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第16話 13

 ――その瞬間。


 衝撃が駆け抜けて、教会のわずかに残っていた壁を吹き飛ばした。


 わたしは吹きつける黒い霧から結界を張って、わたし自身とユメ様の身を守る。


「……濃密な瘴気……出ちゃったか」


 わたしの結界に重ねるように、ユメ様もまた結界を張り巡らせながら、小さく呟いた。


 瘴気の霧の向こうに、天を突くほどに巨大な何かが蠢いているのが見えた。


 直後、轟音と共に<舞姫>が落下してきて。


「――殿下!」


 思わず叫んだけれど、漆黒の雌型兵騎は倒れ込んだままピクリとも動かない。


「――大怪異の爆侵地に居たんだ。

 たぶん、魔道器官が瘴気にやられて気絶してる。

 セリスちゃん、浄化をお願い!」


「――はい!」


 ユメ様がわたしの手を取って駆け出す。


「みんな! 大怪異――<亜神>だよ! 対処をお願い!」


 走りながらのユメ様の言葉に、<天使>を倒した先輩達が応じて。


 先輩達の駆る<兵騎>は、結界を張りながら瘴気の霧の中に飛び込んで行く。


「なんだぃナンだイ!?

 オレアちん、やられちまったのかイ?」


 ステフ先輩が結界の魔道器で身を守りながら駆け寄ってくる。


 わたし達三人は<舞姫>の胸部装甲を押し上げて、中を覗き込んだ。


 殿下は鞍の上でぐったりとしていた。


 面が床に落ちてしまって、合一が解けてしまっている。


 ユメ様とふたりで四肢の固定具を外して、殿下を騎体から下ろし。


「わたしが時間を稼ぐよ」


 そうしてユメ様は<舞姫>を見上げる。


「ここまでは修正できた。

 本当ならステージを開けないオレアくんは、即死だったはずなんだ……」


「――未来視、ですか」


「そう。でも、オレアくんはまだ生きてる。

 ここから先はわたしにもわからない。

 運命を捻じ曲げすぎて、もう見えないんだ」


 けれど、ユメ様は不安など感じてないかのように笑みを浮かべて、殿下の脇にしゃがみ込む。


「だからこそ、わたしはオレアくんに賭けてる。

 きっとこの子はやってくれるってね」


 殿下の胸に置いたユメ様の左手が青く輝く。


「――それは助けを求められる誰か……

 君もそうだって信じてるからね。オレアくん……」


 そして、ユメ様はステフ先輩に顔を向け。


「十分愉しんだでしょ?

 ここからはガチだからさ、そろそろ戻してあげてよ」


「ンだよ。バレてたのか」


「その方がオレアくんの為になるって思ってたんでしょ?」


「それもあったけどねぃ」


「え?」


 わたしはふたりがなにを言っているのか理解できずに、首を傾げてしまう。


「――ま、時間がないからね。手っ取り早く、お願いするよ」


 そう告げてユメ様は、<舞姫>の鞍へと上がる。


 面に金の(かお)が描かれ、漆黒の兵騎はゆっくりと立ち上がる。


 すごい勢いで飛び込んできたのに、<舞姫>には傷ひとつないように見える。


 本当にすごい騎体なんだと、改めて思った。


 だからこそ、殿下には怪我らしい怪我を負わずに済んだのでしょうね。


『頼んだよ!』


 そう言い残して、ユメ様もまた瘴気の霧の中に飛び込んでいき。


 残されたわたしは、殿下のそばに膝をついて、浄化を始めようとしたのだけれど。


「ちょっと待った、セリスちゃん。

 浄化ついでにオレアちんを男に戻すぜぃ」


「――戻せるのですか!?」


 わたしの問いに、ステフ先輩は苦笑しながらうなずく。


「ぶっちゃけフラムベールに居た頃には、方法はわかってたんだョ。

 ただ、オレアちんを説得するのが面倒くせーから、黙ってたんだワ」


「その方法とは?」


 殿下の説得が必要というからには、さぞかし大変な事なのでしょう。


「元々あのティアラは恋人同士の遊戯場のプレゼントで、女向けの魔道具だからねぃ。

 異性と粘膜接触すれば、魔法は解けるってワケだ」


 ステフ先輩が調べたところ、あのティアラは女性が理想とする姿に変身できるものだったのだそう。


 ただ、ジョーク機能で性別転換の効果も付与されていたそうで。


「――粘膜接触?」


「キスだよ、キス!

 もちろんそれ以上でも良いんだろーが、今はそんな場合じゃねーしナ!」


 ――それ以上。


 想像してしまって、思わず顔が熱くなってしまう。


「ナ? オレアちんに説明しても、説得が面倒くさそうダロ?

 王都に戻ってから、時間をかけて説得するつもりだったんだが、ちょうど今は意識がねーんダ。

 セリスちゃん、一発ぶちゅっとけ!」


 親指立てて促すステフ先輩。


「え? えええぇぇ!?」


「うっせうっせ! 余裕がねえんだ。ツベコベゆーナ!

 あたしゃ知ってるンだぜぃ?

 瘴気に侵されたヤツを浄化する方法で、一番効くのは魔道を繋げての整調だってナ!

 要はキスだろ?

 ――ほれ、はよはよ!」


 そ、そんなぁ。


 確かにそういう方法での浄化もあるけれど。


 殿下の瘴気侵渡は、確かにそのレベルの浄化が必要に見えるけれど!


 脳裏に浮かぶのは、わたしを受け入れて、今回の旅に送り出してくれた淑女同盟のみなさんの顔で。


「そ、そんな……抜け駆けのようなこと……」


 ――そもそもわたしなんかが殿下と口づけなんて……


「医療行為だっつってんダロ!」


 声を張り上げたステフ先輩は、両手を伸ばしてわたしの顔を左右から挟んだ。


「――セリス・コンノート!」


 まっすぐわたしの目を見て、わたしの名前を呼ぶ。


「アンタだって、オレアちんのコト、大好きなんだろ?

 なにが抜け駆けだイ!

 人を好きになるのが綺麗事だけじゃないって、アンタは思い知ったはずダロ?」


 コツン、と。


 わたしの額に額をくっつけて。


「あたしの相棒が、仲間達が、今も命がけで時間稼いでくれてんダ。

 ウチらの大将の復帰を信じてサ。

 頼むよ。セリスちゃん……」


「わたしで……わたしなんかが、良いのでしょうか?」


「どーせ、大将は意識がねーんだ。

 それにさ……」


 額を離し、ステフ先輩はわたしの鼻に人差し指を当てる。


「この旅で、アンタのコトはよーっく見せてもらったからね。

 あたしゃ、アンタを応援してるのサ」


 そうしてステフ先輩はニヤリと格好良く笑う。


「女を見せろヨ、セリスちゃん!」


 背中を思い切り叩かれて、わたしの覚悟は決まった。


 胸の前で両手を組んで、魔道器官を意識する。


「――女神サティリアに請い願う……」


 浄化の(ことば)に魔道を乗せて、わたしはゆっくりと殿下に顔を寄せる。


 自分の鼓動がすごくうるさい。


 顔も熱くて、きっと耳まで真っ赤に染まってるはず。


 婚約者だった時でさえできなかった事を、今から殿下にしようとしている。


 かつて、いつの日にかと願い……そしてその道を閉ざしてしまったのは、わたし自身の行いだというのに。


 ――みなさん、ごめんなさいっ!


 殿下の唇に唇を重ねて。


 初めて感じる柔らかさに、鼓動が跳ね上がったのを感じる。


 わたしはそれを押し殺すためにも、静かに目を閉じた。


 殿下と魔道が繋がる。


 魔道器官に絡みつく穢れの気配をたどり、わたしの魔道を通して、殿下の魔道に整調をかける。


 心の中でサティリア様へと祈りを捧げた。


 ――どうか浄化を!

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