第18話 1
「――とういわけで、今日の試合はただの模擬戦ではなく、国の威信をかけた聖戦となった……」
オレア様が拳を握り締めて、ボクとステフに告げる。
「……道理でみんなが盛り上がってるわけですね」
<兵騎>展覧会の会場となっている闘技場の中にある、駐騎舎は各国の騎士や技師、それに王族まで詰め寄って、異様な熱気に包まれている。
先輩達から聞いた話だと、例年の模擬試合って、あくまで<兵騎>に使用されている技術のお披露目の一種で、試合の勝敗そのものはそれほど重要視されてないと聞いている。
「でも、そんな重要な試合に、ボクなんかが出て良いんですか?」
ボクの問いに、オレア様は肩を竦める。
「例年通りなら、近衛に任せて終わりなんだろうが、今年は<狼騎>を出すからな」
連合諸国会議に合わせて、毎年開催される<兵騎>展覧会。
とはいえ、新型<兵騎>なんてそうそう造れるものじゃなくて、基本的にはその国の主力<兵騎>の新型装備の展示が主になるそうで。
けれど、今年のホルテッサには<狼騎>がある。
ボクとオレア様の宝物のお披露目だ。
「国内じゃ、おまえほど<狼騎>を使える奴はいない。
頼むぞ、ユリアン!」
オレア様はボクの肩を叩いて、そう告げる。
その信頼に応えたくて、ボクも強くうなずいて見せた。
「……問題は雌型の用意が間に合わなかった事か……」
オレア様はステフを見下ろしながら言う。
「――ムチャ言うなぃ。
いくらあたしが天才サマでも、できる事とできない事があるんだョ!」
拳を振り上げてぷりぷり怒るステフは、ボクと同じ歳とは思えないくらい可愛らしい。
「前にも言ったが、ホルテッサからは雌型の素体が出土してねーから造れねーノっ!
そこまで雌型に拘るなら、おマエ、ウダウダ言わずにダストアの姫さんに頭下げて、素体を融通してもらえバ良かったろーガ!」
「おまえのぶっ飛んだ頭でも、できない事があったとは……」
驚く殿下の頭を、ステフは跳び上がって叩く。
学園時代の友人だという彼女は、オレア様であっても容赦ない。
オレア様が国内視察で連れ帰って以降、彼女を含む四天王は、王城内の色々な部署で大鉈を振るいまくっている。
そんな中で、ボクは技師として彼女を紹介されて、すぐに仲良くなった。
オレア様や工廠局長が太鼓判を押す腕を持つ彼女は、<狼騎>をさらに改良してくれたんだ。
「――ん? オレアお兄ちゃん、雌型の素体が欲しかったの?」
と、そんな声がかけられて顔を向けると、そこには作業用のツナギを着た少女が立っていて。
「――これが<狼騎>かぁ。噂を聞いてから、ずっと見てみたかったんだよねぇ」
金髪をツインテールにした彼女は、ボクらの背後の<狼騎>を見上げて目を輝かせる。
「おおっ!? 久しぶりだな、アーティ!」
そんな少女の頭に手を乗せて告げると、アーティと呼ばれた少女は目を細めて、オレア様に抱きつく。
「久しぶり、オレアお兄ちゃん。
<舞姫>をいじらせてくれてありがとうね!
すっごく楽しかったっ!」
「こっちこそ助かった。
あれが無ければ、<亜神>にやられてたからな」
談笑するふたりは、ひどく親密そうで、ボクはステフと顔を見合わせて首を傾げる。
「……ステフ、あの子、誰?」
「あたしもしんねー奴だナ」
そんなボクらの言葉を聞きつけたのか、少女はオレア様から離れて、ボクらに向けて腰を落とす。
「あたし、アレーティア・ダストア。
一応、ダストア王国の第二王女やってます」
「――ダストアの人形姫カっ!」
ステフが驚きの声をあげて、アレーティア殿下と握手する。
「あたし、ステファニーっていいマス!
どうぞステフって呼び捨ててください!
いやあ、殿下とはぜひお話したいと思ってたんですョ!」
「……ステフが……」
「――敬語だと……」
ボクとオレア様が驚愕する。
オレア様だけじゃなく、工廠局長や大学の年配の教授達を平気で罵倒し、時には殴りつけさえする彼女が敬語を使っているのを、ボクは初めて見たよ。
「バカヤロー!
天才には敬意を払うモンなんだヨ!」
「ステファニーっていうと、ひょっとして放浪の狂学者?」
アレーティア殿下が首を傾げて尋ねると。
「ご、ご存知でしたカ。お恥ずかしい」
ステフは頭を掻いて、顔を赤くする。
「――嬉しいっ! あたしもあなたとはぜひお話してみたかったの!
あなたの論文、読ませてもらったわ!
魔道器官の弱い人でも、<兵騎>を戦闘稼働出力まで持っていくってやつ。
あとあと、余剰魔道を騎体反応に変換するっていうのも!
ウチの新型の<戦乙女>にも使わせてもらってるのよ!」
「――アレをご理解頂けたンですカ!?」
「むしろなんでアレを各国が取り入れないのか、不思議でならなかったわ!」
途端、ステフは駐騎場ブースで作業中の工廠局員達に顔を向け。
「見ろ見ロ! わかる人にはわかるモンなんだヨ! バーカっ!」
拳を振り上げて叫ぶ。
溜まってるなぁ。
<狼騎>の改良案で、工廠局員が理解できないからって、除外されたものがたくさんあったもんね。
工廠局の技師や鍛冶士のみんなも、決して無能ってわけじゃない。
オレア様の思いつきで始まった<狼騎>建造計画を、情熱だけで実現したんだから、むしろ有能を通り越して、匠と言っても良いはず。
けれど、そんなみんなでも、ステフの理論は理解できなかったんだ。
だからこそ、彼らはステフに罵倒されても、苦笑して頭を掻くしかない。
みんなもステフの案を実現できなくて、悔しい思いをしていたからね。
「いやあ、どこの国でも鍛冶士や技師って、自分が理解できないものは採用したがらないからね」
そんなステフに、アレーティア殿下は肩を竦めて見せる。
「ウチでもそうだったよ。
仕方ないから、<戦乙女>の試作騎はひとりで造る事になったんだよね。
おかげで完成まで三年もかかっちゃった」
「おひとりでっ!?
――さすが殿下!」
ステフの興奮が止まらない。
キミ、オレア様にだって、殿下なんて使わないじゃないか。
「やだ、ステフちゃん。あたし達もうお友達でしょ?
あたしの事はアーティって呼んで」
両手を取り合って、興奮するふたり。
「どうもやべーふたりを引き合わせてしまった気がする……」
オレア様が苦笑しながら呟く。
ボクも同感だったから、頷きを返す。
「ところで、あなたが<狼騎>の騎士?」
アレーティア殿下に声をかけられて、ボクは胸に拳を当てて最上位敬礼。
「はい。
ジュリア・スローグと申します!」
途端、彼女は目を輝かせて、ボクの手を取った。
「――まあ! 『竜王子と銀狼』のユリウスね!」
「――ぐっ……ご、ご存知で……」
王城の侍女達が出版しているロマンス小説で、ボクをモデルにした人物の名を出されて、思わずたじろぐ。
小説の中で、ボクはオレア様の危機を助ける男性騎士として取り上げられているんだ。
実際はボクがオレア様に救ってもらったというのに。
「あら、でもジュリアって……」
アレーティア様はボクの頭の先から爪先までを見渡して、首を傾げる。
今のボクは新規にデザインされた、女性騎士服を着ている。
「どう見ても、女性よね?」
タイトスカート姿だから、疑いようがないだろう。
「ねえ、オレアお兄ちゃん。
ホルテッサでも女性騎士の登用を始めたの?」
「ああ、ユリアン――ジュリアが我が国初の女性騎士だ。
すげえんだぜ。
男のフリして一年、ウチの<地獄の番犬>隊で訓練してたんだ」
「ええっ!? <地獄の番犬>って、ホルテッサ版の東方騎士団よね?」
ダストア王国の東方騎士団といえば、ホルテッサでも有名だ。
その訓練内容は、<地獄の番犬>と同じく頭がおかしいものばかりだそうで。
「でもでも、女性なのに雄型の<狼騎>に乗ってるの?」
不審げに尋ねるアレーティア殿下に、オレア様は苦笑。
「ぶっちゃけ、その状態でも近衛よりつえーんだよ」
ボクは<狼騎>しか使った事がないから、よくわからないんだけど。
女性に転換された事のあるオレア様が言うには、雄雌の型が合わない<兵騎>に合一すると、窮屈な服を無理やり着込まされたような違和感があって、うまく動けないそうで。
「もったいない! 雄型に乗ってもそれなら、雌型ならもっとってことじゃない!」
アレーティア様が興奮したように、ボクの手を取る。
「決めたわ。あたし、あなたの為の騎体を用意してあげる」
「え!? でも、ボクは<狼騎>が気に入ってて……」
オレア様がボクに預けてくれた、大切な宝物。
「大丈夫よ。<狼騎>をベースにするから!」
ボクは思わず助けを求めるように、オレア様を見ると。
「良いじゃねえか。雌型<狼騎>は元々計画してたろ」
「そうですけど……」
ボクはオレア様が造った<狼騎>だからこそ、愛着があったんだけどなぁ……
こういう気持ちがわからないから、オレア様はダメなんだと思うよ。
悶々とするボクをよそに。
「そうと決まれば、図面起こしね。ステフちゃん、手伝って。
オレアお兄ちゃん、ホルテッサの技師を貸して。
予備で持ってきた<戦乙女>の外装を剥いで、素体に戻すわ」
「良いネいいネ! おマエら、さっそく取りかかレ! それが終わったら、予備の外装を雌型に改修ダ!」
アレーティア様とステフはすっかりやる気だ。
「ちなみにどのくらいで完成予定なんだ? 試合に間に合うのか?」
オレア様の問いに、ふたりはそっくりな仕草で顎に手を当てて。
「――五日ね!」
「――五日だナ!」
ふたりそろって片手を突き出す。
「――早えな、オイ。
……てことは、決勝には間に合うって事か」
模擬試合はトーナメント式で、試合での破損修復やメンテナンスチェックがあるから、勝っても負けても一日一試合。
毎試合、全力で望めるようになってるんだ。
「ふたりが協力してくれるなら、俺の案も実現できそうだな……」
と、オレア様もノリノリで。
……まあ、オレア様の手が加わるなら、新しい<狼騎>も悪くないのかもしれない。
でも、ボクにもどうしても譲れないモノがある。
「――き、騎体の色は黒でお願いしますね!」
これだけは絶対に譲れないんだ!




