閑話1
目覚めてから一週間もすると、俺もようやく気持ちの整理がついた。
具体的に言うなら、ソフィア達の前に出ても、ドキドキしたり顔が赤くなったりしなくなった。
いやあ、やっぱ慣れって大事だよな。
セリス達も昨日の夕方に、王都に帰ってきたそうだ。
意外だったのは、ステフはともかく、四天王の他の三人もくっついて来たって事だな。
ザクソンに領地は良いのか尋ねたんだが、復帰した親父さん――ザック伯が陣頭指揮を執って、むしろ背中を押される形で送り出されたんだとか。
当然、エレノアも一緒だ。
正式な披露宴はウォレスが復興し次第執り行われるそうだが、女神サティリアへの誓いは聖女セリスの元、すでに交わされているんだと。
そんなわけで四天王とエレノアは、今はウォルター家の王都屋敷に滞在中で。
「……それで、正式に四天王を部下として雇えって?」
「……うん、そう」
ソフィアの執務机の前で正座した俺は、素直にうなずく。
なんで正座か?
んなもん、土下座したからに決まってるだろう。
知ってるか?
大の男が、間髪入れずに土下座する光景ってのは、見る側にそれなりに衝撃を与えるものなんだぜ。
先日の逃走劇から一週間。
ようやく覚悟を決めた俺は、朝イチでこの部屋にやってきて、ソフィアに土下って見せたんだよ。
効果は抜群だ。
言い訳など一切せずに、ひたすらに頭をこすりつける王太子の姿は、心にクるものがあるだろう?
まあ、勝手に国内視察に飛び出したのは事実だし。
かと思えば、各地で騒動起こして王城の仕事を増やし、そのうえいきなり意識不明で帰って来て心配かけたあげく、起き抜けに顔合わせるのが小っ恥ずかしくて逃げ出しちまったからな。
アレコレ考えたうえでの、最善策が土下座だったんだよ。
おかげでソフィアも「――反省してるなら良いわ」って赦してくれたしな。
見た目はともかく、俺の作戦勝ちだ。
そんなわけで俺達は、俺が不在の間のあれこれの擦り合せをしていたわけだ。
俺は正座でな。
あくまで表面上は従順に。
ソフィアを刺激しないように、な。
「直属の部下って、ユリアンと同じ立場にするって事?」
「そうそう。
近衛はあくまで王族警護だからな。
ユリアンには三従士を預けて、俺直下の戦力として動いてもらうだろ?
四天王は政務含めての部下として活用しようかなって。
おまえの仕事も楽になるんじゃないか?」
あんなでも連中、学園では生徒会の業務を熟してたわけだしな。
ソフィアは書類にペンを走らせるのを止めて、しばし考え込む。
もうひと押しか。
「なあ、頼むよ。
おまえだってアイツらの能力は買ってるだろ?」
「……だから迷ってるのよ」
ため息交じりにソフィアは答える。
まあな。なまじ能力が高いだけに巻き起こす騒動もでかいからな。
「ねえ、お願い! ちゃんと面倒みるからぁ」
「拾ってきたネコ飼うのとは違うのよ!」
「わかってる! ちゃんと躾けるから、お願いだよぅ」
ここでトドメの土下座だ。
「ああ、もうっ!
わかったから、それやめて!
なんか罪悪感で一杯になるのよ、それ!」
……ふっ。勝った。
「その代わり、四人にはわたしの仕事も手伝ってもらうからね?」
ああ、好きなだけ使うが良い。
下手に暇させた方が、あいつらはやべーからな。
特にステフとリック。
「それで三従士って? あの研修生三人の事よね?
そんなに気に入ったの?」
「――劣化版の四天王……」
「あ、良いわ。想像がついた。
三人であなたにそう言わせるんだから、かなりのものね」
「――<亜神>調伏で、最後まで俺に付き合った」
「聞きたくないって言ってるでしょう。
その子達の事は、全部あなたとユリアンで好きにしてちょうだい。
わたしは四天王の件だけで十分!」
「じゃあ、部隊名は四獣士隊だな!」
「相変わらずのセンス……」
うるせえよ。きっとユリアンならわかってくれるぞ。
「それより、他にもあるんでしょう?
全部聞くから、いい加減にその格好やめてちょうだい」
ソフィアは執務机から立って、俺の腕を掴んで立たせると、ソファに招いた。
部屋の隅で控えていたフランが、流れるようにお茶とコーヒーの用意を始める。
俺は持ってきた手帳を開いて、今回の視察で書き留めていた事を説明する。
「――まずは地図についてだな」
ライルの考案した、紙幣作成技術の転用だ。
国内でしか見られず、勝手に国外に持ち出そうとすると白紙になるという発想。
あいつのああいう機転の利くところは、特殊部隊という場でも役に立つだろう。
「……ふむ。良いわね」
ソフィアも納得したようだ。
「国土地理院に正確な測量と製図をさせましょう。
宮廷魔道士達との連携が必要ね……」
「それなんだが……合わせて、鉄道を敷こうと思う」
「鉄道?」
そう。
旅の間、ずっと考えてたんだよ。
街道の整備は進んでいるとはいえ、あくまで石畳でさ。
ずっと獣騎車の中で座ってると、ケツが痛くてしかたなかったんだ。
王族用の特注の椅子でもあれだったんだ。
庶民の馬車なんて、もっとひどいだろう。
「街と街の間にレールを敷いて、連結した客車を<獣騎>に牽かせるんだ」
と、俺は鉄道の概念をソフィアに説明する。
「……確かに<獣騎>なら魔道の弱い人でも運用できるものね」
「だろ? 在野の魔道士に雇用を作ってやれると思うんだ」
魔道士の道は現在、すごく限られている。
宮廷魔道士になれなかった者は、冒険者になるか、学者になるか……それすらできなかった者は、私塾を開いて細々と生活するくらいしか道がないのだ。
「それだけじゃないでしょう?
<獣騎>やレールの量産で、鍛冶士や鉱山業、運送業も潤うわ」
「そこに気づくとは、さすがソフィア。
まずは量産体制を築く為に、北部の鉱山所有領に引こうと思うんだが……」
「ええ。調整するわ。
これがうまく行けば、国内の物流は一変するわよ!」
興奮気味なソフィアに、俺は苦笑。
さすが頭の回転が俺とは違う。
簡単な概念説明だけで、鉄道がもたらす利点を正確に理解してくれたようだ。
俺はコーヒーをひとすすり。
「次に、第二騎士団なんだがな」
「あー、言いたい事はわかるわ」
モルテン領での出来事を思い出しているんだろう。
あれでソフィアも官僚達も書類の山と戦うハメになったようだからな。
「ぶっちゃけ監査権限、いらねえだろ?」
監査隊――第二騎士団自体がそうなんだが、家督を継げない長男以下が多い所為か、あいつら権力やら政に目がないんだ。
そのくせ肝心の武はからきしで、今回の旅で遭遇した騒動ではいつも後手後手に回っている印象を受けた。
「でも、そうすると今度は領主達の手綱が握れなくなるわ」
「わかってる。だからさ、少し見切り発車になるが、議会制を取り入れようと思う」
「はあっ!?」
驚きの声をあげるソフィアに、手をかざして遮る。
「俺の考えはこうだ」
領主達による貴族院。
法衣貴族――官僚達による官院。
そして一定以上の税を納めた庶民による衆院。
「この三院に相互監視させながら議論させて、予算案や法案の作成、改定案を作らせる。
最終的には法案を大臣と俺達で審議して通すかどうか決めるんだ」
「ダメね。領主の権限が大きくなりすぎるわ」
だろうな。
なにせ抑えになる第二騎士団の監査がなくなるわけだからな。
「そこで各省庁に地方担当官を新設する。
第二が行っていた監査を、こいつらにやらせるんだ」
人が足りなきゃ試験でもして、かき集めればいい。
「第二はあくまで地方防衛に特化させるべきだ。
変に政治に関わらせちまったから、勘違いするバカが多くなる」
「……衆院っていうのは?
民を政治に関わらせて良いの?」
そこは俺も迷ったんだがな。
「一定以上の税を納められる者って条件をつける以上、それなりに頭が回る奴がなるはずだ」
民に知恵が行き渡っていない現在では、選挙制度までは導入できない。
立候補した奴に倫理試験でもして、参加させていくのが良いと思う。
「貴族院と官院の監視もあるし、おかしな事にはならないと思う」
「……それだけじゃないでしょう?」
まるで見透かすように、ソフィアは俺を見つめてくる。
やっぱわかるよなぁ。
「……ノリス・コンノート。彼を政治に引き戻したいんでしょう?」
ソフィアはため息をつきながら首を振った。
「わかるわ。彼の資質を商売だけで埋もれさせるのは、国としても損失よね。
でも、彼がうなずくと思う?」
「そこはなんとか頼み込んでだな……」
庶民の側から、そして商人としての立場で政治に関わってくれたなら、きっと良い方向に行くと思うんだ。
俺もまた、ソフィアを真剣に見つめ返して。
「……わかったわ。
でも、政治体制の根本から作り変えることになるから、すぐにとは行かないわよ?」
「わかってる。これは数年単位で取り組んで行こう」
義務教育が進めば、庶民達にも受け入れ体制ができると思う。
大臣達とも話し合って、時間をかけて作っていこう。
他にも現在の特許体制の見直しや、遊園地――これはすでに父上の承認を受けていたから、ソフィアもすぐに了承した――についてを話し合う。
およそ、今回の視察の旅で思いついた政策を話し終えて、俺はフランが注ぎ足してくれたコーヒーのおかわりを口に運んだ。
……あー、そういえば、コレも確認しておかなきゃいけないんだっけ。
「そうそう、ソフィア」
俺はカップを置くと、テーブルに両手を突いて身を乗り出す。
「――な、なによ? 急に」
顔を寄せられて、ソフィアは驚いたようだ。
「……おまえさ、俺のこと好きなの?」
「――――ッ!? ハァッ!? ハァッ!?
ななな、なに言ってるのっ!? ハァッ!?」
ソフィアがいつになく、でかい声を張り上げる。
「――ぶふっ!」
フランが顔をそむけながら吹き出し。
「わわ、わたしがあなたを好き? ハァッ!?」
「いや、なんとなくそうなのかなって思ったんだが……まさか俺の勘違い!?」
だとしたら俺、今、すげえイタい奴じゃね?
「――あ、そうそう。わたしサヨ陛下に用事があったんだわ! 大事な話よ。そうそうそうだったわ。いけないけない。忘れるところだったわ!」
めっちゃ早口でまくし立て、ソフィアはソファから立ち上がる。
「あ、おい! せめてどうなのかだけ答えていけよ!」
イタい奴かどうか、そこだけははっきりさせたい。
俺は立ったソフィアの手を掴み。
途端、ソフィアは――
「ひゃああ――――ッ!?」
悲鳴を上げて部屋から飛び出していった。
……そこまでか。
「……やっぱ俺はイタい、勘違い野郎か……」
そうだよな。
そもそも俺が誰かに好かれるコトなんて……
ちくしょう。涙が出てきそうだ。
思わずソファで膝を抱える俺の肩に、フランが手を乗せてくる。
「まあまあ、カイくん。
結論を出すのはまだ早いわ」
顔を上げると、フランはいつになく優しい笑みで。
「アンタも悪いのよ?
急に剛速球投げ込むんだもの。
多少は女心がわかるようになったようだけど、まだまだね……」
それからフランは、いつもの小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「見たでしょ? あの取り乱しよう。
アンタの成長に、まだお嬢様が対応できなかっただけよ。
ちょっと待ってあげて」
フランは再度、俺の肩を叩くと。
「ひゃーだって。ぶふっ。お嬢様もまだまだ可愛らしいわねぇ」
ソフィアを追って、部屋から出ていく。
残された俺は、膝を抱えたまま首を傾げた。
わっかんねえ。
やっぱ女はわかんねえ。
女になったけど、わかんねえや。