第16話 6
ザクソンの結婚式を三日後に控えた今日。
俺達はウォルター領都ウォレスへとやってきた。
正式な招待状を持つ俺とセリスは、そのまま獣騎車でザクソンの屋敷に向かうのだが、領都の入り口でリック達と別れる。
セリス以外で屋敷に同行するのは、ロイドとユメだ。
獣騎は今はロイドが騎乗している。
ユメはフランの荷物から借りたメイドの格好をさせている。
フランは先触れとして、すでに屋敷に滞在していて。
先行したフランを獣騎で送り届けたメノアは、獣騎を隠す為に街の外で半べそで野営していたんだが、ライルやパーラと合流して引き続き街の外で待機だ。
メノアにはめっちゃ泣かれたけど、これも研修の一環と思って欲しい。
別れた元生徒会メンバーと、ケラウス市から同行させたエレノアは結婚式当日まで街の宿に滞在予定だ。
いつでも連絡が取れるよう、待機しているステフとパーラには遠話の魔道器を渡してある。
<大戦>期には前線の砦として用いられたウォレスは、強固な城壁を持つ城塞都市だ。
城下を見下ろす小高い丘の上に、当時の名残りである城郭があり、ウォルター家の屋敷は戦後になって新たに建てられたものだと聞かされていた。
屋敷の馬車留めは、すでに結婚式の招待客の馬車で一杯で、俺達の獣騎車は城郭の方へと回される事になった。
ロイドとユメ、合流したフランが獣騎車から、用意された客室に荷物を運び込む。
俺とセリスは使用人に案内されて、応接室に通された。
しばらくして現れたのは、ミレディをともなったザクソンで。
「――はじめまして。
オレア殿下の名代として参りました、オレーリア・クレストスです。
このたびはご結婚、おめでとうございます」
俺はセリスに手伝ってもらって着込んだドレスの裾を摘み、優雅にカーテシーしてみせる。
ソフィアの行儀見習いを見てたからな。
これくらいの作法は余裕だ。
ザクソンは一瞬だけ呆けたような顔を見せたが。
「あ、ああ。はじめまして。
ザクソン・ウォルターです。
こちらはミレディ」
……おい、頼むぜ。
俺は表情に出ないように意識しながら、ミレディにも挨拶する。
エレノアからは、ミレディはひどくくたびれた様子だったと聞かされていたが、今のミレディはそんな様子はまるでない。
むしろ学園時代を彷彿させるような――自分が周囲から愛される事を当然と感じているような、一種の傲慢ささえ見て取れて。
あー、やっぱこいつ、俺の苦手なタイプだわ。
てか、王太子の名代がカーテシーしてんのに、こいつは直立不動ってナメてんのか?
俺がスカートを握り締めたのを見咎めたのか。
「――お、お久しぶりですね、ザクソン先輩、ミレディさん。
今回はお招き頂き、ありがとうございます」
セリスがそう言って、俺の隣でカーテシー。
おっと、悪い。
セリスにフォローさせちまった。
それから互いにソファに腰をおろす。
メイドがザクソンとミレディのお茶の用意を始めて。
「――あの、オレーリアさん。
殿下の名代と仰いましたが、殿下はあたし達の結婚式には来て頂けないのですか?」
予想通りの問いかけ。
だから俺は、フランに練習させられていた淑女然とした微笑を返す。
「ええ。なにぶん、各省の人事再編でお忙しいようでして。
従姉妹のソフィア共々、王城を離れられないのです。
ふたりとも、本当に残念がっておりましたわ」
途端、メイドが淹れたお茶を口に運んでいたザクソンが、大きくむせ込んだ。
「まあ、ザクソン殿、大丈夫ですか?」
「――や、やめ……い、いや。申し訳ない。大丈夫だ」
ザクソンは咳払いして、カップを置く。
「ところでザクソン先輩、どうして急にミレディさんとご結婚を?」
セリスが咎めるように――いや、本気で咎めているんだろうな――、ザクソンに尋ねる。
なんか知らんが、セリスはエレノアにすげえ肩入れしてるもんな。
「――あら、セリスさんならわかるでしょう?」
応えたのはミレディで。
ふわっふわに巻かれた茶髪を掻き上げ、誇るように告げる。
「あたし達、真実の愛に目覚めたの。
そうですよね? ザクソン様」
しなを作って、ザクソンの腕に寄りかかるミレディ。
セリスが息を呑むのがわかった。
「……ああ。
家を失ってもなお、健気に頑張る彼女に絆されてしまってね。
――これが真実の愛に違いないと、そう思ったんだ」
「はじめは落ちぶれたあたしなんてって、お断りしていたのだけれど――エレノアさんにも申し訳ないし……
でも、何度もお声をかけてくださるザクソン様に、あたしもつい……その、真実の愛を信じてみようって思えてしまって――きゃっ!」
あー、ぶん殴りてえ。
なぁにが、きゃっだ。
ぶってんじゃねえぞ。
なんて言い繕おうと、おまえがやったのは他人の婚約者の強奪だからな?
「そういう事ってあるわよね?
セリスさんなら、わかってくれるでしょう?
王太子妃の立場より真実の愛を選んだ、セリス様なら――」
今度こそ、セリスの周囲が凍った。
「――ええ、よくわかります。
けれど、『恋は盲目』とも申しますね。
わたしはそれを身をもって経験しました」
顔を引きつらせて皮肉るセリス。
手に持つカップがかすかに震えている。
顔は笑顔なのに、どこか引きつって見えるのは、俺の気のせいだろうか。
けれど、ミレディはそんなセリスの様子に気付かないまま。
「――あら、それは所詮、『恋』だったからよ。
あたし達は期間は短いながらも確かな――そう、確かな愛を育んだの。
これを壊せるモノなんて、どこにも存在しないわ!」
「へえ……」
おい、セリス。
そこで俺を見るな。
期待したって、今はなにもできないのはわかっているだろう?
俺だって、このクソ女をぶん殴りてえのを我慢してるんだから、今は抑えろ。
この話題はまずいな。
いつになくセリスが攻撃的だ。
「そ、そう言えば、ウォルター伯――ザック殿にもご挨拶を差し上げたいのですが」
本当はもうちょっと談笑して、ミレディの俺達に対する警戒を解いてからのつもりだったが、俺は段取りを繰り上げてその話題を切り出した。
「……申し訳ないが、父は今、病に臥せっていまして」
ザクソンの顔が曇る。
「まあ、それはご心配ですわね」
「一時期は命の危機にもあったんだが、ミレディが治癒魔法を使えて助かった。
朝晩問わずに、献身的に父の看護してくれる彼女には、感謝してもしきれない」
「あたしにとっては、お屋敷に置いてくださるご恩返しのつもりだったのだけど……」
「――そんな君の姿に、私は魅せられたんだよ」
「……ザクソン様」
途端、甘い雰囲気を出し始めるザクソンとミレディ。
おい、ザクソン。おまえもぶん殴ってやろうか?
俺はそんな想いを必死に押し隠して、ザクソンに笑顔を向ける。
「そういう事なら――ちょうど良いって言い方はよくないのでしょうが――セリスに診せてみませんか?」
「――え?」
ミレディが不思議そうな声を漏らす。
「あ、あたしでも治せないのに、セリスさんのようなお嬢様に――」
「あら、ご存知ありませんか?
セリスはね、今では大聖堂の聖女と呼ばれるほどに、治癒魔法に長けておりますのよ?」
「――へえ」
ザクソンがセリスに顔を向ける。
対するセリスは頷きで応え。
「たいていの病なら――それこそ恋の病以外は治せると自負してますね」
――きっとあえてだろう。
皮肉げにミレディに顔を向けて、そう胸を張ってみせる。
……おい、セリス。
だからなんでおまえ、今日はそんなに攻撃的なんだよ。