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第19話 5

 ベルクオーロの西の郊外を流れる、ルーイン長河。


 今回の連合諸国会議に際して、その広大な河川敷は整備されて均され、参加各国の護衛達の野営地となっていた。


 そんな一角に、ホルテッサが誇る飛行船<風切>は停泊している。


 周囲を馬車や獣騎車に囲まれ、護衛の冒険者や騎士達が思い思いに談笑している。


 僕はと言えば、暇を持て余して、<風切>の甲板で煙草を吸っているところだ。


 今回の会議には、僕ら四天王も同行していた。


 その役目は主に要人警護。


 といっても、政治的な要人ではなく、主に殿下の友人――殿下個人にとって弱点になりうる者の警護が目的だ。


 宰相代理であるソフィアを除けば、ホルテッサ側から公に彼女達に警護は付けられない。


 だからこそ、僕らが護衛名目で同行したというわけだ。


 戦闘面でポンコツなソフィアには、四天王の最大戦力であるザクソンが。


 騎士であるジュリアには、絡め手を警戒してステフが付いている。


 リリーシャ殿下とその側仕えで同行しているシンシアには、壁としてリックだ。


 僕には、アリーシャ殿下とエリスが振り分けられている。


 ノリスは妹のセリスの護衛と情報収取を担当だ。


 唯一ユメだけは、ホツマからホルテッサまで単独踏破できる戦闘能力から、護衛が付いていない。


 というより、あの娘をどうこうできるものなど、そうそういやしないだろう。


 そんなわけで、本来なら僕はエリスとアリーシャ殿下のそばにいなければ、いけないのだが……


 ――お忍びだし、街の中うろつくだけだから!


 そうアリーシャ殿下に言い張られて、今日の僕は休暇を出された。


 まあ、城下ならば人の目もあるし、なにより彼女には魅了の魔眼がある。


 エリスもまた、ホツマで魔道武術を教わっているというし、なにより女だけで話したい事もあるだろうと、僕はそれを受け入れたのだった。


 そんなわけで、暇である。


 <風切>に割り当てられた個室で、持ってきた本を読んでいたのだが、風に当たりたくなって甲板に出てきたのが先程の事。


 河川敷には、僕同様に暇を持て余した各国の騎士達が、思い思いに時間を潰している。


 基本的に公都内では、ベルクオーロの騎士達が要人の護衛につく。


 国によっては、王族などは同行させてきた近衛を帯同させる場合もあるが、現場の主導はあくまでベルクオーロにある。


 当然、道中の警護をしてきた騎士達は、暇を持て余す事になり、時間をずらして休暇をもらっているようだが、河川敷に残っている彼らはとても待機中とは思えないくらい、緩んだ空気を醸し出していた。


 中には、魚釣りやボール遊びに興じている者までいるくらいだ。


 川向うの森まで足を運んで、狩りをしている者までいるらしく、内臓を抜かれた猪が川で冷やされているのが見えた。


 ――そんな野営地の端の方に。


 僕の護衛対象のアリーシャ殿下とエリスを見つけた。


 彼女達の他に三人、見知らぬ男女の姿もあって、僕は首を傾げつつ<風切>を降りて彼女達の元へと向かった。


「――アリーシャ殿下、エリス」


 声をかけると。


「――あ、ヴァルト先生!」


 ここ一月で、すっかり懐かれたアリーシャ殿下が、手を挙げて嬉しそうに振ってくる。


 その横で、エリスもまた会釈して。


「――彼らは?」


 僕が一緒にいる三人について尋ねると。


「ランベルクの第三王子のアルと、ベルクオーロ公女のリッサ様。

 それと果ての魔女のエイダ様だよ」


「――なぁっ!?」


 僕は慌てて跪いた。


 王族のふたりはまだ良い。アリーシャ殿下もまた皇女だ。交友を持つこともあるだろう。


 だが、果ての魔女――西の魔王だと!?


「お初にお目にかかります。

 この度、アリーシャ殿下とエリス嬢の護衛を任されております、ヴァルト・トゥーサムと申します」


 僕が名乗ると、アル殿下とリッサ公女は頷きで応じただけだったが。


「ホルテッサのトゥーサムというと、武帝護陵のトゥーサムかい?」


 エイダ様だけは、そう尋ねてきて。


「――ご存知でしたか!」


 いまやホルテッサ王族しか覚えていない、我が一族の二つ名を口に出されて、僕の心は思わず逸る。


「ご存知もなにも。

 あんたの先祖には、帝国時代に何度か酒を奢ってもらった事があるんだ。

 当時はウチ――シルトヴェール王国とルキウス帝国は隣国だったからね。

 帝都案内もしてもらったね。

 いやぁ、そうかい。ロメルスクの子孫は今も健在だったかい」


 そう言って、エイダ様は目を細めて、僕の頭を幼子にそうするように、優しく撫でてきた。


 ロメルスクは、トゥーサム家の十三代前の――ルキウス帝国時代の当主の名だ。


 それをご存知というだけで、彼女が本当に果ての魔女なのだと理解できる。


「それで、みなさんはここでなにを?」


 僕の問いに、エイダ様はにんまりと笑みを浮かべる。


「アリーシャとエリスに、ひとつ太古の魔法を教授してやろうと思ってね」


 そうして魔女様は、街で見かけたリリーシャの魔芒陣演奏の話を教えてくれた。


「――あれは、ただ音が出るだけの魔芒陣なのでは?」


 アリーシャの魔眼によって、魔道に触れると音が鳴り、魔芒陣が形成される事は、ゴルダ師との調査で明らかになっていた。


 しかし、僕らの調査はそこで行き詰まり――演奏の為の魔法だと、そう思っていたのだが。


 僕の問いにエイダ様は愉しげな表情で首を振る。


「なにせルキウス帝国の時代でさえ、失伝しかけてた技術だからね。

 あんたが知らないのも無理はない。

 むしろ、魔芒陣の資料を遺していただけでも、さすがトゥーサムの一族と褒めたいくらいさ」


 そう告げると、エイダ様はアリーシャに視線を向ける。


「一度、お手本を見せるから、よく見ておくんだよ」


 と、エイダ様は僕らから一歩離れて、深呼吸をひとつ、右手を鋭く横薙ぎに一閃。


 途端、彼女の周囲に複雑な――アリーシャ殿下が展開するものより、遥かに緻密で高密度な球形魔芒陣を展開する。


 頭上に右手が伸ばされ、その指が波打つように脈動して――弾けるような弦の音色が周囲に響いた。


 わずかに左手が真横の魔芒陣に触れて、指運に従って弦を弾く音。


 右足のステップで太鼓の重低音が拍子を刻み、身を回しつつ降ろされた右手が鍵盤楽器の音色を奏でる。


 ……やがてそれはひとつの曲を織りなしていく。


 郷愁を帯びた旋律。


 けれど、寂しさだけを呼び起こすものではなく……どこか希望を思わせる曲調。


 いつしか周囲には精霊光が浮かび上がり。


 エイダ様の澄んだアルトが、唄を奏でる。


 僕らは――思わず聞き入っていた。


 知らず、涙が溢れ出る。


 それは――希望を求める星の唄。


 暗闇の夜空を照らし出し、多くの友人達を救うために、自らが求め続けた『希望』にならざるを得なかった、悲しい男を謳ったものだ。


 風鳴りを思わせる管楽器の音色に、気づけば周囲には多くの騎士達が集まっていて。


 彼らはエイダ様の足踏みによって刻まれる太鼓の拍子に合わせて、思い思いに手を打ち鳴らす。


 唄はやがて、男を慕う人々の願いを聞き届けた女神サティリアによって、男が流星となって世界を巡るという語りとなって。


 不意にエイダ様の背後の景色が揺らめく。


 ――直後。


 まるで割れるように風景に亀裂が走って。


 蒼碧にきらめくその亀裂から、硬質な表皮を持った巨大な構造物が出現する。


 二〇メートルを超えるほどのそれに、集まった騎士達もまた、身を仰け反らせた。


「――おやまあ、こんなとこでも、おまえはしっかり聞きつけるんだね」


 現れたその巨体を優しく撫でて、エイダ様は呆れたように告げた。


「ホントにおまえは、この曲が好きだねぇ。シルフィード……」


 エイダ様が顔を綻ばせる巨体。


 それは紛れもなく竜だった。

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