第19話 1
模擬試合決勝の翌日。
俺は姿変えでお忍びモードとなって、城下町にいた。
「オレ――オリー、これ食ってみろ。うまいぞ」
やはり姿変えで顔を変えたアルが、露天屋台で買ってきた串焼き肉を手渡してくる。
「アルとオリーが仲良くなれて、わたし、本当に嬉しい!」
そしてそんな俺達を、一歩後ろから朗らかな笑顔で見つめるリッサ様。
今日の彼女も、街歩きの為に姿変えで顔を変えている。
アルは魔道大国ランベルクの第三王子で、リッサ様はそこから派生した公国の公女だ。
だから魔法も得意なのか、俺のように顔を変えるだけじゃなく、身長や肩幅まで変えている。
ランベルクでは学院で教えられる基礎技術のひとつなんだそうだ。
ベルクオーロの学院でも、魔道課程はランベルク準拠のようで、リッサ様も巧みに魔法を使いこなせるらしい。
ランベルクの魔道士は、教育課程からして違うらしい。
姿変えの身長操作なんて、ホルテッサの学院だと、魔道士課の二年後半になってから、才能のある奴だけが教わる技術だ。
そもそも魔法を使った戦術ってのも少ないしなぁ。
対侵災、対魔物を戦術の基礎に置いているホルテッサは、攻精魔法に重点を置いていない。
というのも、魔物が撒き散らす瘴気は、攻精魔法を散らす効果があって効きにくいからだ。
だからウチじゃあ、攻精魔法より身体強化が重視されている。
一方、ランベルクとベルクオーロは侵災の少ない土地だからか、魔物より魔獣やヒト相手の魔法運用が発展しているようだ。
<兵騎>もそうだが、魔法の運用もお国柄が反映されているのが面白いと思う。
……それはさておき、だ。
「リ、リッサも食ってみろ。うまいぞ」
俺は照れた様子で、リッサ様に串焼きを手渡すアルを見る。
「は、はい。ありがとう、アル……」
受け取ったリッサ様も顔が真っ赤だ。
互いに意識しあってるのが、よくわかる。
「なあ、やっぱ俺、どっか行こうか?」
「――いえ! ぜひ居てください!」
「――そうだ! 敗者は黙って言うこと聞け!」
……コレだよ。
昨日の模擬試合決勝。
ユリアンは前日の<聖兵>との激闘が祟ったのか、その動きは精彩に欠けていて、万全で臨んでいたランベルクの騎士ニエト殿に敗れた。
とはいえ、観客達は一昨日に騎体が爆散しかけたのを知っていた為か、銀狼姫の人気が陰る事はなかったようだ。
昨日の試合を見た俺は、あいつの体調が気にかかったものの――いまだ会えてない。
……だってさぁ。
アレだぞ?
その……キスだったよな?
あいつ、どういうつもりなんだよ。
一昨日の晩の事を考えると、思考が堂々巡りになる。
そうしてぼーっとしてる間に、賭けに負けた俺は、なぜかアルに街歩きに同行するのを承諾させられていた。
――ユリアンが負けたら、俺はリッサ様から手を引くって話じゃなかったのか!?
そう反論したんだが、アルは譲らなかった。
今朝は迎賓館のホルテッサ棟まで迎えに来たくらいだ。
まあ、そんなワケで俺はふたりに連れられて、城下に来ているというわけだ。
……しっかし、俺はナニを見せられてるんだ。
ふたりとも、互いを好き合ってるのは明らかなのに。
当のふたりはモジモジと、ひどくぎこちなくて。
――アルよ。俺に食ってかかってきた、あの勢いはどうした……
朝から始終、こんな感じだ。
リッサ様も、俺を街歩きに誘った時のような強引さはなくてさ。
「――しかし、本当にうまい。
オリーもそう思うよな?」
「まあ、そうなの?
オリー、アルは美味しいものを見つけるのが上手なのね」
――ふたりして、俺を仲立ちにして会話するのはやめて欲しいんだが。
まあ俺もさ、今日誘われた意味がわかってきたよ。
本当ならふたりで出かけたいけど、互いに意識し過ぎて会話が途切れちゃうから、俺を誘ったんだろう。
だが、残念だったな。
……俺だぞ?
完全な人選ミスだ。
こういうのは、ちゃんと婚約者がいるような、まともなヤツに頼むべきなんだよ。
俺はちょっと仲良くなっただけの女連中に、「慕われてる」って勘違いするような、イタいヤツだからな。
恋人達の仲を取り持つ、機知に富んだ盛り上げなんて、できるワケねーだろ。
いや、いかんいかん。
少なくともふたりは、俺を頼ってくれたんだ。
役者不足であっても、頼られた以上は努力しなくてどうする。
そう思い直して、俺は立ち並ぶ屋台を見回す。
アルの奴、悪気はないのだろうが、俺にかこつけて料理を選ぶもんだから、さっきから肉ばっかなんだよな。
俺は知ってるんだ。
さんざん、エリスやシンシアに城下歩きに付き合わされたからな。
女の子ってのは、とにかく甘いモノが好きなんだ。
エリスが、なんか言ってたはず。
確か……
「――えー? 生クリームの量は幸せの量なんだよ?」
そうそう、それだ。
「――ん?」
聞き慣れた声に首を巡らせれば、クレープ屋の屋台の前に彼女達はいた。
「――エリスと……アリー――アイシャ?」
アリーシャは髪色を本来の赤みがかった紫水晶ではなく、夜の蝶の時のピンクブロンドだったから、俺はあえてそちらの名で呼んだ。
いまや彼女もミルドニア第二皇女だ。
きっとお忍びなのだろう。
「え!? でん――オリーっ!?」
クリームたっぷりのクレープ片手に、エリスが驚きの声をあげる。
彼女も俺がお忍びだと気づいたようだ。
「よう、ふたりで街歩きか?
リリーシャとシンシアはどうした?」
エリスとアリーシャは孤児院時代の親友同士だ。
今回の会議に際して、アリーシャはミルドニア皇女として皇王陛下に呼び出され、俺達に同行してきた。
遠話の魔道器越しではない、本当の再会を果たす為だ。
ところが物心付いてから、一度もホルテッサから出た事のないアリーシャは躊躇して。
親友のエリスを側仕え代わりに、同行させる事にしたんだ。
で、それならって事で、リリーシャはシンシアを側仕えとして連れてくる事にしたんだよな。
「ふたりなら、今日は隣国のお姫様とお茶会だって。
政治が絡みそうな相手だから、あたしはパスしたんだ。
それで、今日はエリスとふたりデートってワケ」
と、そう答えるアリーシャは、夜会で見せていたお姫様然とした儚げな笑みではなく、下町育ちの元気娘といった表情で、楽しげに答える。
あのふたりが仲が良いとは知らなかったが、考えてみれば、ふたりとも賢く努力気質で、加えて貧民を労る優しさも兼ね備えた女性だ。
きっと馬が合ったんだろう。
外交が絡む茶会に同席させる程度には、親密な関係になっているようだ。
「オリーこそ、どうしたの?
またひとりで街歩き?」
ホルテッサの下町育ちのエリスとアリーシャは、王太子の俺がちょくちょく城を抜け出して街歩きしていたという噂を知っている。
今回もそうだと思ったんだろう。
「――いや、今日はな……」
そうして俺は後ろを振り返り、いまだになんかモジモジしてる、アルとリッサ様に手を振った。
ふたりとも、今頃になって俺が離れているのに気づいたのか、慌ててこちらに向かって歩き出す。
「あのふたりのお供だ」
答えながら、俺はふと妙案が浮かぶ。
そうだよ。
俺だけじゃ、どうしたって場を取り持つなんてできないからな。
ふたりも巻き込んじまえば良いんだ。
そうだ、そうしよう。
――と、なればだ。
「ふたりとも、時間あるか?
どっかに入ろう。あのふたりを紹介するよ」