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第19話 11

 それに気づいたのは半年前。


 殿下の心象風景を映したのだという――王都を包み込むほどの大ステージが開いた時だったわ。


 無数の精霊光が、まるで満点の星々のように暗い闇夜を彩って。


 そして、殿下のステージは――唄を奏でた。


 ――それは助けを求められる誰か……


 そう紡がれた、澄んだ女声は王都中に響き渡って。


 それを聞いていた王都の民の誰もが、殿下の勝利を願ったわ。


 あの声がなんだったのか。


 答えはサヨ陛下が教えてくださった。


 ――古式魔法の極地……『唄う魔法』


 本来なら魔道士の身体を、声を楽器として行使される古式魔法。


 卓越した古式魔道士は、開いたステージすら声帯として用いて、複数の古式魔法を同時に行使するのが本来の目的だという。


 けれど、わたしが興味を惹かれたのは。


 それによって奏でられる唄は、聞く人の心を強く揺さぶるものなのだという点で。


 だから、この半年――わたしはずっとステージを唄わせようと練習してきたのよ。


 わたしはソフィア様やシンシア様のように、殿下を助けられるような優れた知恵なんてないし、ジュリア様やユメ様のように、戦ったりもできない。


 アリーシャやリリーシャ様のようにお姫様でもないし、セリス様のように聖女でもない。


 ただ、歌が得意なだけの……それだけの貴族の娘よ。


 でも……でもね。


 だからこそ、わたしはお母さんから受け継いだ、この歌声でだけは、誰にも負けられないのよ。


 ゴミを投げつけてきた、パルドス人にはまだ、わたしの歌もアリーシャの曲も届いてない。


 なら……だからこそ、ずっと練習してきた『唄う魔法』を使おうと思った。


 間奏に入って、わたしはリリーシャに歩み寄る。


 ペンダントを持ち上げて見せると――長い付き合いだもんね。


 アリーシャはすぐに、わたしの意図を理解してくれたみたい。


 応じるように、ペンダントを弾いて見せてくれた。


 球状だった魔芒陣に上から下へと新たな陣図が刻まれ、左右ふたつの半球に分かれる。


 アリーシャの両手がひらめいて、ふたつの曲が同時に奏でられた。


 右の魔芒陣が『希望を目指す星の唄』で。


 左の魔芒陣は『星を願う乙女の唄』を。


「――どうよ?」


 挑発的に片目をつむって見せながら、小声で呟くアリーシャにうなずきを返して、わたしは再び観客席を見た。


 魔道器官に意識を向ける。


 ステージは観客席すべてを包み込んでいて、準備は十分。


 そして、アリーシャが奏でる、ふたつでひとつの曲の間奏が終わる。


 ――最前列でいまも野次を飛ばすパルドス人に……きっと届けて見せる。


 瞬間、ステージが揺らめいた。


 ――行ける!


 だからわたしは息を吸い込み、慣れ親しんだ『星を願う乙女の唄』を声に乗せる。


 ステージがわたしの唄に合わせるように、『希望を目指す星の唄』を響かせて。


 ……やっぱり、そうなんだね。


 このふたつの唄は、同時に奏でるひとつの唄なんだ。


 最初は返歌なのかと思って、この舞台での演奏を提案したんだけど。


 アリーシャが響律魔芒陣で奏でる『星を願う乙女の唄』を聞いて……わたし自身が歌って、違うって気づいたんだ。


 『希望を目指す星の唄』の旋律と合わさる事で、この唄ははじめて意味を持つ。


 人々の希望となり、その願いゆえに星になった男は。


 英雄を目指した幼馴染の帰りを待ち続けた乙女は。


 ――ひとつの唄になる事で巡り合う!


「――夜空を駆けて星は向かう……」


 わたしの声に合わせるように。


『――夜空を駆ける星に乙女は願う……』


 ステージが歌って、一組の男女の再会を紡ぐ。


 ああ、だからふたつの曲は、こんなにも希望に満ち溢れていたんだね。


 太古の昔の男女の物語を、わたしは想いを込めて紡ぎあげる。


 他の芸人達の芸を否定するパルドス人の心にも、きっと届くと信じて。


 果たして最前列の彼らは、驚きに目を丸くして聞き入っていた。


 ――届いた!


 その確信と共に、わたしは夜空で抱擁を交わす男女を歌い上げた。


 唄が終わって、曲は最高潮。


 アリーシャがくるりと身を回して魔芒陣をなぞれば、ふたりを祝福するように鍵盤が階音を連ねる。


 弦楽器と金管楽器の軽快な音調が、希望の唄の余韻を残して締めくくられた。


 わたしはアリーシャと手を繋いで、観客席に向けてお辞儀する。


 割れんばかりの拍手が、会場に響き渡った。


 最前列のパルドス人達も、まばらにだけど拍手をくれる人がちらほら。


 少なくとももう、野次を飛ばす人はいない。


「――やったね、アリーシャ!」


 思わずアリーシャに抱きつく。


「あんたはホント!

 思いつきの即興ばっかで、あたしはヒヤヒヤだったよ」


 そう言いながらも、アリーシャも嬉しそうに抱きしめ返してくれる。


「――いやあ、素晴らしい唄でしたね」


 鳴り止まない拍手の中、司会の男性がわたし達に歩み寄ってきて、そう声をかけた。


 けれど。


「――ふざけるなっ!」


 不意に怒号が響いて、会場が静まり返る。


「ふざけるな、ふざけるな!

 こんなの子供だましの大道芸じゃないか!

 なんでこんなものが、俺達より称賛されるんだ!?」


 そう叫びながら、舞台袖から上がってきたのは<宝石団>とかいうパルドスの五人で。


「――それがわからないから、君達は仕込み客にしか応援してもらえないんじゃないのかね?」


 と、よほど腹に据えかねていたのか、司会の男性が毒づく。


「――――ッツアアアァァァッ!!」


 途端、<宝石団>の中央に居た人――やたらわたしを食事に誘っていた彼だ――が、奇声をあげて、司会の人を殴り飛ばした。


 まさかこんなところで暴力を振るわれると思っていなかった司会は、顎を殴り飛ばされて、そのまま舞台に倒れ込む。


「――アンタ、なにを!?」


 アリーシャが怒鳴ったけれど、殴った男は振るった拳をわたし達に向けて。


「――そもそもホルテッサの雌猿が、俺達と同じ場に立とうというのが間違ってるんだ!」


 と、叫んで。


 拳を振り上げて殴りかかろうとして来たから、わたしはその腕を掴んで、彼の身体を投げ飛ばす。


 これでもこの半年間、お姉様と一緒に、真面目にホツマの魔道体術を学んできたんだから!


 男は受け身を取り損ねて、背中から床に叩きつけられたわ。


「――おっと、アンタらは動かないでね」


 残る<宝石団>の四人を、アリーシャが魔眼を使って身動きできなくする。


 けれど。


「――ゲホっ! まだだ!

 雌猿に格の違いを見せつけてやる!」


 床で咽ていた男は、まだ動けるみたいで。


「――来たれ! <伯騎>!」


 男の左手で指輪が輝いて、背後に魔芒陣が描き出される。


 そこから現れるのは、パルドス式甲冑の<兵騎>で。


 観客席から悲鳴があがる中、最前列のパルドス人達だけが歓声をあげる。


「こんなトコで、<兵騎>喚ぶなんて、バッカじゃないの!」


 アリーシャが悪態をついて、あたしの肩を抱いて退こうとする。


「……ダメよ。アリーシャ。

 わたし達が逃げたら、お客様が巻き込まれちゃう」


「――じゃあ、どうするってのよ!」


 ……どうしよう。


 わたしの付け焼き刃の魔道体術じゃ、サヨ陛下のように<兵騎>を投げ飛ばすなんてマネ、できるわけがないし。


 なにか使えるものはないかと周囲を見回したそんな時。


「――エリス! アリーシャ!」


 悲鳴に湧き上がる観客席に響き渡る、殿下の声。


 最上段の貴賓席に立つ、殿下の黒髪がはっきりと見えた。


 そして、その隣に立つ銀髪はエイダ様だろうか。


 彼女は今にも手摺りを乗り越えようと、身を乗り出す殿下の肩を押さえて。


「――ふたりとも、もうできるはずだよ」


 決して叫んでるわけじゃないのに、エイダ様の声はよく通った。


「……願いな。おまえ達の唄はきっと届くはずさ」


 と、彼女は首元を指差して見せる。


 その間にも、<宝石団>の男は<伯騎>の鞍へと上がっていく。


 ……確信はない。


 ――その域にもあるとも思えなかった。


 でも。


「――アリーシャ……応えてくれると思う?」


 わたしの問いに、アリーシャは微笑む。


「ふたりなら、なんとかなるんじゃない?」


 わたしも微笑みを返して、ふたりで魔道器官を意識する。


「ふたりで、ひとつだもんね」


 まるでわたしの想いに答えるように、ペンダントがふわりと浮き上がり、ほのかな蒼の光を放った。


「――――っ!?」


 視線を向けるとアリーシャのペンダントも光っている。


 ふたつに分かたれた永久結晶は、わたし達の首から浮き上がり、宙でひとつに。


 魔道器官から溢れ出るのは、ひとつの詞で。


「――届けて。<一対の希望(ペア・ホープ)>……」

 紡がれた喚起詞は、ふたり同時。


「ラァ――――……」


 わたしの唄がステージを開いて。


 アリーシャが響律魔芒陣をかき鳴らす。


『まだ虚仮威しを続けようっていうのか――ッ!!』


 <伯騎>が剣を抜き放って、上段に掲げた。


 その切っ先を睨み返しながら、わたし達が奏でるのは、ひとつになった希望の唄。


 ――瞬間、わたし達の背後で硝子が割れるような音が響いて、真紅の輝きがこぼれ出た。


 ……応えてくれた!


 空間を渡って現れたそれは、深い深い眠りについていたホルテッサの乙女。


 彼女は首を伸ばして、空に咆哮する。


 それは、かつては守護竜と呼ばれたモノで。


 シルフィードにそっくりな外観だけれど、その鱗の色は真紅。


 魔道器官を通して、彼女の新たな名前が詞として伝わってくる。


「――ありがとう、ヴァルカン!」


 応じるように、ヴァルカンは空間に開いた亀裂から身を這い出し、お腹を開いてわたし達を導く。


『――な、なな、なんで竜がっ!?』


 威嚇するヴァルカンから逃れるように、後ずさりする<伯騎>。


「……ああいうバカには、お仕置きしなきゃね」


 ヴァルカンは内部もまた、シルフィードそっくりで。


 だから、アリーシャは舞台のようになった前方に歩み寄って、響律魔芒陣を描き出した。


「そうね。

 ヴァルカンの唄を聴かせてあげましょう」


 わたしもステージを開いて、自分とアリーシャを包み込む。


 ヴァルカンの内壁に、外の景色が映し出されて、まるで宙に浮いてるような感覚までシルフィードと一緒。


 前方中央に<伯騎>を捉えて。


「――パフォーマンス・スタート!」


 わたしとアリーシャは、ヴァルカンと一体となった。

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