表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/262

第18話 8

 ――まるであの日の再現のように。


 風を巻いて飛び込んできた漆黒の巨狼は、結界を張ってボクの周囲を覆う。


 虹色にきらめく結界の中で、巨狼は見る間にその姿を人型へと変えた。


 狼を象った冑から流れるたてがみは、長く腰まで伸びた銀色で。


 まるでドレスのような銀の装甲服の上に、女性らしい丸みを帯びた漆黒の胸甲と腰甲。


 <狼騎>よりやや横に伸びて小振りな肩甲にも、複雑な紋様が透かし織られた装甲布が揺れている。


 漆黒の騎体には、ほそく虹色にほの光る紋様が刻まれていて。


 胸の中央に埋め込まれた透明な結晶がきらめくと、胸甲がせり上がって鞍をあらわにした。


 ボクは迷わず鞍に飛び込む。


 四肢が固定され、面が着けられた。


 面の内側に古代文字が綴り流れていく。


 <狼姫>の無貌の面に赤の紋様が走って、(かお)を象る。


 視界が開いた。


 ――ああ、オレア様が雌型に拘るわけだ。


 性が合致した騎体というのは、こんなにも自由なんだ。


 ボクはこれまで雄型しか駆った事がなかったから知らなかった。


 <狼騎>の時にあった――乗っているという感覚がまるでない。


 <狼姫>はいまや、もうひとつのボクの身体だ。


 胸の結晶が澄んだ蒼へと変わり、周囲の結界がほどける。


 まるでそれを待ち構えていたように、獣が宙を跳んで襲いかかって来た。


 ボクは右に跳んでそれをかわす。


『――よしっ! それじゃあユリアン、反撃ダ!』


 遠話器から響く、ステフの声。


 応じるように視界の隅に兵装選択が飛び出て。


『――<狼姫>の牙を見せてヤレ!』


 ――魔道剣と魔道刃。


 きっとライルがステフにもらったっていう、あの魔道器のことだろう。


「ぶっつけ本番なんて、ムチャ言うね」


 ライルは刀身を安定させるのに、ずいぶんと練習したって言ってたよ。


『――おマエはやれる子だ! あたしゃ信じてる!』


 根拠のない声援を受けて、ボクは二種の魔道器を喚起する。


 両手首から飛び出したそれを、左右の手で掴み取れば、純白の光刃が長剣と短剣の長さで安定した。


『ホレ、ミロ! やっぱデキんじゃネーかっ!』


 ステフの声を聞きながら、ボクは右の長剣を前に、半身に構えて短剣を背後に。


 警戒したように、獣は左右にうろつきながらこちらの様子を窺う。


 だからボクは右足に力を込めて、一気に加速した。


 地を踏み割る感触。


 大気をも貫いて、一気に獣に肉薄したボクは、長剣を横薙ぎに振るう。


『――ガッ!』


 獣が吠えて、左の鉤爪で受け止めようとしたけれど、魔道の刃は止まらない!


 獣の黒色の鉤爪は音もなく切り裂かれ、弧を描いて宙を飛ぶ。


 振るった勢いを回転に変えて、ボクはさらに右の短剣を斜めに振り下ろす。


 ――瞬間。


『――ガアアアァァァァッ!!』


 獣の腹の大口が吠えて、騎体が後ろに吹き飛ばされる。


 浮遊の魔法を喚起。


 それは、ずっと練習していたけれど、<狼騎>ではどうしてもできなかった動作。


 ――兵装選択。


『目覚めてもたらせ。結晶結界(バリア・フィールド)!』


 上下逆さまに宙を舞う<狼姫>の足元に、虹色の結界が出現する。


 それを足場に、ボクは獣を見据えた。


 結界を踏み割って、ボクは跳ぶ。


『――ナンソレ!? なんダそれっ!?』


 ステフが遠話でうるさい。


 連続で結界を足場に宙を跳んで加速。


 ……ボクはさ。


 王都でオレア様が<天使>と戦った時、なにもできなかった。


 それがずっと悔しくてさ。


 だから、ボクなりに空を飛ぶ練習をしてたんだ。


 それを今、新たなボクの宝物が実現してくれている!


 上方からの攻撃に、獣は残った右の鉤爪を前に突き出して受けようとしたけれど。


 ――遅いっ!


 さらに足元に結界を喚起し、騎体に縦の回転を加える。


 ユメさんから教わったホヅキ流を、ボクなりにアレンジした技だ。


「――ハアッ!」


 長剣が獣の右手を斬り飛ばし、続く短剣が肩を貫いた。


 ――着地。


 轟音と共に砂煙が舞う。


『――ゴアアアアァァァァッ!?』


 獣の残った右腕から鉛色の血が噴き出し、ヤツの悲鳴が会場に響き渡った。


「……それが痛みだ」


 再び構えを取って、ボクは告げる。


『ヤだよ、ホント!

 オレアちんの周りは、こんなんばっかダ!

 ホント、ナンナン? さっきの動き!』


 ステフの声を無視して、ボクは獣を見据えた。


 ヤツは狂ったように右腕を振り回し、辺りを鉛色に染めていく。


 と、地団駄踏んで鳴き喚いていた獣は、不意にピタリと動きを止め。


「――――」


 ニタリと、こちらを見て哂った。


 そして、肩口に噛みつき、そのまま喰い千切る。


 おびただしい鉛色の鮮血が噴き出す中、獣は自らの腕を腹の大口に放り込んだ。


 骨を砕く不気味な咀嚼音が会場に響く。


 女性客の悲鳴や、子供が泣き出す声が聞こえた。


 ゴクリと、嚥下する音が響いて。


 噴き出していた鮮血が逆戻しのように、抉れた肩に集まり、やがて腕の形を取っていく。


 先程までの獣毛に覆われたものと違い、ツルリとした陶器質な腕が再生していた。


『……再生能力持ちかョ。厄介だナ』


 魔物の中にも、そういう能力を持ったヤツが存在する。


 だから、ボクは対処法を学んでいた。


「――なら、再生が追いつかないくらいに斬り刻む!」


 言って、ボクは再度、距離を詰める為に身を沈めた。


 ――そこへ。


 獣が不意に駆け出して。


『ゴアッ!』


 いまだに会場に横たわったままだった<戦乙女>を担ぎ上げ、ボクへと放って来た。


「――アイツっ!!」


 何処まで騎士の戦いを愚弄するんだ!


 宙を飛んで落ちてくる<戦乙女>を受け止め。


「――審判! 彼女を場外へ!」


 叫びながら、<戦乙女>を地に下ろしたところで、獣の腹の大口がゲタゲタと哄笑する。


 そして。


 トカゲのような顔が長い舌をだらりと垂らしながら、笑みを浮かべた。


「――ガアアアアァァァァッ!」


 大口から放たれる咆哮。


「――結晶結界(バリア・フィールド)!」


 前面に展開される虹色の結晶。


 けれど、結界は振動圧に負けて、音を立てて砕け散る。


 騎体が縫い留められた。


 獣が両拳を組み合わせる。


 また、アレが来るのか。


 トカゲの口が動いて。


『ギ、ギジドハ……』


 喋れるのかっ!?


『ギジドハ、ゾドビデ、ダビヲマボルダベニゾンザイズル、ヂガラダギボドドヤイバダ』


 あいつ、ボクの言葉を――


 嘲るように首を傾げた獣は、再び舌を垂らして笑う。


『ヤデミゼロョ』


 そう告げて、獣は地を這うように、滑るようにしてボクに肉薄する。


 両拳が胸甲を打ち。


『――――ッ!!』


 トカゲの口腔から振動波が放たれる。


 硝子が砕けるような音がして。


 合一が解けて、騎体が砕け飛ぶ。


 その瞬間。


『――この結晶って意味あるんですか?

 ただの飾り?』


 こちらを見下ろして指差しながら、横を向いて尋ねるオレア様の姿。


 場所は駐騎場だろうか?


 首をひねるオレア様の横に、銀髪の美しい女性が並んだ。


『――ああ、そりゃこの子のキモさ。

 冥府の果てにある古代樹から取れた結晶華を加工したもんでね。

 ウチの国でも、もう五つしか残ってないんだ』


 女性もまたこちらを覗き込み、優しい手付きて撫でる。


『永久結晶って言ってね。

 今の子にわかりやすく言うなら、神器の原型ってトコかね。

 ――最小の願望器さ』


『――なんっ!?』


 驚くオレア様に、女性は肩を竦める。


『とは言え、ひとつじゃ願掛けみたいなもんさ。

 オレア坊や、ちょうど良いからあんた、なにか願ってみるかい?』


 女性に問われて、オレア様は胡散臭そうな表情を見せたけれど。


 こちらに手を乗せて、優しい顔つきで告げる。


『……じゃあ、さ。

 どうか、ユリアンが騎士として、ユリアンらしくいられるように、守ってやってくれよ』


『――そんなんで良いのかい?』


『願掛けなんでしょう?

 それに、あいつはすげえヤツだからさ。

 俺の願いなんてなくても、きっと騎士として名を残すはずなんだ……』


 ……オレア様。


 視界が現実に戻ってくる。


 ボクの目の前には、澄んだ蒼をした結晶が輝いていて。


 その蒼の向こうに、驚愕に顔を歪めた獣が見えた。


 吹き飛んだはずの騎体の破片が、まるで衝撃に抗うかのような、虹色の紋様の輝きに引き止められて、宙に留まっている。


「……これは……」


『――邪魔するよ』


 と、不意に遠話器から響く声。


 たったいま幻視した光景の、銀髪の女性の声だ。


『――嬢ちゃん、視たんだろう?

 坊やの願いが、あんたを、騎体を守ったのさ』


 その言葉に、ボクは貴賓席のオレア様を見る。


 拳を握りしめ、ただボクを見据えるオレア様。


 その目は、ボクの勝利を信じているように思えて。


『本来、一基じゃ事象改変なんてできないはずなんだがね。

 それだけ坊やの想いが純粋だったってこった』


 鼻で笑って、女性は続ける。


『さあ、嬢ちゃん。

 目の前にあるのは最小の願望器だ!

 あんたはなにを願う?』


 問われて、ボクは蒼い結晶を見る。


「……ボクは――」


 四肢に力を込めれば、<狼姫>は応えて動いてくれる。


 吹き飛びそうな欠片達が、徐々に集まってくるのがわかった。


 <狼姫>はまだ応えてくれる。


 なら、ボクが願うのはただひとつ――


「――ボクは騎士だ!

 オレア様の願いに応えられる騎士になるんだっ!」


『アッハハハ!

 ホント、あんたらは良い主従だ!

 ――ならば唄いな!』


 虹色の紋様が破片を引き戻す勢いが強くなる。


『――喚起詞はもう、わかっているだろう?』


 砕けた面が顔に戻り、ボクはうなずく。


 胸の魔道器官が蒼の結晶と繋がる感覚。


「……目覚めてもたらせ。<ひと欠片の勇気(ブレイブ・ピース)>」


 虹色の紋様が収束し、ボクは再び<狼姫>となる。


 胸の蒼の輝きが、強く周囲を照らし出した。


「――オレア様、見ててください!」


 獣を見据えて、ボクは叫ぶ。


 ――あなたの想いに応えてみせる!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き、ありがとうございます!
ご意見、ご感想を頂けると嬉しいです。
もし面白いと思って頂けましたら、
ブックマークや↑にある☆を★5個にして応援して頂けると、すごく励みになります!
どうぞよろしくお願い致します。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ