第18話 6
<兵騎>展覧会も四日目。
闘技場前には模擬試合出場国の<兵騎>の大半が並べられるようになる。
貴賓席も席割りが変えられて、準決勝進出国同士が意見交換できるよう、配慮されて並べ替えられていた。
俺は左から二番目の席で、左隣にはアルマンド殿、右隣はフローティア様のようだ。
……そして。
「――はじめまして。
ローデリア神聖帝国宰相、ルキウス・アガッソ・リオソルトと申します。
殿下方には、ぜひお見知りおきを」
右端の席の後ろに立って、そいつはローデリア式の胸に右手を当てる敬礼で、俺達に挨拶した。
艷やかな金髪を後ろに撫で付け、一房だけ額に垂らした美青年。
金糸飾りがあしらわれた白礼服の彼は、宰相というだけあって笑顔ではあるものの、その青い目はまるで探るように俺達を注意深く見つめている。
フローティア様の言葉を信じるなら、こいつは<叡智の蛇>の使徒だ。
俺が斜め後ろに立つモンドにさり気なく視線を送ると、彼は小さなうなずきで応える。
――本人ってことか。
その間にも、フローティア様は一歩、彼に進み出て。
「まあ、お会いできて嬉しいわ。
貴方の活躍は、我がダストアにも届いておりますのよ」
淑女の仮面を被って彼女はルキウス宰相に楽にするよう手で示す。
「――ローデリアの古き因習を尽く捨て去って、改革に邁進する西の雄。
わたくしも政を担う者として、参考にさせてもらいたいものですわ。
ねえ、オレア、アルマンド?」
急に話を振られて、俺とアルマンド殿は慌ててうなずく。
「いえ、私など。
こちらと致しましては、昨年から発展目覚ましいホルテッサを見習いたいと考えているくらいでして」
と、ルキウス宰相は俺に微笑みかける。
「紙幣や平民への教育普及。果ては飛行船などという素晴らしい発想!
――あれらはオレア殿下が考えられたものなのですか?」
さて、どう答えたものか。
迷う俺より早く、口を開いたのはやはフローティア様で。
彼女は扇を開いて口元を隠して笑ってみせる。
「それはオレアを買い被り過ぎというものかと。
確かにオレアが政を執るようになってからのホルテッサの発展は、目を瞠るものがありますけどね……
ホルテッサは人材に恵まれているのですわ。
――ねえ、オレア?」
フローティア様は、ルキウス宰相が尋ねた案件が、俺の発案だと知っている。
だが、今はそれを隠せと目が言っている。
「ええ。我が国は宰相代理を始めとして、優秀な者が多いもので。
お陰で楽をさせてもらってますよ」
<叡智の蛇>の情報収集能力が、どれほどのものかはわからないが。
少なくとも半年前の段階で、ラインドルフは俺の事を無能な王太子だと思っていた。
ミルドニアに居たラインドルフでさえそうなのだから、中原の真逆に位置するローデリアのルキウス宰相には、俺の正確な情報なんて伝わっていないと思いたい。
俺とフローティア様の言葉に、ルキウス宰相は笑顔のままうなずき。
「人材とは国の宝ですからね。
羨ましい限りです。
ですが、そういう者達を見出したのもまた、殿下の功績かと」
「不思議と昔から、人だけは貴方の周りに集まるのよね。
本当に羨ましいわ」
なかば本気にも見えるため息をつきながら、フローティア様が席に腰を下ろし、俺達もまたそれに倣う。
やべえ、完全に腹の探り合いだ。
俺、こういうの苦手なんだよ。
フローティア様とルキウス宰相は、まだ言葉の応酬を続けているが、俺はすでに冷や汗かいて疲れ果てている。
「……俺、こういうの苦手だわ」
アルマンド殿が顔をしかめて俺に耳打ちする。
「……俺もなんだ。
なんで席をくっつけるかなぁ……」
ため息をつく俺に。
「――それよりオレア、約束、覚えてるな?」
「……約束?」
「決闘だよ! ウチが勝ったら、リッサから手を引けよ?」
「ああ、そんなのもあったな……」
ここ数日、アルマンド殿とは打ち解けたつもりでいたから、すっかり忘れてたよ。
「まあ、おまえは噂されるほどクズじゃないってのは、ここ数日でわかったけどよ。
リッサは俺の婚約者だ。
……大事な女なんだよ」
真剣な顔で見つめてくるアルマンド殿。
「……俺にはいまいち、その感覚がわからねえんだよな……」
「――おまえ!」
「――いや、最後まで聞けって。
俺はさ、正直なところ、真実の愛だのなんだって、本当にわからねえんだ。
それを口にするヤツはだいたい、打算と欺瞞に満ちたクズだったからな」
だから、俺はその尽くを打ち砕いてやってきた。
「俺とリッサの愛は本物だ!」
食って掛かるアルマンド殿を、俺は落ち着くように手で制して。
「ああ、最近になってさ、俺も誰かが誰かを真剣に想い、自分を投げ売ってでも、その誰かに尽くしたいって気持ちがある事はわかってきたんだ」
それは時には国を敵に回しても叶えたい願いの原動力にさえなりうる、強い強い想いだ。
「……でもさ、俺自身は、そういう気持ちを抱いた事はないんだ。
そんな俺がさ、誰かの想い人を奪い取ろうなんて考えると思うか?」
「……オレア、おまえ……」
む、なにか憐れまれてるような気がするぞ。
別にそんな顔をさせたくて、本心を語ったわけじゃない。
思い込みが激しいのが玉に瑕だけど、アルマンド殿は良い奴だからな。
俺の事を知ってもらって、誤解を解きたかっただけなんだ。
「――テラリスに誓っても良い。
俺はリッサ様の事はなんとも思ってない。
街遊びだって、なんだったらアルマンド殿が一緒に来てくれたら助かると思ってるくらいだ」
太陽の女神テラリスへの誓いは、後ろ暗い事がない事を示す常套句だ。
「――ホントか?」
「ホント、ホント。
リッサ様だって、恩があるとかで俺を誘っただけらしいし、おまえが一緒のが楽しめるんじゃないか?」
アルマンド殿は顔をしかめて唇を噛み締め。
「……じゃあ、俺は……」
ようやく勘違いで暴走してた事を自覚してくれたようだ。
「――ん!」
と、彼は顔をそむけながら手を差し出してきた。
……握手、で良いのだろうか?
とりあえずその手を握り返すと、彼は気恥ずかしそうに顔をそむけたまま。
「……俺の事はアルで良いぞ」
愛称呼びを赦してくれた。
「わかった。改めてよろしくな、アル!」
「おう」
やっべー、男友達だよ!
俺、男友達できちゃった!
しかも同じ王族で対等な立場の!
あとでソフィアに自慢してやろ。
「それはそれで、勝負は勝負だからな? 勝つのはウチだ」
アルはニヤリと笑って、俺に言う。
「いや、ウチの騎士ナメんなよ?
あいつは騎士になってなければ、勇者認定できるレベルのやべー奴なんだからな?」
俺も笑みを返して、アルにユリアン自慢をしてみせた。
と、そこへ。
「――オレアおにーさまー!」
甲高い幼女特有の声で呼ばれて、俺は振り返る。
「――サラ! 来たか!」
「うん、来たよーっ!」
立ち上がって両手を広げると、サラは俺の胸に飛び込んできた。
この半年で、だいぶ重くなってきたサラを抱き上げる。
「――フランちゃんとティナちゃんも一緒だよ!」
そう告げるサラが指差すと、彼女を連れてきたと思しき侍女が一礼し、その背後からフランチェスカとティナ――ミルドニアのふたりの幼女が姿を現す。
昨日はふたりにホルテッサの幼年教育過程を説明する為に時間を割いたんだ。
アルドノート公に連れられて、ホルテッサが滞在する迎賓館を訪れたふたりは、同じ年頃のサラとすぐ仲良くなった。
思えばサラには同年代の友人がいなかったからな。
これで少しは女の子らしさを身に着けてくれたら助かる。
「――あらあら、可愛らしいお客様だこと」
腹黒いやりとりも一段落着いたのか、フローティア様がサラにそう声をかけた。
サラは俺の腕から飛び降りて、空色のドレスの裾を摘んで綺麗にカーテシー。
「ホルテッサ王国はガル公爵家の長女、サラと申します。
どうぞお見知りおきください」
「――まあっ」
フローティア様が驚いて俺を見る。
そりゃそうだろう。
サラくらいの頃のフローティア様は、こんな真似できなかった。
とにかく傍若無人な女王様だったからな。
一方サラは、銀華に憧れて、武だけでなく礼儀作法だってしっかりと学んでいる。
教育係から逃げ出したというフローティア様とは、根本の意識から違うのだよ。
「ガル公爵というと、ホルテッサ王弟殿下だったかしら?」
サラの真っ白な髪と真紅の瞳が気になったのだろう。
どうみても魔属だからな。
探るように俺に視線を向けてくるフローティア様。
「ああ、サラは叔父上の養子なんだ。諸国漫遊中にちょっとな」
フローティア様も叔父上の噂は聞いているのだろう。
それだけの説明で納得してくれたようだ。
俺はサラを抱き上げて膝の上に乗せた。
「あらあら、じゃあフラン、貴女はわたしのところに来なさいな」
「え? でも……」
戸惑うフランチェスカの言葉を聞かず、フローティア様は俺に対抗するように彼女を膝の上に乗せた。
「あー……」
アルが残されたティナを見下ろし。
「……俺の膝に座るか?」
気恥ずかしそうに告げると、ティナは首を振って笑顔を浮かべた。
「恐れ多いことです。
それにわたしは、お嬢様の侍女ですので」
丁寧に謝罪して、彼女は俺とフローティア様の席の間に立つ。
「ティナはね、わたくしの自慢の侍女なの!」
フランチェスカが笑顔と共に誇らしげに告げた。
「サラにもね、自慢の侍女ができたんだよ?
――昨日と今日はちょっとお仕事でいないけど、今度しょーかいするね」
まるで秘密を打ち上げるように、サラはフランチェスカとティナに耳打ちした。
……そっか。見ないと思ったら、あいつ、昨日今日は別件か。
ソフィア辺りが使ってるんだろうな。
そんな事を考えているうちに、会場に審判騎が入場して来た。
観客席が静まり返り、審判騎がダストア、ローデリアの両騎を呼ぶと、闘技場内がどっと湧き上がる。
「……さて、ルキウス殿。
ローデリアの<聖兵>のお手並み、拝見させて頂きますよ」
そう告げるフローティア様の顔は、わずかに強張っていた。