第18話 5
模擬試合も三日目ともなると、駐騎場もだいぶ閑散としてくる。
試合に負けた国の騎体は、闘技場前の広場に移され、一般客向けに展示されるようになるからだナ。
ユリアンは順調に勝ち進んでいて、明日の準決勝に進んでいる。
「――このまま行けば、ホルテッサはランベルクとだね」
あたしの隣を歩くアーティ様が、腕組みしながら告げた。
「まあ、今日のランベルクの相手はテラール陽王国だから、負けはしないでショウ」
ミルドニア皇国の南西にある、太陽の女神テラリスを信奉する宗教国家だ。
あの国は<兵騎>を<神像>とか呼んで、一種信仰の対象にしてっかンナ。
他の国のように、素体を改良したりせずに、出土したまま使ってンだ。
だから、現行の各国の<兵騎>に比べて、かなり世代遅れになっている。
その分、武器開発に力を入れていて、今回は<兵騎>用の剛弓を開発して持ち込んでいた。
「……テラールねぇ、あの弓はイイ線行ってるのに、騎体が扱いきれてなかったよね」
アーティ様の指摘は正しい。
昨日の試合を見たケド、初撃をかわされた後、二射目まで時間がかかりすぎていたんダヨ。
対戦相手が初撃にビビって、距離空けてたから、なんとか間に合ってたケドさぁ。
ランベルクの<精騎>なら、魔法で対抗するだろうから、昨日のようには行かないはずダ。
「教義だかしんねーですけど、騎体の精髄筋イジってやれば、もっと連射できると思うんデスよね」
「ステフもそう思った? 武器と騎体のコンセプトが一致してないよね、アレ」
「――ですネ」
「そもそも<精騎>なら攻精魔法を乱射できるので、初射すらさせませんけどね」
アーティ様の隣を歩くファティマが、両拳を胸の前で握り締めながら、あたしらに告げる。
――ファティマ・コルティス。
ランベルク王国の上級錬金術士にして、<精騎>の開発主任。
あたしと同い歳で、国家事業である新型<兵騎>開発計画の頭任されるだけあって、コイツもまた、頭のネジがイー具合にぶっ飛んだヤツだ。
ナンか、オレアちん達、王族の方で一昨日、<兵騎>開発の合同事業が決まったらしくてナ。
ファティマは昨日、あたしとアーティ様ンとこに、挨拶に来たんだよ。
ンで、あたしらがこさえてる雌型<狼騎>を見て、自分もぜひ協力させて欲しいって言い出したンだ。
どのみち合同事業が始まれば、共同で<兵騎>を造る事になるんだから、いっそ今のうちにお互いの持ってる技術を見せ合おうってナ。
こういうぶっ飛んだヤツ、あたし大好き!
アーティ様も同じだったみたいで、ファティマは雌型<狼騎>にいっちょ噛みする事になった。
ぶっちゃけ仕様通りなら、もう試合には出せないレベルだぜぃ。
圧倒的すぎっからナ。
……そう思ってたんだがナぁ。
あたしらは今、駐騎場を抜け出して、観客席へと向かっている。
目的は、明日のダストアの相手が決まる試合を観るため。
対戦カードは都市国家群のひとつとローデリアだ。
ローデリアは本来、傍聴国だから参加できないはずなんだけどナ。
模擬試合はお祭りみたいなもんだし、その辺りのルールはガバガバらしい。
国じゃなく、勇者志願の冒険者が飛び入り参加してたりもしてたしナ。
問題なのは、そのローデリアの<兵騎>だ。
二階観客席の最前列。
手摺り前に三人で陣取り、あたしらは会場を見下ろす。
ちょうど試合が始まろうとしていたところで、都市国家群で良く見られる甲冑様な<兵騎>が、今回披露する新型槍で演舞パフォーマンスをしていた。
それが終わると、ベルクオーロの審判騎がローデリア騎を呼ぶ。
「――<聖兵>、ねぇ」
自ら神聖帝国を名乗るローデリアらしいネーミングセンスだナ。
現れたのは、白を地に金の縁取りをした<兵騎>だ。
面がなく、トカゲに似た意匠を施された頭部が印象的。
「種別としては、<重兵騎>になるのかしらね?」
アーティ様の呟きに、あたしとファティマがうなずく。
騎体を覆う重装甲は、確かにそう分類されるはず。
「けど、アレ、放熱はどうしてるんでしょうかね?」
ファティマがトカゲ状の頭を指差しながら、首を捻った。
<兵騎>のたてがみは放熱糸でできている。
精髄筋に魔道を通した際に発生する熱を、騎体の外に放出する役割で、それができないと、鞍の中に熱がこもって、騎士が茹で上がってしまうんだナ。
ケド、あの<聖兵>にはそれがない。
「……イヤ、必要ねーってことカ?」
あたしの呟きに、アーティ様もうなずく。
「無人騎っていうのは、どうやら本当みたいね……」
人が合一せずに稼働する<兵騎>。
それこそがローデリアの新型のウリらしい。
「でも、騎士の魔道器官がないのに、どうやって動かしてるんでしょう?」
<兵騎>は合一する騎士の魔道器官を動力として稼働する。
ファティマの疑問はもっともだ。
「んー、こっからじゃ、刻印が施されてるようにも見えねーナぁ」
手で庇を作って目を細めても、それっぽいものは見当たらねえ。
「――霊脈炉で魔道を吸い上げてるのさ」
背後からかけられた声に、あたしらは手を打ち合わせる。
「あー! 微放出魔道概念カッ!」
「――外道傀儡で使われてた技術ね!」
「霊脈へのアクセス自体は、ウチの国でも実現できてます!」
それぞれが口にしたところで、ふと気づいて背後の声の主に振り返る。
「……誰?」
そこには日を受けてきらめく銀髪をした、絶世の美女が笑顔で立っていた。
黒いローブ姿で、片手にはその容貌を台無しにする、栓の空いた酒瓶。
けれど、顔は白くて酔ってる風には見えない。
「――あたしゃ、エイダって言うんだけどね。
あんたらを捜してたんだ。
まあ、ちょうど試合も始まるようだし、あれが終わってからにしようか」
そう言ってエイダと名乗った美女は、酒瓶を煽る。
「……はぁ」
……変なのに絡まれたナぁ。
そう思いながらも、あたしらは再び会場に視線を戻した。
――けれど。
試合は一瞬だった。
はじめの合図の直後、<聖兵>はその重厚な騎体を跳躍させて。
「――えぇッ!?」
身を捻りながら宙を跳んだ<聖兵>は、相手騎の背中に取り付いたかと思うと、両手で頭部を捻じ切り取った。
まるで勝ち名乗りのように、その頭部を高々と掲げる<聖兵>の後で、頭を無くした対戦相手が倒れ込む。
観客達が息を呑み、会場が静まり返る。
「……昨日は、ここまで派手じゃなかったんだけどね。
どうやら奴さん、ちょいと本気を見せてきたらしいね」
エイダが喉を鳴らして笑い、審判騎が役目を思い出したかのように、慌ててローデリアの勝利を告げる。
「……あの重装甲で<狼騎>並の機動力……」
アーティ様が呻く。
「あんなの、人が乗ってたら……」
「たいていのヤツは、目ぇ回してまともに動けねぇダロな」
あたしらの思考は、あの騎体への対抗策を求めて回り始める。
「……<戦乙女>じゃムリね……」
アーティ様は悔しそうに告げた。
あくまで雌型なのが<戦乙女>のウリで、<兵騎>としては並の上ダ。
準決勝まで勝ち残れたのは、騎士の腕によるところが大きい。
だからこそ、開発者としてのアーティ様の心中は穏やかではいられないだろうナ。
騎士同士の技量比べとなった場合、あの曲芸じみた動きには対応できないと考えたんだろう。
「……<精騎>でもムリですね」
仮に<聖兵>の動きを魔法で捉えられたとしても、あの騎体は重装甲に覆われている。
それを抜くだけの力がないと、ファティマは冷静に分析したのだろうナ。
けれど、開発者としてはやっぱり悔しいんだろう。
胸の前で握り締めた拳が真っ白ダ。
「……今のままの雄型<狼騎>でもムリだナ」
曲芸機動には、ユリアンなら対応できるだろう。
けど、<狼騎>は分類上は<軽兵騎>だ。
速度を重視するあまり、一撃の威力が軽いンだ。
それではあの重装甲は抜けない。
あたしらは互いに視線を交わして、力強くうなずき合う。
「――今夜は徹夜ね」
「決勝に間に合わせねえとナ」
「あ、でもでも! まだ<精騎>が勝つ可能性もありますよね!?」
思い出したように、あたしに顔を寄せてくるファティマ。
「あたしが改良した<狼騎>とユリアンが、魔道だけの騎体に負けるワケねーダロ!」
ケツを蹴り上げて、あたしは言う。
「そんなぁ~……」
涙ぐむファティマを無視して、あたしとアーティ様は会場を後にしようとしたんだが……
「ふむ。
方針は決まったようだね」
……そういえば、この酔っぱらいがいたんだったカ。
「あの騎体は、あたしも気に入らなくてね。
なんせ、ヒトの世の理を乱すシロモノだ。
だが、ヒトの世の理はヒトの手で正さなければならないってのが、あたしらの流儀でさ」
エイダはそう言って、あたしらをひとまとめに肩を抱く。
「だから、ちょいとあんたらに頑張ってもらいたいんだよ」
顔は酔った様子がないのに、こいつ、ずいぶんと呑んでるナ?
息がすごく酒臭いゾ。
「……そ、そりゃあ、あんな騎士を冒涜するような騎体に、負けたくなんてないけど……」
アーティ様がエイダの酒臭さに顔をしかめながら応える。
そうダ。
アレは、騎士を冒涜する騎体ダ。
<兵騎>ってーのは、鍛冶士をはじめとした技術者達の血と汗と努力の結晶で、だからこそ、それと合一する騎士もまた、それに見合った鍛錬をもって応えようとするんダ。
あたしゃ騎士じゃねえけど、オレアちんや四天王、それにユリアンが、あたしら技術者に応える為に、血反吐吐いて騎体に相応しい騎士になろうとしてるのを知ってる。
それこそが騎士の魂ってぇモンだろ。
けど、<聖兵>にはその魂がない。
「ただ戦う為だけに造られたアレを、あたしゃ認められねーナ」
あたしの言葉に、エイダはにんまりとうなずく。
「だろうね。
あんたらからは技術バカの匂いがするからね。
だから、あたしもあんたらに協力しようっていうのさ」
そう言って、エイダはあたしらを放して、綺麗で優雅なカーテシーを見せた。
「――改めて、あたしは果ての魔女のエイダ。
あんたらに埒外の知恵を授ける、西の魔王さ」
あたし達は息を呑む。
魔道をたしなむ者で、その名を知らない者はいない。
太古の魔道技術を今に受け継ぐ、人外の極み。
とっさに跪くあたしらに、けれどエイダ様はケタケタ笑いながら酒瓶をあおって。
「相手が人理の外の理不尽を用いるんだ。
あたしが出張るのもまた、理ってもんさ……」
そうしてエイダ様は酒瓶の口を貴賓席に向ける。
そこには二十代後半くらいの金髪の青年が、楽しげに足を組みながら座っていた。
「――理不尽の果ての力、見せてやろうじゃないか」