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第15話 7

 ――獣騎車内は重苦しい空気が漂っていた。。


 いつもはパーラとメノアが駆っている獣騎だが、今日はロイドが駆って獣騎車を牽いている。


 王城へラインドルフとミレディの関係を調査するよう指示してから数日後。


 俺達は今、学術都市の南にある離宮へと向かっていた。


 リックとステフ、研修生三人組はフラムベールで留守番だ。


 馬車でも半日とかからない距離。


 獣騎車なら一刻足らずというところ。


 元々、離宮を訪れるつもりでいた為、モルテン領都にいる間に手紙を出していたのだが、その日が今日なんだ。


 できれば行きたくない。


 けれど、いまさら予定を変えるわけにもいかず、ステフには引き続きティアラの調査を頼んで、俺はロイドとフランをともなって離宮に向かう事にしたのだが。


「……おまえ達は来なくてもよかったんじゃないか?」


 俺は肘掛けに頬杖突いて、向かいの席に座るセリスとヴァルトに尋ねる。


「殿下にはお許し頂きましたが、直接、陛下にお詫びさせて頂きたいのです。

 いつか機会があったらと思っていたのですが……」


 それが今回だったというわけだ。


「僕もトゥーサム家の不手際の謝罪と釈明を……」


 俺は思わずため息をつく。


 こっちは久々に両親に会うってのに、こいつらそれにかこつけて謝罪だなんだと。


 ただでさえ、女になっちまった事を説明しなきゃいけないのに、気が重いったらない。


 そう。


 俺はいまだに男に戻れていない。


 ステフが言うには、もう少し時間がかかるそうで。


 そうこうするうちに離宮訪問の予定日が来てしまったんだ。


 俺の気分は重く沈んでいて、それに拍車をかけるように。


「それにしても、いまさら陛下に謝罪などと……恥ずかしくないのですか?」


 ヴァルトは隣に座るセリスに、不機嫌そうに言い放つ。


 こいつ、表向きは納得したはずなのに、セリスへの当たりが強いままなんだよなぁ。


「それを押しても、謝罪すべきと思ったのです」


 セリスは膝の上で手を握りしめて俯きながらそう答える。


「あー、おまえらやめろよ。

 ふたりしてそんな顔で陛下達に会おうってのか?」


 ぶっちゃけ父上の事だ。


 ふたりに関しては、笑って流すと思うんだよな。


 父上達は現在、政務の大半を王城に――俺とソフィアに丸投げしている。


 その俺が許してるとなれば、父上達が口を挟むわけがないのだ。


「――貴女こそ、その格好で陛下に謁見しようというのですか?」


 ヴァルトは眉間にシワを寄せて、俺を睨む。


 今の俺は、昨日セリスと街で買ってきた女物の服の中で、一番動きやすいものだ。


 正装しているヴァルトとセリスに比べると、ひどくみすぼらしいものに見える。


「いいんだって。どうせ陛下達も楽な格好してるに決まってるんだから」


 公式な場ならともかく。


 王城にいた時から、父上も母上もプライベートな時はそういう衣服を好んでいた。


「……特使見習い殿はずいぶん、陛下に詳しいのですね」


 探るようなヴァルトの視線。


 さて、どう答えたものか。


「――お嬢様は幼い頃、ソフィアお嬢様と一緒に王城に上がられた事もございますから」


 個室のドアが開いて、お茶の用意を終えたフランがやってきて、そうフォローしてくれる。


 今の俺はクレストス家の遠縁で、侯爵領の陪臣貴族の令嬢だとヴァルトには説明してある。


 座席前のテーブルにティーセットを並べながら、フランは続ける。


「ソフィアお嬢様が旦那様と共にローデリアに赴いていた折には、代わりに殿下の遊び相手も務めていたのですよ。

 ですから陛下とのご面識もあるのです。

 そうですよね、お嬢様?」


 よくもまあ、スラスラとそんな設定が出てくるものだ。


 驚きながらも俺はフランの言葉にうなずく。


「そ、そうそう。だから殿下の幼い頃の事もよく知ってる」


 途端、ヴァルトの顔が悔しげに歪んで俺を睨んだ。


 な、なんだよ。なんでそんな顔するんだよ?


「……おかげでとんだお転婆になってしまって。いまだに男の子みたいな言葉遣いが直らないんですよ?」


 一方、フランはニヤニヤと愉しげな笑みで、そう俺に言ってくる。


 仕方ねえだろ。


 無理に女言葉を使おうとすると、絶対、ボロが出るって。


 セリスは顔をそむけて笑いをこらえている。


 この身体になって、改めてユリアンの凄さを思い知ったよ。


 あいつはこの不便な女の身体で、一年もの間、騎士の訓練を――それも頭のおかしい<地獄の番犬>隊に混じって続けていたんだ。


 いくら獣属が身体的に優れているといっても、女である事は変わりないわけで。


 きっと様々な不都合が事があっただろう事は、今だからこそ想像できる。


 あいつに言ったらどうせ、兄貴や領民の為だからって、笑うんだろうけどさ。


 やっぱりユリアンはすげえヤツだと、改めて思ってしまうんだ。


 やがて獣騎車は離宮の外門をくぐり、正門前の馬車留めまでやって来て停車する。


「――それでは到着を伝えて参りますね」


 と、フランが個室を出ていく。


 これは昨晩のうちに決めておいたことだ。


 先にフランが父上達に会って、俺の状況を説明しておく手筈になっている。


 ヴァルトの前で俺がオレアだと名乗れないからな。


 別に面会の時間を取ってもらわないと。


 少し待っていると、フランが侍女を連れて戻ってきて。


「まずはお嬢様と面会なさるそうです。

 セリス様とヴァルト様はこちらの侍女の案内に従って下さい」


 これも予定通りだ。


 獣騎車を降りると、ロイドもすでに獣騎から降りていて、フランと並んで俺に付き従う。


 セリス達は侍女に案内されて応接室に通され、俺達はそのまま中庭へと向かう。


 なんでも隠居生活に入ってからの父上達は、晴耕雨読の生活を楽しんでいるそうで。


 この時間は晴れていたら、中庭で庭いじりに精を出しているそうだ。


 回廊を進むと、中庭の一角で父上と母上、それからネイト宰相がテーブルを囲んでいるのが見えた。


 向こうもやって来た俺に気づいたようで。


 父上は立ち上がると。


「ひ、ひさしぶり――ダメだ。

 あは、あははははははは――――っ!!」


 腹を抱えて大笑いし始めた。


 息子の惨状に、指さして目に涙まで浮かべて笑ってやがる。


 ……だろうよ。


 だから俺、来たくなかったんだ。


 母上もネイト宰相すらも、今の俺の姿を見て大笑いして。


 三人の爆笑は、俺が席に着いてフランがお茶の用意を始めるまで止むことがなかった。

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