閑話3
「――や、ザクソン。結婚おめでとう。遅くなっちゃって悪いね」
「いやいや、遠路大変だっただろう」
昼過ぎになってやってきた彼を歓迎し、私は応接室に招く。
「おぃおぃ、ノリスじゃん!」
ステフがソファの上に立って、両手を広げた。
リックもまた驚きの顔を浮かべ、窓際で煙草をくゆらせていたヴァルトもまた、同様の表情。
「オマエ、ザクソンの結婚式に来るつってたのに、結局来ねーでなにしてたんだョ!」
ソファのスプリングで勢いを付けたステフは、そのままノリスに飛び蹴り。
「ハハハ、悪かったよ」
対するノリスは笑顔のままステフの身体をすくあげて、クルリと身を回してステフを床に降ろす。
「モルテン領の立て直しが思ったより大変だったんだ。
自分で考えるって意識が薄い役人ばかりでね」
「あ、おい! 頭撫でンな!」
「あ、ごめん。つい、ね」
わかるよ、ノリス。
ステフは小柄だからね。
私もついつい、そばにいると頭を撫でたくなる。
私達は思い思いの席に着いて、メイドの入れてくれたお茶で一息。
「さて、手紙に応じてくれたって事は、前向きに考えてくれてるって事で良いのかな?」
私の問いに、ノリスは私達を見回して苦笑。
「モルテン領も、僕無しでも――まあ、僕の秘書の監督はまだ必要だけど――なんとか回り始めたからね。
あまり手を出しすぎると、今度は僕の指示なしでは動けなくなるから、良い頃合いだと思ってたんだ」
そう告げてカップを傾ける彼は、さすがセリスの兄だけあって所作が美しい。
「それにしても四天王、ねぇ」
ノリスは喉を鳴らして笑い、改めて私達を見た。
「君らに城勤めなんてできるのかい?」
かつての生徒会を知っているからこその言葉。
私は苦笑して、首を振ってみせる。
「だからこそ、調整役として君に声をかけたんだよ」
「そだぜぃ? オレアちんがいなくなった時だって、おマエがいればもちっとマシだったはずなんダ」
そうなんだよねぇ。
私達は個々の我が強すぎて、ノリだけで走ってしまうから。
自覚してるつもりの私でさえ、他の三人に当てられてそうなってしまうんだ。
その点、ノリスは商売に強いだけあって、物事を俯瞰的に捉えてくれる。
うまく引き込めば、私達のストッパーになってくれると思うんだ。
なにより、だ。
「――学術面の改革はステフが」
「おう」
ステフがソファにあぐらを搔いたまま、片手を上げる。
「土木建築方面はリックかな?」
「開拓地で覚えたからな。まかせとけ」
リックが親指を立ててうなずく。
「ヴァルトは騎士団――特に第二の改革だね」
「彼らには今後、政治ではなく戦術を学んでもらおうと思っている」
紫煙を窓の外に吐きながら、そう応じる。
「私は殿下とソフィアの補佐と、四天王の統括」
実際のところ、貧乏くじだ。
この三人をまとめるなんて、オレアがやれば良いのに。
でもあいつ、自分が面倒なものだから私に押し付けてきたんだ。
私の話を聞いて、ノリスは納得したようにうなずく。
「なるほど。経済面での頭が欲しいって事だね」
「農作物の流通についてなら、私も多少は覚えがあるんだけどね。
やっぱり専門家の知恵が欲しくてね。
どうか協力してくれないか?」
頭を下げる私達に、ノリスは腕組みして首を傾げる。
「ひとつ聞きたいんだけどさ」
私達を見回して。
「君らは学園卒業後、それぞれの道を歩き出したわけじゃない?
それがどうして今になってまた、集まろうなんて考えたわけ?」
ノリスの言葉に、私達は思わず顔を見合わせた。
そう。
<亜神>調伏後、私達はまた別れて、それぞれの道に戻る道もあったんだ。
けれど、そうはしなかった。
「前のオレアちんだったらさ、きっとあたしらは、こうして再結集なんてしなかったと思うサ」
「……そうだろうな。陛下の後を継いで、きっと可もなく不可もない……それなりの政治を執ってらしたはずだ」
「気に入らない事があっても、きっと笑って済ませてな」
「かつてのオレアは……そう、だったからね」
私達の力を求めて集めていながら、たいていの事は自分でなんとかしようとしていて。
ずっとそれをどうにかできないかと、私達は腐心していたんだ。
もっと私達を頼れと。
けれど、あいつは王城に呼び戻された日に至ってさえ、私達を頼ってはくれなかった。
「かつてのオレアはね。
私達を親友と呼びながら、ずっと一定の距離からは近寄らせてはくれなかったんだ」
「……わかるよ。
僕やセリスにもそうだったしね。
一番彼に近いはずのソフィアにさえ、きっと壁があったと思う」
私達はうなずく。
「それがサ……
あのバカ、<亜神>調伏の時、なんて言ったと思う?」
思わず目元を拭って、ステフが呟く。
あの時の感動は、きっと忘れられない。
「……想い合う気持ちを信じても良いってサ。
挙げ句に、あたしらに背後を任せてサ……たの、頼んだって……」
声を震わせるステフの背中をリックが撫でる。
「今の殿下は、かつてのような流されるだけの方ではない。
人の心を想い――だからこそ、いらない荷物まで背負い込もうとしてしまうはずだ」
かつてのように、笑顔のまますべてを諦め、捨て去ることを、今のオレアはできない。
ミレディさえも救ってみせたように。
きっとこれからも、なにもかもを救おうと守ろうとして、そのたびに傷ついていくはずだ。
「……なら、親友としては放っておけないだろう?」
「それにさ、なんだかんだで、やっぱオレアと一緒だと面白えんだよ!
なんていうのかな、よくわからんけど、俺達をまとめるのはアイツじゃないといけねえし、アイツがいるからこそ俺達はまとまれるんだよな」
珍しくリックが頭を使おうとしている。
黙考して聞いていたノリスは。
「確かにね。
以前の殿下なら、モルテン領の事だって、きっと自分でなんとかしていただろうね。
いや、領主のクビをすげ替えて、それで終わらせてたかな?」
モルテン領衰退の話は、セリスとステフから聞かされていた。
その顛末も。
私もノリスの意見に同意だ。
だからこそ、オレアがノリスに任せたと聞いた時は驚いたんだ。
そしてその話をノリスが受けたと聞いたからこそ、私は彼も巻き込もうと決めた。
「現在、王城内は<大戦>を忘れて貴族である事に胡座を搔いた者が多すぎる。
……オレアには味方が少なすぎるんだ」
偽皇太子事変での粛清で、腐敗貴族は一応ナリを潜めているけれど、きっと居なくなったわけじゃない。
あくまで大人しくしているだけだ。
恐怖が薄れたら、きっとまた暗躍を始めるだろう。
そのたびに粛清なんてしていたら、ようやく『人の想い』を理解しはじめたオレアは、また分厚い壁を築くか……最悪、壊れてしまうかもしれない。
……そんなことにはさせない。
僕とエレノアの想いを守ってくれたあいつを、そんな風にしてたまるものか。
「――ノリス・コンノート。
この通りだ。
私達だけでは力が足りない。
四天王なんて言ったって、個々の力はともかく社交界では私達は若造だ」
「知恵と力があっても、金とコネがない。
……わかるよ。
それを僕に補え、と……」
頭を下げる私達に、ノリスは黙考。
そして不意に笑い出す。
「ハハ! まったく、君らはさ!
殿下に一度は救われてるんだから、言うこと聞けくらい言っても良いのに!
殿下もそうさ。
僕を王城に呼びたいはずなのに、そんな事せずにモルテン領の立て直しを命じてさ。
――本当に君らはそっくりだ!」
そうしてノリスは立ち上がって、私達に右手を差し出す。
「みんな、顔を上げて。
そんな事する必要はない。
ザクソンに手紙をもらった時点で、僕の気持ちは決まってたんだ」
「……じゃあ」
「こちらこそ頼むよ。
僕だって殿下を支えたいんだ。
モルテン領を救ってもらった時に、そう思えた」
私達は思わずノリスを取り囲む。
ノリスは驚き、それから苦笑して肩を竦めた。
「僕も四天王に加えてくれ」
その言葉に、私達はノリスを抱えあげて胴上げした。
「――君ら、ホント、そういうトコだぞ!」
宙を舞いながらノリスが何か言っているが、私達は気にしない。
これが四天王のノリだ。
ようこそ、こちら側へ!
以上で、転生暴君第3部 暴君旅情編が終了となります。
王都を飛び出し、ホルテッサ国内を巡っての旅はいかがでしたでしょうか?
3部は、2部までに殿下が行った、急激な改革の帳尻合わせする為の部分でもありました。
また、殿下が他者の恋を識る事で、その想いに気づく為の物語でもあったのです。
2部に投稿した、フランとロイドの物語も、本来は3部で展開する予定だったのですが、2部の段階で、「他者の想い」に多少なりとも触れていないと、<伝承宝珠>の設定が崩れてしまうので、2部に盛り込むことにしました。
淑女同盟を応援してくださっていた読者のみなさんには、きっと3部は不思議な展開に見えたと思うのですが、ラストの展開をご覧になってご納得頂けたのではないでしょうか。
……ご納得頂けたらいいなぁ……
さて、次回からの転生暴君は!
ホルテッサ国内という地盤をある程度固めた殿下は、いよいよ国外に飛び出します。
本編中に何度か出てきた中原連合諸国会議の始まりです。
再び、淑女同盟のメンバーそれぞれに焦点を当てつつ、周辺諸国の説明なんかもできればいいなぁと考えています。
一部、作者の他作品とのクロスオーバーも考えているので、ご期待頂ければと。
ご意見、ご感想、どうぞお気軽に!
質問なんかでも良いですよ~
「面白い!」「もっとやれ!」と思って頂けましたら、作者のやる気がうなぎのぼりになりますので、どうかブクマや★をお願い致します!
それでは次回のあとがきにて!