表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/262

第17話 4

「――アルマンド様! おやめください!」


 周囲に集まってきた各国の王族の中から、そう叫んで進み出てきたのはリッサ様だ。


「止めるな、リッサ!

 君を誑かしたあいつを、俺は赦せない!」


「――誑かしたぁ!?」


 なにがどうしてそうなった?


「アルマンド殿、君は思い違いをしているぞ」


「そうです! オレア様はわたくしを誑かしてなど……」


「――黙れ! 俺は知ってるんだぞ?

 貴様は国内でも、多くの女性を侍らせて悦に浸る、無類の女好きだそうじゃないか!」


「――ハァっ!?」


 誰の事だよっ!?


「それだけでも軽蔑すべきなのに、あろうことか貴様は俺の婚約者にまで!」


「ですから、それは勘違いだと申し上げております!」


 リッサ様はアルマンド殿の手を掴んで、必死に訴えた。


「だが、君は奴と街遊びに出かけるのだと、嬉しそうに言っていたじゃないか!

 ――そう、嬉しそうに!」


「ですからそれは――」


 ふたりが言い合う隙に、俺は助けを求めるようにソフィアに視線を送った。


「どうもアルマンド様は、婚約者のクラリッサ様を殿下に取られたと思い違いをしてらっしゃるようですね」


 扇で口元を隠しながら、ソフィアは解説する。


 あー、一緒に街に行く約束の所為か。


「だが、俺が女好きってなんだ?

 俺が多くの女を侍らせてるって、どこからそんな勘違いが生まれた?」


 途端、ソフィアは視線をそらした。


「おい、おまえその顔は知ってるな?」


 俺はソフィアの扇を払って、その顔を覗き込む。


 あらわになった口元は、明らかに笑いをこらえて歪められている。


「言え、なんで俺が女好きなんて事になってるんだ?」


 問い詰めれば、ソフィアはシラを切るのを諦めたのか、明らかに楽しげな表情を浮かべた。


「……城の侍女や女官が、執筆活動してるの知ってるでしょう?」


「ああ、俺やロイドなんかをモデルにした、なんだっけ……ロマン小説って言うんだっけ?

 男同士がイチャコラするんだろ?」


 書籍として販路形成までしているというから、驚かされたんだよな。


 俺は興味がないから読んだ事なかったが。


「それなんだけど、現在、いくつかの派閥に分かれていてね。

 男性間の若干行き過ぎた友情を描いた王道派。

 殿下が周囲の男性に言い寄られる純愛派

 そして、男女間の恋愛を描いた正道派……」


 ウチの侍女達はどんだけ暇なんだよ。


 というか、それだけの派閥が城内の出来事を書籍として出版してんのかよ?


 ……待てよ?


 フローティア様がやたら俺の周囲に詳しいのって、ひょっとしてそういう本の所為なんじゃねえか?


「おそらく、アルマンド様は正道派傘下のハーレム派のものを読まれたのではないかと」


「――ハーレムだとぉッ!?」


 思わず俺は声を荒げた。


 アレはダメだ!


 滅ぼすべき文化だ!


 そもそも無数の女がひとりの男に群がって、称賛しまくるなんて気持ち悪くて仕方ない。


「大人気のようですよ。

 正道派の中核になりつつあるようです。

 ――さすが殿下。略して、さす殿が彼女達の合言葉のようでして……」


「その所為で、俺に実害出てんじゃねえか!

 ちくしょう、帰ったら覚えてろ!」


 んなもん、発禁だ。発禁!


「びーえるは許容できるクセに、ハーレムは赦せないとは、本当に殿下は変わってますよね」


 再び口元を隠しながら告げるソフィアを無視して。


 事情を理解した俺は、再びアルマンド殿に視線を戻す。


 彼もまた、クラリッサ様との口論が一段落したのか、こちらを見据えていた。


 その顔は先程以上に真っ赤に染まり、怒りに両拳がぷるぷる震えている。


「……人が決闘を申し込んでいる最中だというのに、愛人といちゃいちゃと……」


「――愛人!?」


 誰が? って、ソフィアの事しかないよな。


「――ちなみにわたし、現在、ヒロイン筆頭」


 勝ち誇ったように告げるソフィア。


「あー、アルマンド殿、本当に誤解なんだ。

 俺は――」


「誤解もなにもあるか!

 ――クラリッサ、見ていてくれ。

 俺が君に真実の愛を見せてやる!」


 やだ、こいつ!


 まるで人の話聞いてねえ!


 アルマンド殿は拳を胸の前に構えて、すっかりやる気になっている。


 どうする?


 もうぶん殴って黙らせちまうか?


 チラリとソフィアを見ると、その考えを否定するように首を振った。


 ――じゃあ、どうすんだよ!?


 今にも殴りかかってきそうな剣幕のアルマンド殿と、それでも首を振り続けるソフィアの間を、俺の視線は行ったり来たりだ。


「――やれやれ、やかましいね」


 そんな俺を救ったのは、ざわつくホールの中でも凛と響く澄んだ声音。


 人混みをかき分けて進み出てきたのは、白銀の髪を腰まで流した美しい女で。


 王族が着飾ったこの場で異彩を放つ、漆黒のローブをまとった彼女は、ワインのビンを片手に俺達のそばまでやって来て。


「――せっかく人が良い酒を愉しんでるっていうのに、良い気分に水をさすもんじゃないよ!」


 一喝と共に振り下ろされた両拳は、俺とアルマンド殿の頭を捉えた。


 鈍い音がホールに響き、俺の目の中に星が飛び散った。


 ――いってえ! 女の拳じゃねえぞ!?


 思わずうずくまる俺の隣で、アルマンド殿も同じように頭を押さえて、うずくまっている。


「――果て魔女殿だ……」


「……いらしてたのか」


「西の魔王……」


 周囲からそんな声が聞こえてくる。


「――また邪魔をするのか、果ての魔女!」


 頭を押さえてうずくまったまま、アルマンド殿が目の前の女にいきり立つ。


 だが、果ての魔女と呼ばれた彼女は、ワインをビンから直接あおって、鼻で笑ってみせた。


「そりゃ、こないだの戦の事を言ってんのかい?

 こっちは仕掛けた謝罪と賠償の用意があるつってんのに、ルーイン長河周辺の土地欲しさに攻め込んで来たのはそっちだ。

 あたしの領地に手を出そうっていうんだから、そりゃ反撃もするさね」


 ケタケタと笑って、彼女はアルマンド殿の前にしゃがみ込んで視線を合わせる。


「それにその件は、ウチとそっちの国同士で手打ちになってるだろう?

 いつまでネチネチほじくり返してたら、底が知れるってもんだよ?」


 それから彼女は立ち上がり、リッサ殿、それから俺を順繰りに見回す。


「……なるほどねぇ。

 おまえが噂の竜王子かい」


 金色の不思議な虹彩を持った瞳で見つめられ、俺は慌てて立ち上がる。


 魔女と呼ばれるからには、彼女は貴属――ウチのコラーボ婆と同列の存在だ。


 王族以上に敬わなければならない。


「お初にお目にかかります。

 ホルテッサ王太子のオレア・カイ・ホルテッサと申します」


 胸に拳を当てて、腰を落とす。


 王族である俺は、滅多にすることのない上位者への礼だ。


「ああ、あたしは果ての魔女のエイダさ。

 いや、ホルテッサだと西の魔王の方が通りが良いのかね?」


 中原に三人しかいない魔王の一角。


 中原西部に広がる最果ての森に住まう、シルトヴェール王国の守護貴属の異名だ。


「ご尊名は存じ上げております」


 果ての魔女は代替わりを繰り返しているそうだが、それでも彼女自身の名はルキウス帝国時代の書物にすら出てくる偉人だ。


 西の魔王の称号も、その当時に彼女自身に送られたもの。


 三百年以上を生きて、シルトヴェールを守り続けている、文字通りの守護なのだ。


「あたしもあんたの噂は聞いてるよ。

 男女問わずにお盛んなようじゃないか」


「――やっ、それはっ!」


 まさかウチの侍女達の本は、中原をまたいでシルトヴェールの魔女にまで届いているというのか……


 彼女達の販路の広大さに、俺は思わず戦慄する。


「バカだね、冗談だよ。

 そんなかたっ苦しくする必要はないさ。

 暴れる小僧共を叱りつけるのも大人の役目だからね」


 ひらひらと手を振って、再びワインをあおるエイダ様。


「とはいえ、ランベルクの小僧はこのままじゃ納得できないだろう?」


「当たり前だ! 俺はクラリッサを好色王子から守るんだ!」


 アルマンド殿はなおも怒りが収まらないのか、俺を睨みつけて叫んだ。


「だが、王族同士が直接争ってどうなる?」


 それなんだよ。


 下手に大怪我させてしまったら、国際問題に発展しかねない。


 万が一にも殺してしまったら、それこそ戦争だ。


「だからさ、あんたら配下を使って決闘しな」


「――は?」


 なにを言い出すんだ、この人。


「ホレ、明日、ちょうど良い催しがあるじゃないか」


 ……明日というと。


「<兵騎>展覧会で模擬試合が行われますね」


 ソフィアが俺に耳打ち。


「そうそう、それさ。

 王族を守る騎士同士が競い合って、決着とするのが良いだろう」


 途端、アルマンド殿はニヤリと笑みを浮かべた。


「良いだろう! ホルテッサなんて東部のど田舎の<兵騎>など、ウチの新型で打ち砕いてみせてやる!」


「――あ゛?」


 ちょっと待て。


 こいつ今なんつった?


「……ウチがど田舎だと?」


「事実だろう? ルキウス帝国亡き後、戦に明け暮れた野蛮の領域。

 ――それが東部だ。

 <兵騎>も野蛮なものが多いと聞くぞ!」


 挙げ句にウチの<兵騎>をバカにするだと?


「――騎士の国ナメんなっ!?

 良いだろう、やってやる。

 魔道しか取り柄のない頭でっかちなランベルクの<兵騎>など、ウチの<兵騎>でぶっ潰してしてやる!」


 額を打ち合わせて罵り合う俺達に、煽った当のエイダ様は笑い転げている。


「あらあら、<兵騎>自慢となれば、わたくしも混ぜてもらおうかしら?」


 そう言って、俺達の前に進み出てきたのはフローティア様だ。


「ウチのアーティが作り上げた<戦乙女>こそ最強と示す、またとない機会だわ」


 そういえばダストアでも新型を造ったんだっけな。


 妹自慢したさに、首を突っ込んできたというわけだ。


「いいね、盛り上がってきたね。

 どんどんやんな!」


 酒瓶片手に拳を振り上げ、煽りに煽るエイダ様だ。


 周囲の王族達も我が国の<兵騎>こそはと、名乗りを挙げ始める。


「そうとなれば、明日の為に用意しなくてはね」


 フローティア様がそう告げて退出し。


「明日は目にものを見せてやるからな!」


 アルマンド殿もそう吐き捨てて、踵を返す。


「――優勝国はクラリッサ公女を娶れるらしいぞ!」


 どこで話が行き違ったのか、ホールにはいつの間にか、そんな噂が飛び交い始め。


「あうぅ……なんで、なんでこんな事に……」


 涙目のリッサ様が呆然と立ち尽くす。


「あっはっは!

 こんな面白くなるなら、クレアも連れてきてやるんだったね!」


 そして、騒ぎをここまで大事にしたエイダ様は、声高に笑ってワインをあおっていた。


 こうして、いつの間にか<兵騎>展覧会で行われる模擬試合は、各国の威信をかけた戦いになってしまったのだった。


 第四部のプロローグとなる17話は、ここで終了となります。

 18話は<兵騎>試合のお話。

 久々に彼女が活躍しますよ~


 「面白い」、「もっとやれ」と思って頂けましたら、作者のモチベーションに繋がりますので、どうぞブクマや評価をお願い致します~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き、ありがとうございます!
ご意見、ご感想を頂けると嬉しいです。
もし面白いと思って頂けましたら、
ブックマークや↑にある☆を★5個にして応援して頂けると、すごく励みになります!
どうぞよろしくお願い致します。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ