第19話 12
「――擬竜っ!?」
空間を渡って現れたそれは、ホルテッサの南の離宮で眠り続けていたはずのもので。
幼い頃に父上に見せてもらったから間違いない。
エイダ様のシルフィードより、一回り小さいだろうか。
舞台に立つエリスとアリーシャの背後に出現したそれは、パルドス芸人が喚び出した<伯騎>を威嚇して咆えると、ふたりをその腹へと誘った。
擬竜の金の瞳がきらめいて、広げられた皮翼に虹色の紋様が走る。
そこから響き渡るのは、先程アリーシャが演奏してたユニゾン曲だ。
そして、擬竜の竜首が<伯騎>へと向けられて。
『ラァ――――!」
開かれた口腔に紫電をまとった黒球が出現し、竜咆が放たれる。
竜咆は<伯騎>の頭を刈り取って、観客席の上を駆け抜け、ベルクオーロの空高くへと打ち上がる。
<伯騎>が仰向けに倒れ込んだ。
いまさらのように、警備を担当していた衛士達が駆け込んで来て<伯騎>を取り囲み、その鞍からパルドス芸人を引きずり出す。
他の四人も同じように拘束された。
そして、混乱する観客達を落ち着かせるように、擬竜が観客席の上へと舞い上がり、唄を奏でる。
精霊光をまるで尾のように振りまいて、頭上を旋回する擬竜を、出口に殺到していた観客達は、呆然と見上げていたのだが……やがて、それが事態を収拾したのだと気づくと、頭上に手を挙げて曲に合わせて、手を打ち鳴らす。
「アッハハハ! あの娘達、ぶっつけでやりよった!」
精霊光と擬竜が舞い踊る頭上を見上げながら、エイダ様が笑う。
「うわぁ……竜、おっきいねっ! きれいだね!
ね、オレアお兄様っ!」
サラも椅子の上に立ち上がっって、頭上に両手を挙げて拍手している。
そんなサラの胴に腕を回して支えながら、エイダ様は俺の背後のボックス席にいるふたりに視線を下ろした。
「……竜をも魅了する唄。
あたしは素晴らしい芸術だと思うがね。
小娘はまだ、パルドスのケダモノ踊りのが優れていると言い張るのかね?」
「いや、そもそも連中――舞台で暴れだした時点で、自ら負けを認めたようなもんでしょ……」
俺もまた、キムナル王女を見据えて、皮肉げに言って見せた。
俺とエイダ様に煽られて、ヤツは唇を噛んで憎々しげに俺達を睨みつける。
反論してこないのは、きっとルキウス宰相が睨みを利かせてるからだろう。
舞台の上で、意識を取り戻した司会が、衛士に助け起こされながら立ち上がる。
「――芸の祭典とも言えるこの場で、暴力行為に及んだパルドスは、今後、国際芸術の場から締め出させてもらう!」
司会の彼は拡声器で、そう宣言。
パルドス人の横暴に鬱屈としていた観客達は、歓声を挙げた。
「――なぁっ!?
あいつにどんな権限があって、そんな事決めてんのよっ!」
我慢の限界だったのか、キムナル王女がテーブルを叩いて喚き散らす。
「……殿下、自業自得です。
彼は毎年、芸術展覧会を取り仕切っているゲルモニア王国のリッチモン公爵です。
彼がああ言った以上、たとえパルドスの再興が成ったとしても、今後は芸術展覧会には参加できないでしょう」
と、ルキウス宰相はため息をつく。
「私は言ったはずです。
<宝石団>を国際芸術の場に出すには、まだまだ力不足だと……
それを押し切って出演させたのは、あなたです」
ルキウス宰相は席から立ち上がり、舞台の上のリッチモン公爵に深々と一礼。
どうやら<宝石団>の出演に、ルキウス宰相は関わっていなかったようだ。
「……それではオレア殿下、エイダ様。
今度こそ、失礼致しますよ」
これ以上の恥を晒させない為か、ルキウス宰相はキムナル王女の腕を多少強引に掴み、この場を去っていく。
キムナル王女は、最後まで俺を睨みつけていた。
「……やれやれだね。
これで少しは懲りたら良いんだがね」
「いやあ、あの気質はあの国の民特有のものですし……ムリじゃないでしょうか……」
だからこそ、ウチを含む周辺国は完全断交を選んだわけだしな。
俺もエイダ様も、ため息をついてお茶で一服。
頭上を舞っていた擬竜は、唄を終えて舞台へと戻る。
その腹からエリスとアリーシャが降りてきて、擬竜と共に一礼すると、会場には拍手喝采が轟いた。
「さあ、サラちゃんはあたしが見といてやるから、あんたはふたりを労っておやり」
エイダ様にそう促されて。
俺はうなずくと、控室に向かった。
ヴァルカンを帰喚させて、いまだ喝采鳴り止まない舞台から降りると。
あたしとエリスは興奮の余韻を抱いたまま、衣装から平服へと着替え始める。
「……それにしても殿下ったら――」
先程の事を思い出したのか、エリスが吹き出す。
「――あー、心配してたねえ」
貴賓席から飛び降りようとまでしてくれていたのが嬉しい。
いつだってあの人は、守るべき者の為なら、その身をいくらでも投げ出しちゃえる方なんだ。
「わたしもしっかり体術を学んでるのにね」
「それ! びっくりしたよ! あのパルドス男を投げ飛ばしちゃうんだもん!」
「えへへ。先生達に比べたら、動きが素人だったからね」
確かに。
あの男は<伯騎>を使っていたくせに、殴り方が素人のそれだった。
下町の酒場で冒険者達が起こす、ケンカを見慣れてるからわかる。
「あんな風に上体が泳いでたら、たぶんアリーシャでもちょっと練習すればできると思うよ」
「じゃあ、今度教えてよ」
ホルテッサの学園では、女子には体術を教えてくれないんだよね。
護身術として、ご令嬢も覚えたら良いのに、まだまだ戦いは男のモノって意識が強いんだって。
そんな事を話しながら、備え付けの水差しからコップに水を注いで、あたし達は一息。
「……でも、本当にヴァルカンが応えてくれるなんてねぇ。
エリス、アンタわかっててやったの?」
「まさか! でも、ひょっとしたら、とは思ったかな。
舞台で『星に願う乙女の唄』を演じても応えなかったから、ふたつを合わせた、本当の唄ならひょっとしてって」
「シルフィードは欠けた唄でも来てくれてたっていうのにね。
ひょっとしてヴァルカンは気難しいのかな?」
「きっと女の子だから、かな」
「繊細で複雑な乙女心ってやつ?」
単に自身を模して歌われる欠けた唄ではなく、真実を示す本当の唄が彼女の好みという事か。
「そうね。そして、だからこそ、わたし達に応えてくれたのかもね」
あの時にわたし達が考えた事は、たぶん一緒で。
――殿下に守られて、助けられてるだけの自分じゃ嫌だ。
と言っても、はっきりと意識したわけじゃないけれどね。
あたしは<伯騎>が剣を掲げたあの瞬間、たしかにそう考えたんだと思う。
確かめなくてもわかる。
エリスも同じ顔をしてたから、気持ちは一緒だったはずだよ。
そして、あたし達のその想いに、ヴァルカンは応えてくれた。
「――こりゃ、アンタの二つ名が増えちゃうかもね」
しかも今度は世界レベルで。
あたしの言葉に、エリスは笑みを返して。
「あら、アリーシャだって、なにか付けられると思うわ」
いたずらっぽく答える。
「――ああ、それなら俺がもう考えてあるぞ」
控室の入り口からそんな声が聞こえて、あたし達は視線を向ける。
「よ、ふたりとも。
素晴らしい唄だった。
トラブルも無事乗り越えてくれて、本当に良かった」
そう告げて現れたのは殿下で。
「い、いらっしゃってたんですか!?」
「ああ、着替えてたらまずいと思って、外で待ってたんだ。
――入っても良いか?」
「ど、どうぞっ!」
ふたりでわたわたと殿下に椅子を勧め、お茶がないから、とりあえず水をコップに入れて差し出す。
「それでな、変にアレコレ市井に名付けられるより、俺がさっさと名付けてしまった方が都合が良いから、考えさせてもらった」
殿下が言うには、あたし達が喚び出したヴァルカンは、国王陛下がご執心な遺物なのだそうで。
それを蘇らせたあたし達が、変な呼び方をされるのは、ホルテッサ王国としても困るんだとか。
「だから、エリス、おまえには竜唱姫、アリーシャ、おまえには竜奏姫の二つ名を与えようと思う。
……どうだ?」
照れ臭そうに告げる殿下に。
「……竜唱姫……」
「――竜奏姫……」
あたし達は自身に与えられた二つ名を呟いて。
「ああ。ふたりで双竜姫だ」
竜はホルテッサ王家の象徴だって、学園で習った。
そして城の侍女さん達が流通させている出版物の影響で、殿下もまた周辺国では竜王子とか、若紅竜とか呼ばれているのをあたしは知っている。
だから、二つ名とはいえ、殿下とおそろいみたいで、すごく嬉しい。
エリスもそう感じたみたいで、あたし達は顔を見合わせて、大きくうなずく。
「――ありがとうございます! その二つ名、謹んでお受け致します」
あたし達がそう告げると、殿下は腕組みして嬉しそうにうなずいた。
「ほら、ユリアンの奴が銀狼姫って呼ばれてるだろ?
だから、姫ってのは付けたいと思ったんだよな。
我ながら、良い名前を思いついたと思う」
などと、殿下が自画自賛を始める中、それを聞いたあたし達の表情は固まる。
「ええと、つまり殿下はジュリア様になぞらえて、あたし達の二つ名を考えた、と?」
「……竜、なのに?」
あたし達の問いかけに、殿下は笑顔のままに、再度うなずいた。
「そうだぞ。おまえら仲良いしな。
似たようなノリで付けるべきって思ったんだ」
……そうだった。
殿下はそういう人だったよ……
悪気なんてまるでないし、純粋にジュリア様に引けを取らない二つ名をって、考えてくれたんだと思う。
でもさ、殿下はもうちょっと女心を理解しても良いと思うわ!
このままじゃ、あたし達のもやもやが収まらない。
ふとした悪戯心が湧いてきて、あたしはエリスに視線を送る。
彼女もうなずき、同意してくれた。
「そういえば殿下。
もしホルテッサの擬竜を動かせたら、なんでもご褒美くれるって言ってましたよね~?」
「そうです! わたし達、ヴァルカンを目覚めさせましたっ!」
――殿下はあたし達をジュリア様と同列と思ってくれてるようだし。
「ああ、そういえばそういう約束だったな。
なんでも良いぞ。言ってみろ」
――お望み通り、ジュリア様と同列になってやろうじゃない!
あたし達の思惑など想像なんてしてない殿下は、腕組みしたまま鷹揚にうなずいてくれた。
「……じゃあ~」
だからあたしは、なんでもない風を装って、殿下の背後に回って椅子ごと両手を拘束する。
「――行け! エリス!」
「――殿下、失礼します!」
胸の前で両手を握りしめたエリスは、殿下の唇に唇を重ねる。
「――んん!?」
目を白黒させる殿下の手を、今度はエリスが掴んで。
「――ハッ! 次はアリーシャよ!」
「殿下、いただきます!」
「ん~ッ!?」
先手をエリスに譲ったのだから、娼館式の濃厚なやつをしたとしても赦されると思う。
たっぷり五つ数えるくらいに殿下の舌をなぶって。
「――ぷはッ! お、おお、おま、し、舌っ! 舌ぁ!」
唇を離すと、殿下は顔を真っ赤にしてあたしに指を突きつける。
あら殿下。半泣きになって、可愛らしい。
「――お邪魔致しますわ」
と、控室の入り口にリッサ様とアル様がおふたりでやってきたけれど。
「それでは、ご褒美、確かに頂戴致しました」
あたし達は満面の笑みで、そろって殿下にカーテシーしてみせて、リッサ様達に向き直る。
「両殿下、申し訳ありませんが、オレア殿下をお願い致します」
まだなにか喚いている殿下を尻目に、あたし達はリッサ様達にそう告げて。
「え? え? わたくし、おふたりを労おうと参りましたのですけど……」
戸惑ったように、あたしとエリスを交互に見るリッサ様。
「申し訳ありません。少々、急ぎますので、ご挨拶はまたの機会に……」
「――ええぇ!?」
それから二人で手を繋いで。
恥ずかしさを隠す為に、控室から飛び出す。
「――ふふん、ザマアミロだわっ!」
「アリーシャはやりすぎだよぅ!」
一緒に通路を駆けながら、エリスがちょっぴり怒った口調で、あたしに抗議。
「先手を譲ってあげたでしょ」
「そうだけど!」
むーと睨み合って、それからふたりで吹き出す。
「――やっちゃった!」
「――やっちゃったね!」
これで本当にジュリア様に――ソフィア様やセリス様とも並んだわ。
殿下はあたし達を、仲の良い女友達としか考えてなかったでしょうけど。
今回の件で、あたし達の意思は示したわ。
「――これで殿下も、嫌でも意識せずにはいられないでしょ」
「みんなに報告しないとね!」
あたし達は真っ赤な顔でうなずきあって、迎賓館に向けて走る速度をあげた。
以上で、19話が終了となります。
エリスとアリーシャの下町コンビが、新たな力を手に入れるお話。
如何でしたでしょうか?
ご意見、ご感想、お気軽にどうぞ。
もし面白いと思って頂けましたら、ブクマや★をお願い致します。




