第18話 4
初戦のユリアンの相手は、ダストアの北にあるオーウ連合王国だった。
高山地帯にある国で、<兵騎>の仕様も山岳雪中行動を想定したものになっていて、今回は<兵騎>そのものではなく、新兵装のお披露目に重点を置いていた。
浮遊の魔道刻印を施した、<兵騎>用のスキーで宙を滑空する様子に、観客達は多いに驚かされたんだが……
狼型で外壁を駆けて勢いをつけた<狼騎>が、高く跳び上がって飛びかかり、宙を滑るオーウ騎を地に引き摺り下ろす。
轟音と共に地面に叩きつけられたオーウ騎に、人型を取った<狼騎>が長剣を突きつけた。
「――勝者! ホルテッサ!」
相手が悪かったな。
半年前のラインドルフの騒動以降、ホルテッサの騎士団は対空戦闘を想定した訓練を積むようになっていた。
ユリアンもまた、ラインドルフの<天使>相手に何もできなかった事を悔やんで、それらの訓練をしていたんだ。
最近では、ユメにホヅキ流の型も教わっていたはずだ。
あの流派は頭おかしい事に、直上直下の対空対地技まであるからな。
「――おい、オレア。
今、<狼騎>は壁走ってなかったか?」
フローティア様を挟んで並ぶ俺に、アルマンド殿が上体を傾けて尋ねてくる。
「あ? あれくらい、ウチの騎士なら大抵できるぞ」
武に劣る第二騎士団の駐屯部隊でさえ、フラムベールで学術塔を跳び登ってたしな。
研修生だったパーラやメノアだって、<獣騎>で<亜神>を駆け昇った。
「――いや、非常識だろ!
なんで<兵騎>にあんな曲芸みたいなマネさせてんだよ!?」
「……んん? なんでって。
空飛ぶ敵に対応する為しかないだろ?」
「――魔物は空を飛ばないだろう!?」
「ああ、そういう可能性もあったか」
現在までに、空を飛ぶ魔物は確認されていない。
だが、確認されていないだけで、これからもそうとは限らない。
それを想定していなかったのは、俺の落ち度だな。
「――ホルテッサはね、半年ほど前に王都で、空飛ぶ敵に襲われているのよ」
扇で口元を隠しながら、フローティア様が説明する。
「……ああ、発掘された星船が暴走したとかいう……」
どうやらラインドルフの一件は、ランベルクまで詳しく伝わっていないようだ。
「いや、実はな……」
だから俺はアルマンド殿に、当時の詳細を説明する。
どのみち本会議で明らかになる事だ。
今、アルマンド殿に説明したとしても、別に不都合はない。
「……<叡智の蛇>が未知の技術を使うっていうのは知ってたが……<天使>だと?」
自由に飛行する<兵騎>の存在に、アルマンド殿は呻く。
「しかも上位騎は、翼から魔道を打ち消す粒子を出しててさ、魔法で撃ち落としたりもできないんだ」
「そんなもん、お手上げじゃねえか。
おまえ、どうやってそんなの倒したんだよ?」
魔道国家のランベルクにとって、魔法を無効化する航空戦力というのは、戦略方針に大打撃を与える存在だろう。
「<王騎>を飛べるようにした」
「どうやって!? それ、量産したりできるのか!?」
「いやー、ウチの守護竜に頼んで、竜の翼を移植してもらったもんだから量産はムリだな」
現状、対<天使>戦略としては、飛行船<風切>から浮遊魔法を施した<兵騎>を投下するってものになっている。
「偽皇太子事変の話を聞いてから、ウチでも対航空戦力戦略が練られているのだけれど、うまくいってないのよねぇ。
アーティが、なんとか<戦乙女>を飛ばそうとしているのだけれど……」
フローティア様も頬に手を当てて、ため息をつく。
「あれ? でもダストアで<舞姫>を改修した時、羽衣を見たんじゃ……」
「ええ。アーティも<舞姫>が飛べるのを見て喜んだのだけれど……どうもアーティでも理解できない技術だったみたいでね。
展開される生地の織りが刻印になっているところまでは、なんとか突き止めたようなのだけれど、使われている刻印が未知のものだったそうよ。
織りも複雑すぎて、再現が難しいそうなの」
あー、異世界ニホンのモノだもんな。
ユメの言葉を信じるなら、異世界ニホンは俺の知ってる日本と同じ文化水準にあるという話だし、用いられている刻印も、きっとこの世界より遥かに発達しているはずだ。
「――なあ、オレア。
その刻印、ウチで研究させてみないか?」
アルマンド殿が真剣な顔で尋ねてくる。
「騎体ごと貸してくれなくて良い。
写真でも良いんだ。
研究結果は共有する。どうだ?」
魔法の効かない航空戦力の存在に、アルマンド殿は心底危機感を覚えているのだろう。
なにせ相手は神出鬼没のテロ組織だ。
いつ国が脅かされるかわからないからな。
「あら、面白いわね」
フローティア様が扇をたたんで、左右の俺達にそれぞれ視線を向ける。
「それならいっその事、三国合同で対<天使>用の<兵騎>を造ってしまうっていうのはどうかしら?」
「――む?」
「……ほう」
彼女の言葉に、俺達の男の子エンジンが緩やかに回転を始める。
「ここまでの試合で見た限り、連合諸国で新型を造る技術と情熱があるのは、わたくし達三国だけでしょう?」
ホルテッサは近接戦闘と機動力を重視した<兵騎>を。
ダストアは女性でも扱える<兵騎>と、着脱可能な新型外装を。
ランベルクは騎士の魔道を、より増幅強化する<兵騎>を。
それぞれの国が、方向性のまったく違う<兵騎>を、それぞれお披露目している。
アイドリング状態の男の子エンジンは、続くフローティア様の言葉で、一気にフル回転を始める。
「……見てみたくはない? 三国の技術を持ち寄った、中原最強の<兵騎>を」
「――見たい!」
「――見てえ!」
声を揃えてフローティア様に詰め寄る、俺とアルマンド殿。
フローティア様は扇で口元を隠して、クスクスと笑う。
「……男の子ねぇ」
そこからは早かった。
三国の中央にあるダストアに、新<兵騎>開発の為の共同出資機関を設立する事。
遠話器を置いて、三国で情報共有を密にする事。
開発騎は量産を前提とした仕様にし、開発後は三国同数が保有できるようにする事など、どんどんと話が決まっていく。
俺達だけで決めているけど、まあ実際はここでの話を骨子に、あとで外務省が詳細を詰めていく事になるんだろう。
それでも『中原最強の<兵騎>』という言葉に興奮した、俺達――フローティア様は冷静のようだったけど――は、夢中で新型について話を膨らませていく。
そんな時だ。
「あー、失礼。
殿下方、そのお話、我が国も混ぜては頂けませんか?」
そう声をかけられて振り向くと、そこには口ヒゲを生やした礼服の紳士が立っていた。
三十代後半ほどだろうか、渋みのある容貌に、後ろに撫で付けた金混じりの茶髪。
細身に見えるが、肩周りや立ち方から、よく鍛えられているのがわかる。
「あら、アルドノート公爵」
……どこの公爵だ?
俺がアルマンド殿に視線を送ると、彼も知らないのか首を振る。
そんな俺達の様子に気づいたのか、フローティア様が立ち上がって、彼を紹介する。
「ミルドニア皇国のアルドノート公爵よ」
「――ガルドバーン・アルドノートと申します」
と、彼は名乗りと共に敬礼――ということは、軍属なのだろう。
俺とアルマンド殿も立ち上がり、それぞれ名乗って挨拶する。
その間に、モンドが俺達が話しやすいように、椅子を並べ替えた。
フローティア様とアルドノート殿が並んで座り、俺とアルマンド殿も並んで座る。
「それで公爵、面白い話をしていたわね。
ミルドニアも混ぜて欲しい、とは?」
扇を広げて、フローティア様が尋ねると、アルドノート公爵は渋みのある顔に柔和な笑みを浮かべて。
「殿下方の計画が聞こえてしまったもので、失礼ながら声をかけさせて頂いたのですが……」
そう前置きして、彼は俺達を見回す。
「今年の三国の新型騎は、私も拝見させて頂きました。
どれも素晴らしい騎体だと思います。
ですが、騎体が活躍できるのは、それを駆る騎士の腕もあってのように見えました」
「……確かに」
俺達はうなずく。
<狼騎>の機動性も、<戦乙女>が雌型として成り立つのも、<精騎>が魔道を全力で扱えるのも、すべては操る騎士がいてこそだ。
「仮に三国の技術を詰め込んだ騎体ができたとして、それを駆る騎士がいるでしょうか?」
「……あっ!?」
俺達三人は意外な盲点に声をあげた。
「それをどうにかする術を提供する形で、我が国を計画に加えさせて頂きたいのですよ」
「……具体的には?」
俺の問いに、アルドノート公爵はヒゲを撫でながら笑みを浮かべる。
「我が国には保安官制度というものがありましてな……」
ああ、リリーシャから聞いた事がある。
広大な国土を誇るミルドニアで、不正を犯す貴族や騎士を取り締まる為の制度だ。
身分を問わずに行われる登用試験は、文武どちらをも問うもので、ミルドニアの公務員の中では最難関とされているらしい。
「恥ずかしながら、我が家はその保安官の元締めを仰せつかっておりまして。
育成過程のノウハウがあるのです」
「――つまり?」
「……乗り手が居ないなら、造ってしまえばいいのです」
黒い顔をして人差し指を立てる公爵。
「……ほう」
俺達もまた、黒い表情でその言葉に乗り気になった。
「要するに、機関に付属する形で、育成校も造ってしまおう、と?」
「ちょうど、我が家からは娘を行儀見習いの為に、ダストアに留学させようとしていたのです。
その側仕えの侍女を、騎士育成過程に出したいと思います」
そうして彼は、後ろを振り返って手を振る。
少し先の観覧席で、執事が気づいてうなずき、こちらにやってきた。
その彼の両手を掴んだ、幼女ふたりをともなって。
若草色のドレスの蜂蜜色の髪をした幼女と、侍女服を着た黒髪の幼女は、執事に促されて、拙いながらもカーテシーして見せる。
「――フランチェスカ・アルドノートです」
「――ティナ・バートンと申します」
ふたりとも、サラくらいの年頃だ。
フランチェスカが、公爵の娘なのだろう。
ややつり上がった目元に、親近感を覚える。
「このティナは、この歳ですでに娘の側仕え見習いをしており、留学にも同行する予定です。
いずれはアルドノートの仕事も仕込む予定でして、どうぞ鍛えて頂ければと」
黒髪の幼女はクリクリした可愛らしい目を、同じ黒髪の俺に向けて首を傾げている。
中原じゃあ、黒髪は珍しいもんな。
「……オレア、あなたのトコで幼年学校を起こそうとしてたわよね?」
「ああ、今月の頭に一期生を受け入れたばかりだ」
「ということは、この年頃の子を受け入れるノウハウもあるって事ね」
「ウチも魔道に関しては、幼年期から徒弟制度を設けているから、ノウハウがあるぞ」
「ちょうどダストアも幼年向けにマナー指導をしようと、アリシアとシーラに講師を依頼してたところなのよ」
――金薔薇と銀華が講師とは……ダストアもまた、幼年教育に力を入れようとしているのだろう。
俺達は合わせた顔に黒い笑みを浮かべて。
「……行けるわね」
「行けちゃうな……」
「こりゃ、やっちゃうしかねえんじゃね?」
そう呟いて、アルドノート公爵の手を三人で握る。
「――最強の騎士、造っちゃおう!」
……そうして。
後に初代所長の名を取って、アーティ機関と呼ばれる事になる、新型<兵騎>開発機関は、俺達の暴走気味な思惑によって設立される事になったのだった。