第18話 9
再生した<狼姫>を警戒するように、獣が後ろに跳んだ。
腹這いになって、その背中が膨らむと、上体を起こして大口を開く。
『――左手! 防御しな!』
女性の声と同時に、<狼姫>に新たな兵装が出現している事に気づく。
胸の奥から湧き上がる喚起詞。
「――そ、それは生者を守る、漆黒の防壁っ!」
突き出した左手の甲が狼状に変形する。
目の前の景色が歪んで、直後――
『――ガアアアアァァァァッ!』
獣の咆哮。
瞬間、歪んだ景色に複雑な魔芒陣が描き出されて、それを受け止めた。
――ばかりか。
<狼姫>の感覚が教えてくれる。
それができると。
「――ハアッ!」
左手に力を込めて突き出すと、魔芒陣が強く輝き、受け止めていた振動波が反転して、獣に襲いかかる。
まるで巨大なハンマーで殴られたみたいに、獣の上体が揺らいだ。
『次! 右手だ! 反撃だよ!』
声に従い、ボクは右手を選択。
「――それは死者が掲げる漆壁の剣!」
やはり狼状に変わった右手甲を、喚起詞と共に突き出す。
獣の周囲の空間が揺らぎ、出現した魔芒陣がその四肢を拘束する。
『――とどめだよ! こじ開けなっ!!』
さらに出現した兵装選択を意識すれば、込み上げてくる喚起詞。
「……漆壁の門を今こそ開け!」
ボクの詞に応じて、<狼姫>の両手が目の前に突き出され、まるでなにかをこじ開けるように――左右に広げられていく。
それに呼応するように、獣の背後の景色が開かれていき、猛烈な吹雪が噴き出してくる。
美しい樹氷の森が見えた。
「――冥府の彼方へ!」
ボクは獣に向けて疾走。
組んだ両拳に狼咆をたぎらせ、獣の胸に叩き込む。
『――――ッ!?』
獣が声にならない悲鳴をあげ、その口から煙が噴き出す。
「吹き飛べっ!
――サティリア・インパクトっ!」
両手にさらに力を込めれば、二種の振動波が獣の内側で爆ぜて、獣を門の向こうに押し込んだ。
『ゴオオアアアアァァァ――ッ!?』
大口の咆哮を残して……門が閉じられる。
……静寂。
ボクは残心を解いて、入場口に退避していた審判騎を振り返った。
『――しょ、勝者! ホルテッサ!』
会場が歓声に包まれる。
……オレア様、見てくれましたか?
貴賓席を見上げれば、彼は満足げな顔で拳をこちらに突き出していた。
だからボクも拳を突き出し返して。
『――えらい適応力だね。
よくやったよ、嬢ちゃん』
遠話器から、あの女性のねぎらいの言葉が聞こえた。
胸の蒼の輝きが薄れていくのに引かれるように、ボクの意識もゆっくりと沈んでいく。
歓声に湧く観客席で。
「……まさか怪物を<兵騎>にしたてて、模擬試合に参加させるなんてねぇ」
フローティア様がルキウス宰相を咎めるように告げる。
けれど、ルキウス宰相は動じる事もなく。
「あれが我が国で新たに開発した、<兵騎>の素体なのですよ」
平然と言ってのけて、肩を竦める。
「まさかホルテッサが、空間制御兵装まで実現しているとは思いもしませんでしたがね」
いや、そこで俺を見られても困るんだけどな。
俺だって、アレがなんなのか、まだ説明されてねえんだ。
てかルキウス宰相、顔は笑顔なのに、めっちゃ目だけで睨んで来やがる。
「まだまだ、<聖兵>は改良が必要なようですね。
――それでは失礼致します」
そう告げて、貴賓席を後にするルキウス宰相を俺達は見送り。
「……お嬢様、終わりましたよ。
もう怖くないです」
フローティア様の膝の上で顔を両手で覆ったフランチェスカに、ティナが優しく声をかける。
グロ耐性が低いのか、フランチェスカは<聖獣>が自らの腕を喰らった辺りから、ずっと顔を隠してたんだ。
「……ジュリアお姉ちゃん、すっごいねぇ」
サラが俺の膝の上で、俺を見上げながら呟く。
「ね、ティナちゃん。すごかったよね?
あれ、サラの剣のおししょー様なんだよ!」
尋ねられたティナは、サラと<狼姫>を交互に見て。
「――はい。騎士とは力なき者を守る為の刃。
わたし、非常に感銘を受けました!」
胸の前で両手を握り締め、強くうなずく。
「……それにしても、まさか大破しても復活するなんてねぇ。
あれって、どうなってるの?」
フローティア様がステフに顔を向ける。
「それが、あたしにもわかんねーんダ。
エイダ様が施した刻印と永久結晶が関係してるんだろーけど……」
ステフにもわからないって事は、よっぽどの技術なんだろう。
「――なんの事はない、想いの力さね」
その声に振り返れば、エイダ様が酒瓶片手に立っていて。
俺達は慌てて跪く。
「よしなって。楽にしな」
促されて、俺達は椅子に戻り、モンドが慌てて彼女の椅子を用意する。
「――ンで? エイダ様、実際ントコは?
想いなんて、非論理的なモンじゃ片付けられねえでしょ?」
「いや、それがマジなのさ。
確かにあたしゃ、ランベルクの外装刻印技術をちょっと強化してやったがね。
まさかあんな風に作用するとは思いもしなかった。
おそらくは永久結晶と、なにかしらの反応があったんだろうが……正直わからん。
――いやはや、長生きするもんだね」
西の魔王とさえ呼ばれるエイダ様でもわからんのか。
「じゃあ、最後のアレは?
サティリア・インパクトとか……
ルキウス宰相は空間制御兵装とか言ってたけど、なにか魔道的なものなんですか?」
俺と同じく、熱い男の子魂を持つアルが、わくわくした表情で尋ねる。
「ああ、そっちは説明できるね。
騎体に施した刻印は、元々あれを使えるようにする為に施したんだ」
そこからエイダ様の魔道講義が始まったんだが、俺にはまるで理解できなかった。
アルもフローティア様も首を捻っている。
子供達は飽きて、モンドが用意したお菓子にはしゃぎ始めたほどだ。
一方、ステフは熱心にメモまで取っている。
「――というワケで、精髄筋をも刻印の一部として、騎体表面の刻印と励起させて、積層立体魔芒陣を構築するのさ。
結果、空間魔芒陣を宙図できるようになる。
今の中原じゃ失伝してる技術だけどね、三百年前の魔道士には宙図は必須技術だったよ」
なおも続きそうな講義に、俺は手を挙げた。
「あ、あの樹氷林はなんです?」
「女神サティリアの領地――冥府さ」
「――ッ!?」
なんでもない事のように告げられた言葉に、俺達は目を見開いた。
「漆黒の狼は、女神サティリア第一の眷属だ。
――漆狼アリサ。
聞いた事があるだろう?」
聞いたことも何も、サティリア神話に頻出してるから、よく知ってる。
女神の敵を屠り、すべてを食い破る冥府の番人だ。
<地獄の番犬>隊の隊名のモデルでもある。
「あの騎体を見た時に、インスピレーションが刺激されてね。
どうせならって、冥府の門を開けるようにしてやったのさ。
漆狼に相応しいだろう?」
思いつきだけで、そんな事ができるエイダ様は、やはり浮世離れした魔女なのだろう。
……ウチのコラーボ婆って、実は常識的だったんだな。
「とはいえ、あれほどデカい門を開けるとは、あたしも思わなかったよ。
あの嬢ちゃんは、恐ろしくあの永久結晶と相性が良いようだ。
まさか果ての魔女であるあたしが、理不尽の果てのその先を見せられるとは思いもしなかったよ」
「……その先?」
俺の問いに、魔女はニヤリと深い笑みを浮かべる。
「――奇跡さ」
そう告げると、エイダ様は人差し指を立てて、俺の胸を突いた。
「あんたの願いに、あの娘は必死に応えようとした。
それを永久結晶が叶えたのさ。
一基じゃ本来起こらないはずの、事象改変まで起こして見せてね。
良い娘じゃないか。
大事にしてやりなよ」
そしてエイダ様はワインを瓶から煽って。
「あー、良い気分だ。
ヒトもまだまだ捨てたモンじゃないね」
ケタケタと笑い、ステフに顔を向ける。
「ステフ、ちゃんと見たね?
あの騎体は、あんたらが目指すべき標にすると良い。
アレはいまあるヒトの技術でも、いずれは辿り着ける果ての力さ。
……精進するんだね」
告げられたステフは直立不動で、胸に拳を当てるホルテッサ式の敬礼を見せて。
「はい! しっかりと学ばせて頂きマス!」
あのステフが、敬語だよ。
敬礼までしてるし……
「そいじゃ、そろそろあたしゃ行くよ。
オレア坊や、しっかりあの娘をねぎらってやるんだよ」
二騎の審判騎に抱えられて、退場していく<狼姫>を指差し告げるエイダ様に、俺は頷きを返す。
会場は<狼姫>と銀狼姫――ユリアンを称える歓声で、満ち溢れている。
配布されたパンフレットの騎士紹介で、ユリアンの二つ名は知れ渡っているからな。
誇らしい気持ちが溢れてきて、俺は拳を握り締めた。
「――どうだ! すげえだろ!
アレ、俺の親友なんだぜ!」
腹の底から、俺は観客達全員に届けと、声を張り上げた。
目覚めると、そこはどうやら医務室のベッドの上らしかった。
薬品の匂いを感じながら上体を起こし、ふと視線を横に向けると、窓から見える景色はすっかりと夜で。
白と赤の月明りが、暗い室内に差し込んでいた。
「――ああ、起きたか」
不意に声をかけられて、ボクは振り返る。
「……悪い。俺も眠ってたみたいだ」
声の主――オレア様は、大きく伸びをしてそう告げると、欠伸を噛み殺した。
「オ、オレア様っ!?」
驚いて、耳と尻尾がピンとなってしまう。
そんなボクに気づかずに、オレア様は拳を突き出して。
「よく頑張ったな。
おまえの騎士道、しっかりと見せてもらった」
「……騎士道?」
初めて聞く言葉だ。
「ん? 知らないのか?
騎士としての姿勢とか、在り方とか、そういうのを示す道って意味だ」
オレア様はやっぱりすごい。
ボクは無学だから、そんな言葉があることを、まるで知らなかった。
――騎士道。
すごくしっくりと来る言葉だ。
「……みんなが用意してくれた、<狼姫>のおかげですよ」
はにかむボクに、オレア様はさらに手を伸ばして、ボクの頭を撫でた。
嬉しさに暴れだしそうな尻尾を、意識して落ち着かせる。
耳がピクピクしちゃうのは、くすぐったいからって事にしておきたい。
「おまえはそう言うと思ったけどな。
その開発者連中がそろって、騎体性能を超えた力を発揮してたって言ってたんだよ」
苦笑しながら褒めてくれるオレア様に、ボクは恥ずかしくてうつむいてしまう。
部屋が暗くてよかった。
きっと今のボクの顔は、真っ赤に違いないから。
「……でも、<狼騎>を――オレア様の宝物を壊されちゃいました」
「気にすんなよ。騎体はいくらでも直せる。
……それに、俺は<狼姫>という新たな宝物を手に入れた」
そうしてオレア様はボクの頭から手を離し、両手を広げてみせた。
「知ってるか? 今日の試合を観た観客達は、<狼姫>と銀狼姫を大絶賛だ!
各国から、技術提供を求める手紙が来まくってるくらいだぞ。
ローデリアはそれこそが目的だったんだろうけどな。
――ザマぁ見ろだ!」
ソフィア様から多少、政治を教えられているから、ボクにも理解できた。
ローデリアがあれほどまでに勝ちに拘ったのは、各国へ<聖兵>を売り出したかったからなのだろう。
その目論見を、ボクは図らずも打ち砕いたわけだ。
あんな怪物を内包した騎体が、各国に配備される光景を思い描き、ボクは思わず身震いする。
騎士道もなく、ただ勝利だけを求めて暴力を振るう軍団だ。
そんな事にならなくてよかった。
「まあ、技術提供に関しては、ダストア、ランベルク、ミルドニアとの共同で作る<兵騎>開発組織に丸投げの予定だけどな」
<狼姫>は三国の共同技術で造られているから、そうしなければならないんだろう。
オレア様やソフィア様の仕事が増えなくてよかったと、ボクは胸を撫で下ろす。
「しかし、<狼姫>まで砕かれた時は、肝を冷やしたぞ」
「へへ。ボクも終わったと思いました……」
それでも立ち上がれたのは。
「でも、オレア様が騎士として、ボクがボクらしくあるようにって願ってくれたから……」
「――っ!? おまえ、なんでそれを……」
永久結晶が視せてくれたあの光景は、きっとボクの宝物だ。
「だから、ボクはオレア様の騎士として、また立ち上がれたんですよ。
そして、<狼姫>も応えてくれた」
……そうだよね。ボクの半身。
<王騎>を使うオレア様にもきっと、心当たりがあるんだろう。
「まあ、そういう事もあるよな」
腕組みしてうなずく。
「しかし、おまえにはなにか褒美をやらなくちゃな。
お陰でホルテッサの名は各国に轟いた」
「――そんなっ!」
と、ボクは手を出して断ろうとしたけれど。
ふと、ソフィア様とセリス様の顔が浮かんで、いたずら心が芽生える。
「……じゃあ、その……一個だけ」
ボクは胸の前で拳を握り、そう告げる。
「おう、なんでも良いぞ!」
胸を張るオレア様に、ボクは素早く身体を寄せて。
――ボクを支えて……一欠片の勇気。
心の中で唱えて、ボクはオレア様に唇を重ねた。
「――――ッ!?」
驚くオレア様に、ボクははにかんで見せる。
「ご褒美、確かに頂戴致しました……」
そう告げて、ボクはベッドから飛び降りる。
鼓動がすごくて、手足もなんか痺れてるような感覚。
きっと顔も真っ赤だ。
「――あ、おいっ!?」
オレア様が止めるのも聞かず、ボクは部屋を飛び出した。
「あはは、やっちゃった!
――やっちゃった!」
恥ずかしさと嬉しさで、飛び上がりたい気持ちだ。
嬉しさの涙で視界が歪む。
ボクは――ユリアンはオレア様の騎士だ。
それはこの先、ずっと変わらないだろう。
けれど、令嬢としてのわたしは――ジュリアはそれ以上を求めたって良いでしょう?
夜の廊下を駆けながら、ボクは溢れる笑みを止められなかった。
――さあ、みんなに報告だ!
以上で、18話は終了となります。
久々のユリアンの活躍でした。
4部は自分の他作品キャラとのクロスオーバーもさせておりまして、そちらをお読み頂いている方は、さらにお楽しみ頂けていると信じています。
19話からも、彼女達は登場させる予定ですので、もしご興味がありましたら、どうぞご一読頂けましたらと。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、ブクマや評価をお願いいたします。
それでは、次のあとがきにて。