第18話 2
今年の議長国である、ベルクオーロ大公カルロス殿の挨拶が終わり、模擬試合の開催が宣言された。
公都居住区の中央にある闘技場は、観客達で満席だ。
観客席は階段状になっていて、より多くの観客を収容できるようになっている。
俺は招待された他の王族達同様、四階にある貴賓席から一階の舞台を見下ろす。
今は出場する各国の<兵騎>達が、順に入場してきては観客席の前を練り歩いて、それぞれ特徴を紹介されているところだ。
それぞれ自国の国旗を捧げ持ち、どの国の騎体なのかは一目瞭然。
俺はランベルクの緑地に黄色の牡鹿の国旗を探す。
――いた。
魔道特化型という噂通り、その騎体は四肢が細く、その身を覆うのも甲冑ではなく、白いローブ状の装甲服だ。
顔を覆う面が紋様式ではなくスリット式なのは、複数の魔法を観測制御しやすくする為だろう。
近接戦闘を主眼にした<兵騎>は、反応速度の良い紋様式。
指揮や魔道を主眼に置いた<兵騎>は、視野が広いスリット式が用いられるんだ。
六つ開いたスリットの向こうで、蒼い眼光が揺らめく。
兜は国の象徴を表しているのか、立派な角を生やした牡鹿だ。
黄色地の装甲に緑のたてがみも、国旗からのデザインだろう。
「――きっと量産目指してるんだろうな」
その全体的なデザインから、<爵騎>を持たない騎士達に配る、制式騎とする予定なのだろうと予想ができる。
「しかし、あの銀色の線はなんだ?」
装甲服も含めて、騎体を縦横無尽に銀色のラインが走っている。
「……おそらく銀晶でしょう。
刻印として用いるのが一般的ですが、騎体装甲に用いる事で、魔道の伝導効率が良くなるのだという論文を読んだ事があります」
俺の疑問に答えたのは、背後でお茶の用意をしている執事服の男だ。
長い金髪を後ろに撫でつけて結わえ、その顔の上半分を銀の仮面で覆っている。
俺の新しい執事兼秘書だ。
いつもならロイドが秘書代わりをしてくれているんだが、あいつは今、各国との調整で駆け回ってるソフィアの護衛中だ。
かつてパルドスがあいつを狙ったように、他国の認識では、現在のホルテッサの政はあいつが担っていると思われている。
まあ、あながち間違いではないんだが、ここ最近打ち出した改革や新案は、みんなソフィアの功績だと思われてるんだよな。
侍女達の本の影響もあって、どうやら他国での俺の印象は、以前のままの誠実だけど気弱で流されやすい、お坊ちゃまのままらしい。
俺が侮られていたままの方が、裏でアレコレやりやすいってソフィアが言うから、あえてその印象を否定せずにいるんだ。
そんなわけで、今、狙われるとしたら俺よりあいつだ。
フランだけで護衛は十分と言い張るソフィアに、俺はロイドも護衛につける事にしたんだ。
なんせあいつ、運動面は本当にポンコツだからな。
護衛は万全で望みたいと考えたわけだ。
そして抜けたロイドの穴を埋めるために、この仮面執事のモンドを据えたんだよ。
見た目は奇天烈だが、こいつ、かなり仕事ができる。
今のように、俺が疑問に思うと、すぐに答えが返ってくるんだ。
「――どうぞ」
差し出されたお茶を口に運ぶ。
……うん、今日もマズいな。
まあ、秘書として有能だから、執事として多少問題があっても、俺は気にしない事にしてるんだ。
抽出に時間をかけすぎて、渋みが強くなってしまっているお茶を飲みながら、引き続きランベルクの騎体を観察していると。
「――どうだ、オレア! ウチの<精騎>はすげえだろ!」
アルマンド殿がやってきて、誇らしげにそう告げる。
「ああ、魔道特化とは聞いていたが、かなり練られているようだな。
あれが量産されて、前線で儀式魔法を展開したなら、大侵災でも防げるんじゃねえか?」
押し寄せる魔物の群れに対して、大結界を張って防ぎつつ、並列喚起した魔法で滅多撃ちにする――そんな戦術を思い描いて、素直に俺はランベルクの<兵騎>を称賛した。
「お、おう。わかってるじゃねえか。
銀晶の刻印共鳴現象を利用して、儀式効率を上げる効果も付与されてるんだ」
騎体に走る銀のラインは、そんな効果もあるらしい。
褒められるとは思っていなかったのか、アルマンド殿は顔をそらしながら、もごもごと説明してくれた。
その時、観客席から驚きの声があがり、俺達は視線を向ける。
「――おい、アレっておまえのトコのか?」
入場口から現れたのは、<獣騎>に跨った<狼騎>だ。
黒地に真紅の竜の国旗をひるがえし、会場中を疾走して見せている。
「ああ。ああいう使い方を思いついたのが最近なんだが、下のが<獣騎>、乗っているのが今回の試合に出場する<狼騎>だ」
説明する間にも、<狼騎>は<獣騎>の鞍に国旗を固定し、高く跳躍。
そのまま宙返りして見せたから、観客達は一斉に湧いた。
<兵騎>が宙返りするなんて、常識からは考えられないからな。
そのまま<狼騎>は宙で変形して、狼型となり、<獣騎>と並んで会場を駆け巡る。
「――な、ななな……」
「宙返りは、ウチの騎士の腕だけどな。
ウチの<狼騎>も中々のもんだろ?」
アルマンド殿にそう声をかければ、彼は渋く顔を歪めつつも。
「ああ。獣型に変形するって発想は良いと思う。
近接戦闘主体なら、肉薄するまでは機動力がモノを言うからな」
評価するとこは、ちゃんと評価してくれているらしい。
「お、わかってくれるか?
ウチはさ、ルキウス帝国崩壊後の内戦やら<大戦>で最前線になったりで、<爵騎>持ちが多いんだが……」
理解を示してくれたのが嬉しくて、俺はアルマンド殿に詳しく説明を始める。
「みんな対人合戦仕様だから、戦線支える目的で重装甲が多いんだ。
結果、侵災が発生しても移動に時間がかかって仕方ねえし、いざ調伏となっても真正面からの殴り合いが主体でさ、被害がすげえのなんの」
それをどうにかしたくて、俺は<狼騎>に『魔物の攻撃をかわしつつ、一方的に攻撃する』機動力を求めたんだ。
「一目で見抜くとは、アルマンド殿は中々に良い目をしている」
「……そういえばホルテッサは、侵災が多いんだったか」
「そそそ。だから、あの騎体は即応部隊の隊長騎として造ったんだ」
なんせ侵災調伏で活躍するはずの勇者は、現在、ウチの国にはいねえからな。
「……国が違えば、<兵騎>の運用概念も変わってくるって事か」
「お、そこに気づくとはアルマンド殿、わかってるな!」
<兵騎>について語り合える同年代の男友達なんていなかった俺は、思いの外、彼が<兵騎>について語れるのが嬉しくて、ついつい興奮してしまう。
昨晩いがみ合った事なんて、すっかり忘れていたよ。
「せっかくだから、一緒に観覧しようぜ。
――モンド、アルマンド殿にもお茶を頼む」
アルマンド殿に隣の席を勧めると。
「……おまえ、変わった奴だなぁ」
「あー、最近、よく言われるな」
苦笑して頭を掻けば、彼は呆れたように表情を崩した。
「――あら、オレア。
わたくしは誘ってくださらないの?」
「――げぇっ!?」
昨晩は堪えられた悲鳴を、今日は堪えられなかった。
アルマンド殿との話に夢中で、接近に気づけなかったんだよ。
振り向くと、そこにはフローティア様が立っていて、たたんだ扇を口元に当てて、怖い微笑を浮かべていた。
「――フローティア様っ!」
俺とアルマンド殿は同時に直立し、最敬礼を取る。
もう条件反射のようなものだ。
……だが。
「……アルマンド殿?」
「……ひょっとしてオレアもか?」
同類の気配を嗅ぎ取り、俺達は思わずそのままがっちりと握手する。
「……なにを確かめ合ってるのかはわからないけれど、淑女を立たせたままにするのが、ホルテッサとランベルクの紳士のマナーなのかしら?」
フローティア様の批難に、俺とアルマンド殿は互いに半歩避け合って、ふたりで椅子を勧めた。
「――どうぞっ!」
「ええ、ありがとう」
悠然と歩を進め、椅子に腰を下ろすフローティア様。
俺達は一礼して、彼女の左右に座って、思わずため息。
そんな俺達に構わず、フローティア様は扇で入場口を示した。
「ほら、あれがウチのアーティが丹精込めて拵えた、<戦乙女>よ」
同時に、観客席が歓声に湧いた。
まあ、そりゃあそうだろう。
<爵騎>を除けば、一般的に<兵騎>と言えば雄型を指す。
だが、今回、ダストア王国が送り出してきたのは、その概念を打ち砕く、雌型の<兵騎>だ。
女性を思わせる曲線を描く胸部を銀の装甲で鎧い、やはり緩やかな曲線を描く肩甲と腰甲も銀色だ。
スカートを思わせる装甲服がそれら装甲から伸び広がり、頭部を覆う銀の兜には美しい羽飾りが付いていた。
紋様式の白の面には青の貌が描かれ、兜から背中に流れるたてがみは、まるで女性の髪のように青銀色に輝いている。
左手に半身を隠せるほどに巨大な紡錘形の楯を持ち、右手にはやはり身の丈ほどの大きな剣槍を携えている。
「……美しい騎体ですね」
アルマンド殿が呟き、俺もそれに同意してうなずく。
「ありがとう。
ウチは初代銀華様の影響で、女性騎士が多いでしょう?
でも、<爵騎>持ちじゃなければ<騎兵騎>騎士になれなかったのよ。
それがアーティには不満だったみたいでね。
ずっとひとりで勉強して……いろいろなツテを頼って。
そうしてようやく完成させたのが、あの騎体なの」
フローティア様は俺達に誇らしげに告げる。
彼女は騎体より、アーティの努力を認めて欲しいのだろう。
「イチから<兵騎>を作る大変さは、よくわかります」
俺の言葉に同意して、アルマンド殿もうなずく。
ひょっとしたら彼も<精騎>の製作に、直接携わっているのだろうか。
やがて観客席の前を巡っていた<兵騎>達が退場して行き、審判役のベルクオーロの<兵騎>が中央に進み出る。
最初の試合を行う国の名が告げられて、呼ばれた両国の<兵騎>が入場してきた。
どちらも都市国家群に属する騎体だ。
それを見下ろしながら、フローティア様は扇を広げる。
「――まあ、優勝はウチが頂くとして、あなた達も頑張る事ね」
そう告げるフローティア様は、自慢の妹の作品が敗れる事など微塵も疑っていない様子だ。
「ま、まあ。勝負はやってみないとわかりませんから」
「そうそう、試合は騎士の腕にも左右されるものですし!」
俺とアルマンド殿は、すでにいがみ合っていた事などすっかり頭から抜け落ちていた。
――ダストアにだけは負けねえ。
その想いで、俺達は気持ちをひとつにできた。
これまでに積もり積もった恨みを、晴らさでおくべきか!




