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第18話 7

 ――できるだけ、あいつの弱点を曝け出させて見せますわ。


 そう告げて入場していったルシア様。


 次の試合に出るボクは、<狼騎>を入場口に跪かせて<戦乙女>の背中を見つめる。


 きっとニエト騎士も、反対側の入場口で同じように試合を見つめているはず。


 ――ローデリア神聖帝国の<聖兵>。


 昨日の試合はボク達も見ていた。


 ……確かにすごい騎体だと思う。


 でも……アレはダメだろう。


 確かに<兵騎>は、ヒトが持ちうる対魔物用の最大戦力だよ。


 その武は、時には戦という形でヒト同士に向けられる事もある。


 だからこそ、ボクら騎士は命の尊さもまた学び、戦においては作法を遵守するんだ。


 けれどアレは違う。


 模擬試合にも関わらず、まるで自らの力を誇示するように、対戦相手騎の首を掲げて見せる外道。


 昨日の対戦相手国がローデリアに抗議しに行ったのを、ボク達も見ていた。


 ――無人騎ですので、勝つ事以外は教えていないのですよ。


 薄ら笑いを浮かべて答えるローデリアの技術者に、ボクらは怒りを覚えた。


 あんなのをローデリアは量産しようとしているのだという。


 ――騎士の被害が減らせるのです。良いことではないですか。


 本気でそう思っているらしい技術者の言葉が、耳から離れない。


「……そうじゃない。

 ボクが憧れた騎士は、絶対にそういうものじゃないんだ……」


 言葉に表せない自分がもどかしい。


 騎士の中にも、スローグ領を陥れたスコット様のように、どうしようもない人がいるのを、今のボクは知っている。


 けれど……そんな彼であっても、スローグ領では魔物から民を守る為に剣を振るっていたんだ。


「ただ勝つ為だけ……そんなの、ボクは認められないよ」


 ルシア様もニエト騎士も同じ想いだったようだ。


 けれど、今日対戦するルシア様は、自分の実力不足を自覚していた。


『銀華と讃えられるシーラ――わたくしの親友なのですけれどね――なら、きっと負けはしないと思うのですが、わたくしでは役者不足ですわ』


 そう仰って笑ったルシア様。


 だからこそ、明日対戦する事になるボク達の為に、ルシア様は<聖兵>の弱点を見つけて見せると仰ってくれて。


 彼女は今、会場の中央で<聖兵>と対峙している。


 大盾を前に、剣槍(グレイブ)を腰溜めに構えた<戦乙女>に対して、<聖兵>は昨日同様に無手だ。


 五指の鉤爪と、手甲に生えた刃が主兵装なのかもしれない。


 審判騎の「はじめ!」に応じて、まず動いたのは<戦乙女>で。


 柄尻を掴んで剣槍を長く持った<戦乙女>は、腕を回して槍を旋回。


 その勢いで、騎体をも回し始める。


 対する<聖兵>は腕をだらりと下げたまま動かない。


 剣槍が風切り音を立てて解き放たれる。


 地を這うように回転しながら飛んだ剣槍を、<聖兵>は真正面から受けた。


 激しい金属音が場内を揺らし――けれど、<聖兵>の装甲には傷ひとつ付いていない。


「――なんて硬さ……」


 けれど、ルシア様の狙いは剣槍の一撃ではなかったようだ。


 槍を投げた直後に、騎体を疾走させて、<聖兵>に肉薄している。


 左側から手にした大盾で、<聖兵>のトカゲのような顔を打ち付ける。


 再び激音。


 大盾が歪むほどの一撃に、さすがの<聖兵>もよろめく。


『――まだですわ!』


 ルシア様が叫ぶ。


 大盾を手放した<戦乙女>は、<聖兵>の懐に飛び込み、その左腕を取って足を踏み込む。


 <聖兵>の騎体が弧を描いて、宙を舞った。


 ダストア王国の淑女に伝わるという宮廷武術。


 近年、銀華と呼ばれる少女が、それを<兵騎>戦闘にも取り入れたのだと、ルシア様は仰っていた。


 あれはその技術のひとつだ。


 轟音を立てて、<聖兵>が地面に叩きつけられた。


 <兵騎>で投げ技しようなんて、その銀華様っていう人は、きっとステフみたいに頭のネジがどっか行っちゃってる人だと思う。


 でも、有効な手だ。


 重装な<聖兵>にとって、投げ技は自重がそのままダメージに繋がる。


 現に<聖兵>の肩甲は衝撃によって弾け跳び、白色の素体が覗いている。


 胸甲も歪んでひしゃげていた。


 <戦乙女>はさらに<聖兵>の右腕を極める。


 ――関節技まで……


 審判騎は、初めての事態にどうして良いのか戸惑っているようで。


『――ローデリア、降参しますか?』


 結局、人の格闘試合のように、「参った」の確認をする事にしたようだ。


「……ルシア様、勝てそうにないとか言ってたけど、このまま行けちゃうんじゃ……」


 ボクは思わず呟く。


 肩の力が抜けそうになった。


 観客席が事態を見守って、固唾を呑む。


 ……けれど。


「――<聖兵>、第二、第三拘束を解除だ」


 貴賓席からそんな声が響き渡った。


 オレア様のすぐそばにいるから、ローデリアの王族なのだろうか。


 金髪に白い礼装の彼は、薄い笑みを浮かべて立っていて、悠然と会場を見下ろす。


 そして。


「――その威を示せ。<聖獣>」


 ――喚起詞っ!?


 魔道の詞に乗せて告げられたそれは、ボクの知らないもので。


 瞬間、<聖兵>のトカゲのような顔のその瞳が、真紅の輝きを放った。


『――ッ!?』


 ルシア様が警戒して、<聖兵>から離れる。


 <聖兵>がゆらりと立ち上がると、内側から弾けるように装甲が落ちた。


 発達した筋肉のその体表を覆うのは白い獣毛。


 兜が中央から割れ落ちて、トカゲそのもののような顔が現れる。


 外装が外れたというのに、その身は一回り大きくなっているように感じた。


 漆黒にぎらつく五指の鉤爪は、手甲による装備ではなく、素体から生えたものだったようだ。


『――――ッ!!』


 それは、天を仰いで人の可聴域を超えた声で雄叫びをあげた。


「……生き物、なの?」


 けれど、それなら直前の喚起詞はいったい……


 目の前の出来事に、思考が追いつかない。


 そうしてる間にも、<聖兵>だった獣は、地を蹴って<戦乙女>に飛びかかった。


 肩甲から戦扇を取り出してそれを迎え撃とうとするルシア様だったけれど。


『――ッ!』


『――きゃあぁッ!』


 扇を握る<戦乙女>の右手に飛びついた獣が、そのままぶら下がるようにぐるりと身を回し、<戦乙女>の腕を捻じり取る。


 まるで噴水のように、白色の鮮血が会場に噴き上がった。


 たった今、自分が受けていた関節技を学んでいるようだ。


 獣は、もぎ取った<戦乙女>の腕を振り上げ、<戦乙女>に叩きつけた。


 羽飾りの付いた兜が砕け割れ、頭部がひしゃげる。


 後ろに倒れ込む<戦乙女>に、獣はさらに飛びついて、腹に両足をつけたまま、両手で残る左腕も引き抜いた。


 合一しているルシア様は、激痛に意識を失っているのかもしれない。


「――審判! もう勝負はついている!」


 ボクは思わず会場に飛び出して叫んだ。


 衝撃的な光景に、立ち尽くしていた審判騎が、左手を挙げてローデリアの勝利を告げる。


 けれど。


『――――ッ!』


 獣は止まらず、<戦乙女>の喉元に噛みつき、その身を震わせる。


 耳障りな金属音と素体が引きちぎられる音が会場に響いて。


 <戦乙女>の頭部が噛みちぎられた。


『――ッ!』


 その首を咥えたまま、両手を突き上げて勝どきのように咆哮する獣は。


 しかし、会場内が静まり返っているのが不満なのか、再度、<戦乙女>を見下ろした。


 右足を振り上げる。


「――やめろぉッ!!」


 ボクは騎体を走らせて、獣に体当たりした。


 たたらを踏んだ獣は、その真紅の目でボクを睨む。


「――もう勝負はついている。

 これ以上やるなら、ボクが相手だ」


 腰甲から長剣と短剣を引き抜き、ボクもまた獣を睨み返した。


「――ホルテッサの<狼騎>か。

 ぜひお手合わせ願いたいと思っていたところです。

 よろしいですかな? オレア殿下」


 先程の金髪の青年が、オレア様に尋ねた。


 なんて奴。


 止めるどころか、このまま続行させようっていうの?


「――ユリアン……」


 問いかけるようなオレア様の視線を受けて。


 ボクのうなずきを<狼騎>は正しく映してくれた。


「――なら、勝てよ!」


「――はいっ!」


 腹のそこから叫んで応え、ボクは地を踏み割る。


 一瞬で距離を詰めて、短剣を突き出すと、獣は上体をそらしてそれをかわす。


 ボクは騎体を回して長剣を逆手に持ち替え、振り返りざまに連撃を叩き込む。


 左の鉤爪で受け止められた。


 そこから一歩を踏み込んで、再度、背後から短剣を振るえば、獣は後ろを振り返ることなく、右の鉤爪をかざして受け止められた。


 けれど、それで良い。


 ――兵装選択。


 両手の手甲が狼の貌のように変形し。


「――吼えろ! <狼騎>ッ!!」


『――――ッッ!?』


 両手の剣を通して、二種類の異なる振動波が叩き込まれ、獣の内部で爆発する。


 殿下が考えた、必殺の狼咆(ブラストハウリング)は、こいつにも有効なようだ。


 口から煙を噴き上げて、獣が後ろに倒れ込む。


「――どうだ!?」


 ボクは身構えたまま、倒れた獣を見下ろした。


 静まり返った観客達も、勝敗の行方に固唾を呑む。


 そこに。


 金髪の青年の笑い声が響き渡った。


「まさか! まさかまさか、我が国以外にも振動波兵装を実現している国があろうとはね。

 ――<聖獣>、第一拘束も解除だ」


 その言葉に応じるように。


 獣のまぶたの無い目がグルリと周り、真紅から金色へと変色する。


 黒の鉤爪もまた金色へと変色し。


『――グルゥ』


 獣が呻いて身をよじり、四肢で這うように地面に立つ。


「――見せてやれ、おまえの咆哮を!」


 瞬間、獣は上体を起こし。


 その胴が裂けて、鋭い歯列の並んだ口が開いていた。


 獣の両手が組み合わされ、前に突き出される。


『――ガアアァァァァァッ!!』


 腹の口から放たれた咆哮は、物理的な圧力を持って、ボクをその場に縫い止めた。


 ――騎体が動かないっ!?


 その間にも、獣はこちらに肉薄し。


『――――――ッ!!』


 本来の口からも咆哮が放たれ、組み合わされた両拳が<狼騎>の胸を打った。


 ――キン、と。


 硝子を打ち合わせたような音がして。


 合一が解けたと思った瞬間、目に映ったのはヒビ割れた鞍内の内壁。


「……え?」


 呟いた瞬間、衝撃がやってきて、ボクはまるでひっぱられるように後ろに吹き飛んだ。


 ゴロゴロと転がり、外壁に叩きつけられて、ボクは息を呑む。


「――グゥっ、う……」


 呻きながら立ち上がると、そこには上半身を無くした<狼騎>の姿。


「……そんなっ! <狼騎>がっ!」


 思わず叫んだボクを嘲笑うように、獣はそれでも立っていた<狼騎>の下半身を蹴倒し、それを踏んで勝どきのように、咆哮をあげる。


 ボクは唇を噛んで、左右の腰から剣を抜く。


 無様と言われたって良い。


 たかが試合になにをと思われるかもしれない。


 けれど、アイツだけは赦せない。


 負けるのは良い。


 勝負なんだ。負ける事だってあるだろう。


 けれど、敗者に対するあいつの態度はなんだ。


 ――<狼騎>、仇は取るよ。


「――騎士とはっ!」


 ボクは叫ぶ。


 獣がボクを見下ろして、首を傾げる。


 ……言葉が理解できるのか?


 ならば、聞け!


「騎士とは、その身で民を守る為に存在する、力なき者の刃だ!」


『――グゥ?』


「貴様のように、敗者を踏みにじるような者を、ボクは騎士とは認めない!」


 獣の口元が吊り上がり、嘲笑うようにボクを見据えた。


「――まさかホルテッサの騎士は、この後に及んで負けてないと言い張るのかね?」


 金髪の青年もまた、嘲るように尋ねた。


「オレア殿下、このままだとあの騎士は死にますよ?

 止めなくて良いのですか?」


 オレア様の視線が、ボクの視線と絡み合う。


 お願いします。


 止めないでください。


 オレア様の宝物を壊したボクは、この身を賭してもあいつに知ら示さなければいけないんだ。


 ……騎士の在り方を。


 想いを込めて見つめる先で、オレア様の横にステフが駆け寄ってくるのが見えた。


 彼女はオレア様の腕を引いて顔を近づけさせると、手で隠しながら耳打ちする。


 それからボクに、親指を立てた。


「――ならば、ユリアン。

 俺はおまえの熱い想いに形を与えてやる」


 オレア様は立ち上がり、いつもの格好良い犬歯を覗かせる笑みを見せた。


 ああ、この言葉を、ボクは今でも覚えてる。


 ……忘れられるはずがないんだ。


 あの時のように、オレア様は一点を――ボクが出てきた入場口を指差す。


「――ユリアンっ!」


 ステフがボクを呼んで、なにか放って来る。


 受け止めると、それはイヤーカフ型の遠話器だ。


「さあ、ドレスチェンジだ。

 見せてやろうぜ。

 俺達の新しい宝物――」


 オレア様の言葉に被せるように、遠話器からステフの声。


『新たな銘はな――』


「――呼べ、ユリアン!」


 ボクは溢れそうになる涙を堪えて、入場口に叫ぶ。


「――来い、<狼姫>!」


 突風が会場内を駆け抜けた。

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