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第17話 1

 高い天井の広いパーティーホール。


 天井はもちろん、あちこちの柱にも備え付けられた晶明器が煌々と輝き、会場をまるで真昼のように明るく照らし出す。


 並べられたテーブルには、参加各国の特産料理がふんだんに並んでいて、テーブルによってはコックが調理専用の魔道器を持ち込んで、その場で調理している。


 ――中原連合諸国会議。


 毎年、加盟国の持ち回りで開催されるこの会議。


 今年はパルドス王国の更に西、中原西域の入り口となるベルクオーロ公国が開催地だ。


 シルトヴェール王国、ランベルク王国、そしてここベルクオーロ王国の三国にまたがって流れるルーイン長河を西に望む公都は、西域諸国の入り口を名乗るだけあって発展していて、会場の大窓から見える街並みも綺麗に整っている。


 東西それぞれに商業区があり、南が主に居住区画に割り当てられ、北側が工業区なのだという。


 居住区に近い南門の外には、広大な農業用地が広がっていて、公都の食卓を支えている。


 国を縦断するように流れるルーイン長河の恩恵を受けて、ベルクオーロは農業大国として知られている。


 元々はランベルク王国の一部だったのだが、領主であった王弟が勇者パーティの魔道士として同行した功績で、公国として独立を果たす事になった。


 その為、現在でも北西にあるランベルク王国とは姉妹国家として親密な関係にあるのだと、ソフィアに教わっている。


 北東にダストア王国、南には都市国家群があり、この地は長く中原中西部の交通の要衝として知られていた。


 肥沃な大地を狙われて、長くパルドス王国に嫌がらせをされていた為か、先の戦役の際には、真っ先にパルドス排斥に署名してくれた、恩ある国でもある。


 ――あるのだが……


「ねえ、オレア様。

 オレア様は街歩きがご趣味なのでしょう?

 もしよろしければ、わたくしが公都をご案内致しましょうか?」


 俺の手を取って、甘い声色で尋ねてくるのは、このベルクオーロ公国のクラリッサ公女殿下だ。


 各国の王族のみが集う今日の夜会にふさわしく、きらびやかな銀糸のドレスを身にまとい、艷やかな金髪を結い上げ、碧の瞳を潤ませて、俺を見上げてくる。


 かたわらにいる、やや中年太りした男性――カルロス大公は穏やかな笑みを浮かべて。


「一人娘ゆえに、少々、奔放に育ってしまいましてな」


 などと優雅に口ひげを撫でつけている。


 いや、ダメだろう?


 一人娘なんだから、婿取りさせろよ。


 俺なんかにアピールさせてないで、他国の跡継ぎじゃないのに行くべきだろ?


「……こ、公女殿下」


 俺は呻くように、声を絞り出す。


「やだ! どうぞリッサとお呼びくださいませ!」


「で、ではリッサ様。

 私は明日からの会議に参加しなければならないので……」


 やんわりと断ろうとしたのが。


「お時間が空いた時で良いのです!

 オレア様には、ぜひ公都の街並みを見て頂きたいのですわ!」


 なんだ?


 なぜ彼女の好感度がここまで高い?


 来て早々に、俺はまたなにか陰謀に巻き込まれようとしているのか?


 チラリと俺のすぐ後ろに立つソフィアを見ると、ヤツもまた不思議そうに首を傾げた。


 自慢じゃないが、俺は目つきの悪さもあって、初対面の――特に女には良い印象を持たれない。


 前世の記憶が戻る前は、それを隠すために常に笑顔で居たくらいだ。


 それをやめた今、リッサ様が俺に好感を示すはずがないんだが……


 ソフィアと交わした視線、そして隠していたというのに、困惑する微妙な表情を読み取ったのか、リッサ様は胸の前で両手を打ち合わせる。


「ああ、失礼致しました。

 初対面なのにこんなにぐいぐい行ったら、オレア様も困ってしまいますわね。

 ですが、わたくし、オレア様には本当に感謝しておりますの!」


「……感謝?」


 俺が彼女に、なにかしただろうか?


 疑問に答えたのはカルロス大公で。


「先のパルドス戦役の直前、我が国も彼の国に軍圧を受けておりましてな……」


 リッサ様を王太子の第三妃として嫁がせるか、戦争かの選択を迫られていたのだという。


「あいつら、東西で二正面作戦するつもりだったのかよ……」


 思わず頭を抱えそうになる。


 そんな国力はパルドスにはなかったはずだ。


 いや、キムナム王太子とキムジュン第二王子、それぞれが別々に動いていたのだろうか。


「いえ、殿下。ベルクオーロは戦えないと知っていての圧力ですよ」


 と、ソフィアが俺に告げる。


 カルロス大公が苦笑じみた笑みを浮かべながら、それに首肯する。


「我が国は武力を保持しない事を条件に、ランベルクから独立しておりますのでな。

 国家防衛はランベルクに頼っているのです」


「ああ、なるほど……」


 仮に攻められたとしても、ランベルクの駐屯軍によって防衛する必要があるため、ウチがやったような『よろしい、ならば戦争だ!』とは行かなかったのか。


「そんなわけで、クラリッサを差し出すしかない状況にあったのですが……」


 当のパルドスを、俺が王室ごと滅亡に追いやったもんな。


 その必要がなくなったというわけか。


「しかし、ランベルクは頼れなかったのですか?

 リッサ様は、この国の唯一の後継者でしょう?」


「元々リッサの婚約者になる予定だった、第三王子を養子に入れろ、と……」


 この国が独立したのがカルロス大公の父君の代だ。


 第三王子はリッサ様の従兄弟に当たる。


 血はまだまだ濃いから、そのまま当主に納まっても問題ないという、貴族的判断だったのだろう。


 この辺りは、公国という立場のつらさを表してるな。


 独立はしていても、武力を保有できないため、実質属国のようなものなんだ。


 まあ、その辺りは他国の事。


 下手に突いて、巻き込まれたくない俺は、曖昧に笑ってみせる。


「――なので、わたくし、ぜひオレア様にお礼を差し上げたいのです!」


 合わせた両手を傾けて、満面の笑顔でリッサ様は告げる。


 その表情からは、色恋やら政を抜きにした、ひたむきな感謝の念が感じられて。


「そういう事でしたら、お言葉に甘えて。

 ……時間ができましたら、ご連絡致します」


 正直、すぐには予定を立てられないが、会議開催期間は一ヶ月もあるから、どこかで調整できるだろう。


 俺がそう告げると、リッサ様もカルロス大公も笑顔で応じてくれた。


「――それでは宴を楽しんでいってください」


 カルロス大公のその言葉で、俺達はその場を離れる。


 互いに、まだまだ挨拶まわりをしなければならないのだ。


 それからしばらく。


「……疲れた」


 俺はホールの隅に設けられたソファにもたれかかって、襟を緩める。


 都市国家群の市長達に囲まれて、今回の会議で売り出そうと考えていた遠話器についてあれこれ質問され。


 シルトヴェール王国のブラドフォード大公には、紙幣についての説明を求められた。


 相手が王族級ばかりの為、ソフィアに説明させるわけにもいかず、俺が直接、説明していたんだ。


 まだまだ挨拶まわりをしなければならないのはわかっているんだが、さすがにちょっと休憩だ。


「もうお疲れなんですか?」


 臣下モードのソフィアが、ワイングラスを手に戻ってくる。


「表情筋が死にそうだ。明日は絶対に筋肉痛だぞ」


 ずっと笑顔で居たからな。


「長時間、あの表情をするのも、久しぶりですものね」


 前世の記憶が戻って以降、俺は笑顔の仮面を被るのをやめたからな。


 それをからかっているのだろう。


「さすがに他国の王族相手に、素を見せるわけにもいかんだろ……」


 顔を両手で揉みほぐしながら答えれば、ソフィアはいつもの黒くてフサフサの扇で口元を隠す。


 絶対に面白がってる。


「少しはあのおふたりを見習っては?」


 と、ソフィアが視線を向ける先――ホールの中央では、ミルドニア皇国のリーンハルト皇太子と並んで、ふたりの美少女が周囲の人々と談笑している。


 アリーシャ第一皇女とリリーシャ第二皇女だ。


 元々、社交界慣れしているリリーシャはともかく、つい半年前までホルテッサの下町で暮らしていたアリーシャが、よく王族同士の会話に混ざれるものだと感心してしまう。


 さすがはホルテッサ王都一の夜の蝶だ。


 他国の王族相手に、元高級娼婦という経歴を感じさせること無く、会話だけを武器に上手く立ち回っている。


 あいつのああいうところは、本当に尊敬できるんだよなぁ。


 きっと学院で一生懸命学んでいるんだろう。


「……俺はああはなれねえよ」


 ワイングラスを傾けて喉を潤し、深々とため息をつく。


 殴って片をつけるのは得意なんだけどな。


 俺には腹芸やら暗闘って才能はないんだよ。


 だが、今回の会議ではそれを求められる。


 本来なら去年のように、父上と母上が出席し、俺は顔出しだけのはずだったんだがなぁ。


 ――おまえ、そろそろひとりで行って来いよ。


 そう言って、親指立てた父上を殴りたくなったのは内緒だ。


 出発日前日になって、そんな事言いだしたんだぜ?


 今回は飛行船があるから、俺、城で父上達を待ってゆったりしてたんだよ。


 城の使用人達も、久々におふたりが帰城されるとあって、念入りに準備して待ってたんだ。


 なのに、直前になって遠話でそんな事言い出しやがった。


 クソっ。思い出しても腹が立つ。


 アレ、絶対に最初からそのつもりだったんだ。


 事前に報せると、俺がゴネると思って、直前になって連絡寄越したんだぜ、きっと。


「陛下も殿下の成長を願っての事でしょう」


「……考えを読むなよ」


 飛行船の旅路で、散々ソフィアに愚痴ったからな。


 今、なにを考えてるのかなんて、お見通しってわけだ。


 わかってるよ。


 父上は俺になにが足りてないか、よくご存知なんだろうさ。


 だからこそ、ひとりで今回の会議に赴くように指示したんだろうけどさ。


 人には向き不向きってあると思うんだ。


 疲れ果てた思考にワインが回って、少しぼんやりしていると。


「――あら? そこにいらっしゃるのは、オレア殿下ではありませんか?」


 そんな声に、俺は呼ばれるままに顔をあげる。


 ――げぇっ!?


 悲鳴を声に出さなかった、俺自身を褒めてやりたいくらいだ。


 数メートル離れたその場に、豊かな白金の髪をそのまま背中に流した少女が立っていて。


 着ているドレスはきっと、最近、彼の国で流行だというブランドのものだろう。


 薄く透けた生地の中に、黒を基調としたマーメイドラインのドレス。


 前世の天女の羽衣を彷彿させる、やはり薄く透けたショールを肩からまとい、彼女は俺達のそばにやってくる。


 ――フローティア・ダストア。


 ホルテッサ王国と北西で国境を接する、ダストア王国の第一王女だ。


 天敵の登場に、俺は思わず直立し、最敬礼で彼女を出迎えた。

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