第19話 2
殿下のご友人だという男性の案内で、わたし達は喫茶店に入った。
入ったお店は、ホルテッサと違って食堂兼業という雰囲気。
お昼も近いせいか、そこそこお客の多い店内の奥に空いている席を見つけて、わたし達は互いに自己紹介。
殿下と一緒に居たのがランベルクの王子様と、ベルクオーロのお姫様というのに驚いたんだけど、向こうもアイシャがミルドニアのお姫様って知って驚いたみたい。
お忍びなのと、歳が近いこともあって。
――敬語も礼儀も抜きで行こう。
と、アル様がそう仰って、わたし達は運ばれてきたお茶で一息。
「――それにしても、まさか精光の歌姫とお知り合いになれるなんて。
わたし、本当にオリーをお誘いしてよかったわ
わたしね、一度で良いから、あなたの歌を聞いてみたかったの!」
リッサ様が仰って、わたしは恥ずかしさに身を縮こまらせる。
「――精光の歌姫?」
アル様が首を傾げて、リッサ様に尋ねる。
「アルはオリーの事を知ってて、なんで知らないのよ」
呆れたようにリッサ様は仰って、説明を始める。
ホルテッサ王城に勤める侍女さん達は、殿下の周囲で起きた出来事を物語として広めているらしくて。
出版している嗜好派閥ごとに、エピソードは改変されているようなのだけれど、事情を知っている人が読めば、登場人物が誰を指しているのかはわかってしまう。
リッサ様が仰った、精光の歌姫も、そんな数あるエピソードの中で、わたしを指し示す名称のひとつで。
「あー、竜咆事件の――」
「ホント、ウチの侍女達はどこまで販路広げてるんだ……」
納得したように手を打つアル様に、殿下は頭を掻きむしる。
「――じゃあ、エリスはオリーの愛人って事か?」
「おい、なんでそうなる!?」
殿下が半目でアル様を睨み。
「――そうです! オリーがそんな人なら、わたし達こんな――」
――悩んでなんかない。
そう言いかけたところで。
「――おっと、エリス。そこまでだよぉ」
わたしの口はアイシャに塞がれた。
「……あくまで本の中の話でしょ。
あたしらの活動までは書かれてないんだし、ここは黙っておこうね?」
耳打ちされて、わたしはコクコクとうなずく。
それからアイシャは営業用の笑顔を浮かべて。
「物語はオリーと仲良くさせてもらってるのが、誇張されてるだけなんですよぉ
そういうものでしょう? おはなしって」
そう告げると、アル様は腕組みなさってうなずいた。
「まあ確かにオリーは、実際に話してみると、物語の主人公と違って良い奴だったしな」
アル様がどの物語をご覧になったのかはわからないけど、どうも主人公に良い印象を抱いてらっしゃらないご様子。
「俺はハーレム作る奴なんて、男のクズだと思ってるからな」
殿下もまた腕組みして仰って。
「それには激しく同意だ」
アル様が手を差し出すと、ふたりでかたい握手を交わす。
そんな男性ふたりの行動に、リッサ様は困ったような笑みを浮かべて咳払い。
「それよりエリスは、三日後の芸術展覧会には出るの?」
「――芸術展覧会、ですか?」
「あー、なんかリリーシャが、代わりに観覧に行って欲しいって言ってたっけ」
首をひねるわたしに、アイシャが呟く。
なんでも、各国の要人が集まる連合諸国会議に合わせて、毎年行われている催しだそうで、自国の芸術文化の高さを披露する場なのだとか。
「そのご様子では、出場はなさらないのね……」
肩を落とすリッサ様。
「その……申し訳ありません」
「――ところがっ!」
アイシャが両手を広げて、満面の笑みでみんなを見渡す。
「せっかく席が用意されてるなら、応援できた方が楽しめると思って、あたし、あんたを申し込んじゃった」
「――ええっ!?」
舌を出しながら片目をつむるアイシャ。
「――でかした、アイシャ!」
殿下が満足気にうなずく。
「いやぁ、俺も芸術とか、別にどうでも良いと思ってたんだけどさ」
と、殿下は視線をアル様に向けて。
「どうもホルテッサは、西部ではド田舎で野蛮な国って思われてるみたいだし?」
「……悪かったって言ったろ」
殿下に皮肉られて、アル様が顔をしかめる。
「でも、エリスは今回、アイシャの側仕えって事になってるから、出場は無理かなって諦めてたんだよ」
「ちゃんとホルテッサ名義で申し込んだ、あたしをもっと褒めて良いんですよぉ?」
もう! アイシャったら調子に乗っちゃって!
「で、でも! お姉様がいらっしゃらないし!」
普段だって、お姉様が一緒だから、恥ずかしさを我慢できてるのよ?
ひとりで舞台に立つなんて……
「なら、あたしも一緒に出てあげるから!」
アイシャがすごく乗り気で、ちょっとヒくわ。
「あたし、あんたの歌は世界に届けるべきだって、ずっと思ってたの!
せっかくの機会なんだから、あたしはなんだってやるよ?」
「で、でも!
一緒に出るって、アイシャも歌うの?」
孤児院で一緒に子供達に歌ってあげてたから、彼女も歌える事は知ってるわ。
でも、お客様を前にして披露できるほどではない。
わたしの不安を正確に読み取ったアイシャは。
「――魔眼持ちナメないでよね」
ニヤリと笑って席を立つ。
目を閉じて深呼吸した彼女は、不意に両手を左右に広げ、そして目を見開いた。
その瞳は虹色に染まっていて、魔眼を使っているのがわかる。
右手の指が宙を掻いて。
――鍵盤の音が店内に響く。
他のお客さん達の目が、アイシャに向けられる中、彼女の周囲は球状の魔芒陣に覆われていて。
奏でられるのは、わたしが殿下とソフィア様に初めて歌ってみせた、ホルテッサ王都の下町で慣れ親しんだ童謡。
それがアップテンポにアレンジされたもので。
アイシャの左手が魔芒陣に触れると、今度は弦楽器の高い音が響いた。
ステップを踏めば、打楽器の重低音。
まるで踊るようにして曲を奏でるアイシャに合わせるように、お客さん達が手拍子を鳴らし、みんなが笑顔になっていく。
「……これは――」
殿下達も驚き顔で。
「――エリス!」
アイシャが誘うように、わたしに手を伸ばして。
もう! こんなことされたら、乗らないわけにいかないじゃない!
わたしも席を立って、アイシャに並んで息を吸い込む。
完全にアイシャに乗せられちゃった形だけど、たまにはこんなのも悪くないかもね。
そう思いながら、わたしはアイシャが奏でる曲に、声を乗せた。