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第16話 5

「――それで僕らの部屋に連れて来たというわけか……まあ、間違った判断ではないな」


 僕はセリスに連れられて客室にやってきたザクソンの婚約者――エレノアといったか――を見て、うなずいて見せた。


「ヴァルトのクセに……なーにスカしてんだヨっ!」


 と、ベッドに腰掛ける僕の頭をステフが打ち抜いた。


 ヤツは隣のベットのリックのそばに居たはずだが……小さいから、目に入らなかったか。


 乱れた髪を整え、僕は侍女が運んできたテーブルセットに座るセリスとエレノアを見る。


「この件、殿下には?」


「おイ! 反応しろョ!」


 無視して僕がセリスに尋ねると。


「殿下にもお伝えしようとしたのですが……ユメ様との訓練に熱中しているようでして……」


「――なにっ!?」


 思わず僕は立ち上がって、窓際に歩み寄る。


 階下を見下ろすと、確かに殿下はあのユメとかいう、やたら殿下に馴れ馴れしい女と剣の訓練をしていた。


 長い黒髪を汗に濡らして、一身に打ち込む殿下。


 ……おお、麗しい。


 だが、その横のアイツだ。


「なんなんだ、あの女は!

 変な格好をして……あれで殿下を誘惑しようというのか!?」


「魔女の地元の装束らしいぜぃ。

 対亜神の技を伝授するんダと」


 ステフがベッドの上であぐらを搔いてそう告げる。


「――不吉な事を。

 まだ発生すると決まったわけではないだろう?」


「まあ、魔女の言う事だしねぃ。

 万が一を見据えてるンじゃねーの?」


 捉えどころのない女だが、不思議と殿下は信用しているようで。


 ミレディの行方を掴めたのも、あの女の力によるところが大きいだけに、頭ごなしに否定する事はできないか……


 しかし、彼女の殿下への距離感はなんなのだ。


 殿下も殿下で、それを許している風だ。


 この数日、観察させてもらったが。


 殿下はまるでソフィアに接するような――時にはそれ以上の気安さで、あの女に接しているように思える。


「――ユメ様は殿下の恩人なのですよ」


 なぜかセリスもあの女に懐いているようだ。


 ――おまえはそれで良いのか?


 思わずそう問いそうになって、僕は言葉を呑み込む。


 いかに今、殿下は女性の身になっているとはいえ、だ。


 他の女が殿下の周りをうろちょろしていて、セリスは平気なのだろうか?


 勇者にたぶらかされたとはいえ、セリスが殿下にした仕打ちはそうそう赦せるものではない。


 だが、この旅で彼女が殿下に対して、恐ろしく献身的に接しているのも目の当たりにしている。


 そこに恋慕の情があるのは、僕だってわかっているのだ。


 だが、そこに口を挟むつもりはない。


 お決めになるのは殿下なのだから。


 楽しげに紅剣を振るう殿下から視線を引き剥がし。


 僕は室内の面々を見回す。


「――さて、ザクソンの思惑の件だったな」


「いや、おマエ、まず鼻血拭けヨ」


 ステフに言われて、僕は鼻から血が垂れている事に気づく。


「……ふむ。少々興奮していたようだ」


 懐からハンカチを取り出して鼻を拭う。


「スカしてっけど、すげえカッコわりいかンな……」


 仕方ないだろう。


 離宮で僕の心を捕らえたオレーリア嬢が……


 ――ヴァルト殿。私を助けてくれ。


 かつての殿下と同じような言葉をくださった彼女が、実は殿下で、殿下が彼女で――いや、いまはこの思考は置いておこう。


 ここ数日、いくら考えても答えの見つからない、思索の迷宮に入り込んでしまうのだから。


 落ち着く為に、僕は紙巻き煙草を取り出して咥えると、火精魔法で着火する。


 窓を開けて、胸いっぱいに紫煙を吸い込めば、淀んでいた思考は途端に鮮明になっていく。


 吐息。


 それからザクソンの言葉について思考を巡らせる。


「あいつもまた、リックほどではないが、頭脳労働は苦手だからな」


 普段から言葉足らずなのは、数少ないあいつの短所だ。


 魔道は僕くらいに使いこなすくせに、それは論理立ったものではなく、経験と勘によりかかったものというのも癪に触る点だな。


「……セリスが感じたように、僕もザクソンがエレノアを実家に向かわせたのには意味があると思う」


「あたしも同意するネ」


 僕とステフは頷きあって、答え合わせをする。


「ヤツはミレディに対して、なにかしらの危機を感じている」


「……脅されている可能性もあるねぃ」


「――その危険から、エレノアを遠ざける為、あえて学園ではなく実家に戻らせた」


 ステフは頷きを返す。


「学園も警備はあるが……王都までの道中は無防備だかンな。

 実家の方が距離が近いし、駐屯してる第二騎士団も動きやすい」


「つ、つまりザクソン様は、私を守る為に実家に戻るよう仰ったと?」


 エレノアが席を立って尋ねる。


「ヤツが僕達の知っているザクソンのままなら、な。

 僕も半年前にミレディと話したが……少なくともザクソンをオトせるような魅力があったようには思えない」


 もっとも、人の心が単純ではない事は、僕も理解している。


 僕だって、今の殿下の事を思うと……


「――オィ、ヴァルト。

 また鼻血出てンぞ。煙草吸って落ち着け」


 ステフといい、ソフィアといい、僕の思考を読んでくるから厄介だ。


 僕は鼻血を拭って、再び紫煙を吸い込む。


「……なんとかザクソンと接触を図りたいな」


 そんな僕の呟きを聞きつけて、不思議そうな顔をしたのはリックだ。


「接触すれば良いんじゃね?」


「だが、ミレディがいつもそばに居るだろう?」


 ケラノール殿がエレノアの帰宅後、真意を問い正そうと面会に行ったそうなのだが、その時もヤツのそばにはミレディが居たのだという。


 エレノアも僕の言葉に同意するようにうなずいている。


 だが、リックはニヤリと笑い。


「うってつけの人がいるじゃねえか」


「――あーっ! ソっか!」


 リックの言葉に、ステフが手を打ち合わせて叫ぶ。


 その時、ドアがノックされて。


「――お姉さんをお呼びかな?」


 そう言って現れたのは、ソフィアの侍女のフラン殿だ。


 そうか。彼女の事を失念していた。


「さすがフラン先輩! 相変わらずの地獄耳っ!」


 ステフが茶化すように言って。


「それがわたしの仕事だからね。

 さて、それじゃあ計画を練りましょうか。

 ――久々の現場だから、お姉さん、張り切っちゃうわ」


 ホルテッサ王国宰相家であるクレストス家が誇る<暗部>。


 その次期頭領が動いてくれるという事実に、僕は思わず前髪を掻き上げて笑ってしまった。


 本当に殿下の周りは面白い。


 さあ、ザクソン。


 おまえがどんな思惑で動いているのか、吐いてもらおうか。


 そしてミレディ。


 ……詰めまで、もうじきだぞ。

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