閑話
「……フラン局長、ただいま戻りました……」
「おかえりなさい。
まあ、座りなさいな」
肩を落として戻ってきたミリィに、わたしはお茶を用意してやる。
「結局、アジトでは、なんの情報も得られませんでした」
と、ミリィは悔しそうに頭を下げる。
彼女は先程まで、在ベルクオーロのパルドス人アジト――破壊された後だから、元アジトと言うべきかしら?――の、調査をしていた。
人をやって、撤収するように指示を出したのは、わたし自身だ。
けれどミリィは、その指示を力不足と判断されたと感じたようだ。
そんな彼女に淹れたばかりのお茶を勧めて、わたしは肩を叩いた。
「でしょうね。別にアンタを責めようと呼び戻したわけじゃないのよ。
別口で情報が入ったの。
調査の必要がなくなったから、撤収指示を出しただけだから、そんなに落胆しないで。
――さあ、まずは一息つきなさい」
わたしも自分用に淹れたカップに口をつける。
ベルクオーロの茶葉は、甘みが強くてわたし好みだ。
お土産にたくさん買って帰ろうと思う。
もうじき四つになる弟――ケイルは、最近、母さん達の真似をしたがるようで、お茶を飲むようになったのだとか。
けれど、子供舌には苦く感じるそうで、やたら砂糖を入れたがるらしい。
この茶葉なら、きっとあの子も気にいるはずだ。
そんな事を考えながら、ミリィの様子をうかがう。
彼女はアジト急襲を失敗したばかりか、そこからなんの情報も得られなかった事を悔いているようだけれど、実際のところ、ムリもない話なのよね。
ミリィがお茶を口に運んで一息ついたのを見計らって、わたしは事情の説明を始める。
「まず、はっきり言っておくと、急襲失敗は仕方ない事よ。
この件でアンタを責める気はないから、安心なさい」
そもそもヴァルトくんが尋問で情報を得るより早く動ける、あっちがおかしいのよ。
「それでは局長は、アジト襲撃犯をご存知なのですか?」
「ええ。シンシア様経由で判明したわ」
今日、リリーシャ様に同行して、各国の上位子女が集まるお茶会に出席していたシンシア様は、ダストア王国の<金薔薇>と呼ばれるご令嬢とお近づきになったのだという。
元々はリリーシャ様が、自国の貴族令嬢であるフランチェスカ嬢の行儀見習いを受け入れてくれた、<金薔薇>様のご実家――オルベール家に、お礼とご挨拶するのが目的だったそうなのだけど。
その話の中で、フランチェスカ嬢と仲良くなったサラ様の話題になり、ホルテッサの出であるシンシア様ともお話が弾んだそうよ。
そして、先日の子供達の街歩きの際の襲撃の話となり。
フランチェスカ嬢を妹のように可愛がっていた<金薔薇>様は、襲撃者に怒りを覚えていたのだという。
それは、<金薔薇>様と義姉妹の契りを交わしている、ダストアの勇者――<銀華>様も同様だったそうで。
「――ねえ、ミリィ。<密蜂>って知ってる?」
わたしの質問に、ミリィは目を見開き。
「……執行者時代に聞いたことがあります。
ダストアの東方騎士団が抱える諜報工作部隊だとか……」
「情報が古いわね。
彼らはオルベール公爵家の潤沢な資金提供を受けて、いまやダストアの諜報機関よ」
つまりダストア版の<竜の瞳>というわけだ。
「彼らが動いたということですか?
しかし、どこからアジトの情報を……」
ミリィが狼狽えるのもわかる。
同じ諜報機関として、<密蜂>に先んじられたという事になるのだから。
けれどね。悔しいけれど、今回は相手が悪かったとしか言いようがない。
「――<銀華>様の勘、だそうよ……」
「――ハァッ!?」
「そうよね。わかるわ。
わたしもシンシア様に聞かされて、同じ反応したもの……」
思わずため息が漏れてしまう。
「……今回動いたのは、<密蜂>の中でも、ダストア東方騎士団で<銀華>様が直接鍛えた――いわば、直属部隊だったそうよ。
指揮も直々に<銀華>様が執られたんですって……」
「……ご令嬢なんですよね?」
「……でも、勇者よ」
ミリィの呆れたような問いかけに、わたしは吐き出すように答えて。
ふたりで落ち着くために、カップを傾ける。
「……もしかしてなんですけど、サラ様が憧れてる<銀華>って、お伽噺の方じゃなく?」
それからミリィは恐る恐るという風に、わたしに尋ねてきた。
「あの子が憧れてるのは、当代の方よ。王城の侍女達に教えられて、ね。
完璧な令嬢でありながら、ダストア随一の双剣の達人。
襲撃者達も、まさかそんな化け物が動くとは思いもしなかったでしょうね」
情報も無いのに、勘だけで襲撃者達のアジトを見つけ出すなんて、どんな異能なのよ。
聞けば、過去に<叡智の蛇>の執行者を返り討ちにした際も、その勘は大いに役立ったらしい。
――<銀華>の勘は、ほぼ事実。
ダストアではそんな風に扱われていて、裁判証拠に適用できないか、法案審議もされているのだとか。
頭おかしいでしょ、ダストア王国!
とはいえ、事実として<竜の瞳>より早く、アジトを襲撃して壊滅させているのだから、その勘とやらの信憑性は、認めるしかないのよね……
「というわけで、シンシア様、リリーシャ様の仲立ちで、ダストアの<密蜂>と連携を取る事になったわ。
彼らが収集した情報から、明日、サラ様達が出席するお茶会で、再度、襲撃される恐れがあるそうよ」
「……お茶会、止められないんですか?」
「<金薔薇>様が、あえて泳がせて、捕縛する方向で指示なさったのよ。
いくら襲撃しても無駄、と――力量差を見せつけるのだって……」
わたしはため息が止まらない。
ダストア人は、社交場での騒動を愉しむ気質がある。
なんなら騒動を、さらに大きくすることさえするものね。
フローティア姫に振り回されてる、カイくんを見てればよくわかるわ。
「そもそも、明日のお茶会は、各国の王族子女を招いたものよ。
将来を担う、次代の顔合わせって名目ね。
簡単に止められるものじゃないのよ……」
「そんなの襲撃するって、頭悪すぎません?」
「――なにか奥の手があるのかもね。
とにかく、これから<密蜂>と警護の打ち合わせがあるから。
あんたも来なさい」
わたしが立ち上がると、ミリィは慌ててお茶の残りを飲み干す。
――さて、今度こそ黒幕さんまで突き止められると良いのだけれど……




