第20話 4
迎賓館の各国の棟は、それぞれ独立した入り口が設けられている。
まず正門を通り、そこから前庭を抜けて、各国の棟へと至る構造になっているんだな。
そして、その正門の正面には、今、お茶会が開かれている中央ホールがある。
そのホールの玄関ロビーを背に、入り口を囲うように、お茶会出席者の護衛達は後ろ手を組んで整列している。
全員、表情を引き締めているものの、明らかに戸惑い、困惑している。
当然、俺もだ。
「――なあ、アレ、なんなんだ?」
隣に立つランベルクの騎士――ユリアンの伝手で知り合った、ドロテオ・ニエトに訊ねる。
正門の閉じられた鉄柵の向こうには、今、みすぼらしい格好をした者達が大量に詰めかけていた。
「――会議をやめろ!」
「選民反対!」
「人権守れ!」
「税金をムダにするな!」
浮浪者に近いような格好をした連中が、そんな事を叫びながら、独特なリズムで太鼓を打ち鳴らしている。
正門を守る衛士は、門に押し付けられて、時々、困ったようにこちらを見ている。
「……リック殿は、はじめて見るのか……」
ドロテオは渋い顔でうめく。
「……デモ、だそうだ」
「デモ?」
首を傾げる俺に、ドロテオは深々とため息。
「――デモンストレーション。
政治的主張を徒党を組んで行うものだそうだ」
「政治的主張? 民が?」
あいつら、そんなものを主張できるような知恵があるように見えないんだが。
「ホルテッサ――いや、東部にはまだ浸透していないのか?
西部諸国では最近、増えていてな。
なんでも、人は平等であるべきで――人権というらしいが――、平民を虐げている貴族の自由にさせてはならないのだと、連中はそう主張しているよ」
なんでも西部の各国では、なにか大きな政治的催しがあるたびに、ああいう連中が徒党を組んで大騒ぎしているのだとか。
「んー、よくわかんねえな。
そんなに貴族に従うのが嫌なら、辺境にでも行って、開拓すりゃいいんじゃねえか?」
ホルテッサほどではないにしろ、この国だって未開の土地くらいあるだろうに。
俺も政治に関わるのがイヤで、開拓村にいたしな。
「……そこが頭が痛いところでね。
彼らは、主張を続ければ、自分達が貴族に取って代われると思い込んでるんだ」
「はー、その程度のおつむで、政治なんかできるわけねえだろうに……」
「彼らの目には、貴族というのは、特権をむさぼる肥え太った豚と映ってるようでね。
平民の暮らしを知ってる自分達の方が、うまく世の中を回せるという主張だ」
「ふむ、要するに自分達の貴族みたいな生活をしたいってのを、あれこれ屁理屈こねて正当化してるんだな?」
俺の感想に、ドロテオが驚いた顔をした。
「君はそっち方面には疎い人物だと思っていたんだがな……」
「いや、オレア――殿下が、いろいろと考えてんだよ。
ウチの王太子は、いずれ民にも政治に関わらせたいつっててな。
時々、考えを訊かれるから、俺も多少は覚えたんだ」
平民もまた、生活を良くしたいって考えてる――だったかな?
だが、彼らはそれを行うための知識がない。
だから、オレアは庶民にも学を広めようとしてるし、その上で政治の門戸を開こうとしてるんだよな。
「現在の体制に慣れた民は、貴族に指示される事になれちまってて、いきなり政治を任されても、貴族のマネごとしかできない。
結果、それは悪政に繋がって、他の民を苦しめる事になるんだとさ」
「……なるほど。アルマンド殿下がオレア殿下と懇意になれたのは、僥倖かもしれんな……
ウチの殿下は、魔道には長けているが、そういう方面はからきしだ……」
「第三王子さんだっけ?
それなら、そんなもんじゃねえか?
ウチのオレア――殿下だって、王太子だってのに政務はたいていソフィア――宰相代理に丸投げだぞ」
あれこれと思いつきを指示するが、実際に形にしてるのはソフィアだ。
今もあいつは、本会議に向けて駆けずり回ってる。
ノリスも一緒について回ってるんだが、正直、あのレベルまで行くと、俺にはなにをやってるのか、まったく理解できん。
純粋にすごいと思うわ。
うなずきひとつ、俺は改めて正門を見据える。
「しっかし、うっせえなぁ……」
特にあの甲高い太鼓の音が耳障りだ。
「デモだかシカシだか知らねえけど、あいつら何処からあんな主張を思いついたんだ?」
どう見ても、日々の生活に手一杯な格好をした連中だ。
学があるようには思えない。
そんな連中が、あんな風に集まって政治的主張?
ひどく違和感を覚える。
「……扇動者がいるな」
オレアが言ってたっけ。
知恵のない民を、多少知恵の回るバカが焚き付けて、暴動に発展するのが一番怖いって。
あの時は意味がわからなかったが、なるほど、こういうのを恐れていたのか。
「なんで衛士は、あいつらを捕まえねえんだ?」
ドロテオに訊ねると、彼は困ったように首を振る。
「ひとりでも捕まえると、今度は牢舎前に集まって、不当逮捕だと大騒ぎをするんだ。
あの人数だろう? 全員を捕まえていたら、牢も調書作成も追いつかん……」
だから放置してるってわけか?
とりあえず頭だけでも捕まえときゃ良いのに……
そんな事を考えていると。
「――失礼……」
後ろから声をかけられて、俺は振り返る。
明らかにお茶会参加者とわかる、バリっとキメた格好の青年の姿がそこにはあって。
「――あ、いや。こちらこそ気づかずに失礼致しました」
俺は慌てて、その金髪の青年に道を譲って敬礼する。
早くも退席する王族がいたようだ。
彼の護衛らしい男が馬車留めに走って、馬車をこちらに誘導する。
迎賓館の敷地は広いから、ここから各国の棟までも馬車での移動になるんだ。
馬車に刻まれた国旗は日輪を背負った大樹――ローデリア神聖帝国のもの。
ローデリアの王族と思しき金髪の青年は、馬車を待つ間、興味深げに正門前で騒ぐ連中を見据えて。
「――あんなバカ騒ぎを民主主義だって主張してるんだから、愚かだよねぇ」
クスクス笑って、そう呟き。
回されてきた馬車に乗り込んで去っていった。
……民主主義。
オレアがいつだったか、言ってた言葉だ。
民が民の為に政治を行うという思想、だったか。
オレアはアレコレと説明してたけど、その原理や構造を完全に理解できてたのは、あの場ではサヨ陛下くらいだったんじゃねえかな?
ソフィアでさえ、首を傾げる部分があったくらいで、先進的過ぎると難色を示したほどだ。
その思想を。
「あの王子さん、なんで知ってのかねぇ?」
これは報告案件だな。
オレア達が警戒してる、ローデリアの王子が発した言葉っていうのが肝だな。
中原の東と西の王子が、同時期に同じ発想にたどり着くなんて偶然、あるか?
考えたくねえが、ローデリアにはよっぽど優秀な諜報員がいるのかもしれない。
それこそ、<暗部>の目を掻い潜るような……
「そして、あのデモ連中もまた、民主主義を主張してる、ねぇ……」
あー、ダメだな。
熱が出そうだ。
ステフを連れてくるんだったぜ。
やっぱ俺には、頭を使うのは向いてない。
なんか、こう……勘ではおかしいってわかるんだが、理屈として説明できねえ。
思わず髪を掻きむしると、正門の方ででかい音がした。
視線を向けると、デモ連中が門を破って雪崩込んで来るのが見えた。
「――おいおいおい……」
連中は手に鈍器やら刃物だのを掲げて、こちらを目指して走ってくる。
各国の護衛が身構えて。
俺もまた両腕に着けた、ステフの新作を喚起する。
腕輪型をしたその魔道器は、魔道を通す事で形を変えて、俺の腕を覆う黒色の手甲になった。
<兵騎>の素体――精髄筋を流用して作ってみたとかなんとか言ってたな。
武器の持ち込みができない今回の護衛任務には、うってつけだと思って持ってきたんだ。
アレコレ考えるのは、オレア達に任せよう。
「何人かは使用人の通用口に回れ!
残りはここを守り切るぞ!」
ドロテオが騎士らしい良く通る声で、各国の護衛達に指示を飛ばした。
俺は手甲を打ち合わせて、押し寄せるデモ連中を見据える。
「やっぱ俺は、こっち方面が向いてるわ」
苦笑しながら呟いて。
俺は半身に構えて、震脚ひとつ。
手甲に覆われた拳に魔道を乗せて、連中に向けて拳を振るった。
木板を打ち合わせたような音が響いて、衝撃波が駆け抜け、先頭を走ってくる連中を薙ぎ飛ばす。
「――さあ、おまえらの主張。
俺が聞いてやるから、語り合おうぜ」
再び拳を打ち合わせ、俺は叫ぶ。
「――肉体言語でなっ!」




