第20話 7
わたくしの目の前に、虹色にきらめく結界が張られた時には、すでに護衛の半数が異形になり始めていた。
襲撃者が変貌した異形と合わせると、二十体近い。
残った護衛達は取り乱してはいないものの、噛みつかれただけで自らも異形へと変貌してしまうから、距離を置いて牽制しかできていない。
そもそも彼らは、ホール内での工作を牽制する為に配置された諜報員がほとんどで、護衛は本職ではないのよね。
当の護衛達は、この建物の外で警護中。
外からも衝撃音が聞こえてくるから、彼らもまた戦闘中なのかもしれない。
生き残っている護衛は、それでも王族の皆様の方には異形が行かないように牽制しているから、本職に近いがあるのかもしれないわね。
中でも目立って動けているのは、ルシア様。
攻性魔法を駆使して異形から距離を保ったまま、なんとか優勢に立とうと周囲に声をかけて連携を呼びかけている。
大理石張りの床が、強く打ち鳴らされたのはそんな時。
「――最果ての魔女が、理不尽の果てを見せてやるよ」
と、歌い上げるような一喝と共に、疾風がホールを駆け抜けて。
護衛や異形達の頭上を跳んだ彼女は、いまや五メートル近くまで膨れ上がった、一番最初に出現した異形の足元に着地。
「――エイダ様っ!?」
わたくしが驚きの声をあげるのと同時に。
「――ぃよいしょっ!」
そんな掛け声と共に、エイダ様は両手で長杖を振り上げた。
星型の意匠が施された杖頭が、巨大な異形の――膨れ上がったその腹を打ち据えて。
豪風がホールを駆け抜け、打撃面を中心に水蒸気の輪が広がる。
わずかに遅れて衝撃音。
巨大な異形は大窓を割り砕いて宙を飛び、テラスの向こうにある外庭を、ゴロゴロと転がっていく。
その間にも、エイダ様は腰のポーチに左手を伸ばし、拳銃のような形をした魔道器を取り出す。
「――目覚めてもたらせ。レッド・ブレス!」
真紅の閃光が瞬いて、刹那、異形の巨大な右腕が消し飛んだ。
けれど、異形はゲタゲタ笑いながら立ち上がる。
粘液をかき混ぜたような嫌な音がして、閃光に焼かれたはずの右腕が再生していく。
「……再生能力まであるのかい。
本当に厄介だね……」
と、エイダ様は舌打ちして、わたくし達の方に目線を向ける。
「本体は任せな!
あたしがあいつをなんとかするまで、生き延びるんだよ!」
そう叫んで、エイダ様は割れた窓をくぐって、庭で哄笑している巨大な異形へと再び駆け出した。
一番厄介な、巨大な異形がいなくなったことで、ホールに残る異形は、大きくても二メートル程度の者達だけとなる。
……数は多いのだけれどね。
この状況を打開する為に、わたくしは結界から戦場へと踏み出す。
「――護衛の皆様、一度退いて、ご自身に結界を!」
身を守る事ができるようになれば、攻勢にも打って出やすいでしょう?
「シンシア様! ですがっ!」
ルシア様が突風の魔法で正面の異形を吹き飛ばしながら、わたくしに叫ぶ。
「わたくしが支えます!」
応えて、わたくしは胸の前で拳を握る。
――殿下。ご覧になってくださいね。
わたくしはもう、守られるだけの弱い女ではないのです。
あの方が、サラ様を守る為に、垂れ幕の向こうに退かれたのは見ていたわ。
いつもなら真っ先に飛び出すはずのあの方が、守るべきものを守るために、自らを押し殺されている。
……ならば、わたくしがあの方ごと、お守りいたしますわ。
「――来たれ、魔道傀儡……」
喚起詞に応じて、わたくしを中心とした床に大型魔芒陣が描き出されて。
その中の十ある小陣から、ホツマでわたくしが入手した、魔道傀儡が転送されてくる。
わたくしと同じサイズで、色とりどりのドレスを纏った、十の義体。
<大戦>で多くの<兵騎>を失い、また、軍事力の制限を受けているホツマでは、<兵騎>の数が少ないのよね。
一部の上位貴族が先祖伝来の騎体を保有している程度。
一方、<大戦>末期に発掘されて、連合諸国を苦しめた鬼道傀儡は、まだまだたくさんあって。
わたくしが入手したこの子達は、そんな鬼道傀儡を研究して生み出された、現代版の傀儡兵器。
自律性はないけれど、魔道の力量しだいで同時に複数器を操作できる。
そして、その操作法というのが。
開いた魔芒陣の上で、わたくしはステップを踏んで床を打ち鳴らし、両手を高く上げる。
この場に曲はないけれど、思い描くのはエリスとアリーシャ様が、先日完成させたばかりの新曲。
頭の中で奏でられる拍子に合わせて、わたくしは身体を躍動させる。
――ステージが開いて、精霊光が踊りだし。
魔道傀儡達が、軽やかなステップと共に異形へと向かう。
試作段階から携わらせてもらっているから、あの子達の操作はいまやホツマ一だとサヨ陛下にもお墨付きをもらっているわ。
わたくしの舞いに合わせて、魔道傀儡達は踊るようにして、異形に打撃を加えていく。
「――さあ、ルシア様、いまのうちに!」
十の魔道傀儡は、わたくしがホツマで修めた魔道武術を再現してくれる。
異形が抵抗するように、傀儡の四肢に噛み付くけれど、生身ではないあの子達は異形に変貌する事はないわ。
魔芒陣の上で踊り続けるのに合わせて、魔道傀儡達もまたホールを舞うように、異形達を打ち、投げ飛ばす。
「わかりました。皆さん!
今のうちに後退して自身に結界を!
完了次第、戦線に復帰してください!」
ルシア様の指示に従い、護衛達が王族の皆様を守る結界のそばまで寄って、それぞれが結界魔法を喚起していく。
護衛達が、徐々に戦闘に復帰しはじめて。
だから、ほっと安堵して集中力を途切れさせてしまったのは――
……やっぱり、わたくしがまだまだ戦闘に慣れていないからなのでしょうね。
傀儡の攻撃をすり抜けた、一体の異形が。
床を蹴って、わたくしに飛びかかって来たのに、わたくしはすぐに反応できなかった。
傀儡を引き戻すことはおろか、結界すらも明らかに間に合わない。
思わず目を閉じて。
――殿下っ!
心の中であの方を呼んで、わたくしは身を強張らせる。




