も、神器の力で魔道の鎧を編み上げるのだとか。


 ただの王女と令嬢にすぎないわたくし達は、ひとりでそんな真似はできないけれど。


 ――だからこそ、わたくし達は支え合う事で理不尽に抗うのだわ!


 シンシアのステージが、曲を奏でる。


 それは……きっとシンシアがわたくしに合わせてくれているのね。


 ミルドニアで古くから奏でられる、ダンスメロディで。


 だから、わたくしは手甲に覆われた右手を、異形に差し出す。


 合わせるように、シンシアがステージを広げて。


「……改めて、お相手願いましょうか?」


 わたくし達の声が重なる。


 異形の獣はだらりと両手を下げて。


『――結社ですら再現できなかった魔道装束……。

 それを扱うお前達を――我は危険と判断する』


 異形から再び瘴気が溢れ出し、シンシアのステージとぶつかって紫電を散らしたわ。


 けれど、精霊光が舞い踊るステージは、今度は砕ける事なく瘴気を真っ向から受け止める。


 わたくしは一歩を踏み出す。


 ヒールが床を鳴らして。


 まるでそれが合図だったかのように、わたくしと異形は真っ向から激突した。

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