第15話 5
結論から言うと、大図書館にある国内戸籍の写しを閲覧しても、ミレディの出自はわからなかった。
学生時代にヴァルトが調べたように、ログナー侯爵の養女になったところまでは戸籍に記載があった。
いや、逆にそこから突然、ミレディ・ログナーという女がホルテッサの戸籍に登場するのだ。
養女になったのは、彼女が学園に来る半年前。
ちょうど俺達が三年になったばかり頃の事だった。
「……フラン、どういう事だと思う?」
俺は代官屋敷であてがわれた部屋で、そう尋ねる。
風呂上がりの今、フランは俺の髪を丁寧に梳いてくれている。
「――まず考えられるのは、出生の届け出が困難な辺境の生まれの可能性ですが……」
「あのログナーに、そんなところまで出向く暇があったとは思えない」
俺が首を振ると、フランもうなずきで同意する。
ログナーはプライベートの素行はともかく、外務省内で親パルドス派と対立して閑職に回されていながらも、職務は忠実に果たしていた。
だからこそ親パルドス派が消滅した後、外務副大臣に引き上げられたんだ。
「なので、他に考えられる可能性としては、他国からの商人の子か、流民の子という線」
「……そもそも戸籍がなかったパターンか……」
スラム整備の一環で、現在では流民であっても居住を希望する場合は、役所への戸籍届けを法制化したのだが、それ以前は放置されていた。
「暗部ではそういう連中を調べる場合、どうするんだ?」
「基本的に人海戦術ですね。
周囲の人間に徹底的に聞き込みをかけます」
俺は思わず舌打ちする。
「目的が出自を調べる為なら、それでも良いんだろうが……
今はヤツの目的を検討する為に出自を当たってるトコだからなぁ」
いつものように頭を掻こうとして、その手をフランに止められる。
「せっかく整えたのですから、乱さないように」
「どうせ寝たら乱れるだろうに……」
口を尖らせるが、フランは首を振る。
女の身体ってのは、本当に不便なものだ。
「とりあえず王都に連絡して、暗部にミレディの出自を調べさせてくれ」
俺の指示にフランがうなずく。
それから俺は鏡台から振り返って、ソファに座るセリスを見る。
「――セリスは学園時代、ミレディと交流はあったか?」
それを聞きたくて、俺はセリスと研修生三人をこの部屋に招いていた。
「……交流と呼べるほどのものは。
お茶会で何度かお話した事がある程度でしょうか」
セリスは当時を思い出すように、宙に視線を走らせて。
「……今思えば、殿下や生徒会の皆さんのお話を好まれていたように思えますね」
そういう場で、俺達の情報を仕入れていたのだろうか。
「おまえ達はどうだ?
同じ学年だったんだし、なにか知らないか?」
研修生三人に話を向けると。
「とにかく男子にすごい人気でしたね……」
ライルが困ったような顔で答える。
「編入してきて、あっという間に派閥ができたよねぇ」
メノアもまた、そう答え。
「あの女、男に媚びるのが巧いのよ」
パーラが腕組みしながら不機嫌そうに続ける。
「科が違うから、直接交流があったわけじゃないですけど、騎士科にもあの女に入れあげてたヤツはいっぱいいましたよ。
まるで信者みたいに崇拝してました」
パーラの言葉に、俺は首をひねる。
「当時の三年はそこまでのヤツはいなかったように思えるんだが……」
俺が気づいていなかっただけなんだろうか。
「……人心掌握に優れているのか……なにか特別な異能でもあったのか?」
例えばアリーシャみたいな<魔眼>持ちとか。
「――そういえば~」
メノアが両手を打ち合わせて。
「悩みを相談すると解決の方法を教えてくれるって、噂になってましたよ~」
「ああ、それでしたらわたしも見た事があります。
お茶会で、他のご令嬢方の悩みを言い当てて、解決の道を示してらっしゃいましたね」
セリスがそう続ける。
「だから、女子にもあの女のシンパが居て、すごく好かれてるか、すごく嫌われてるかに分裂してたんですよ」
パーラはすごく嫌っている側だったようだ。
「――あーっ、わっかんねえなぁ……」
頭を掻こうとして――また、フランに止められる。
クソっ!
いろんな意味でストレスが溜まる。
ミレディが<亜神の卵>を使ってなにをしようとしているのかが知りたいのに、ヤツに繋がる情報はおろか、ヤツの過去すらもがわからない。
「……そこまで派手に振る舞っていながら、ここまで情報が少ないというのは――」
フランが俺の手を掴んだまま、ふと呟く。
「……どこかの工作員という線も考えられますね」
「ムリじゃね?
だって学園にも暗部はいたろ?」
俺やソフィアが入学していたのだから、暗部による警備は最大レベルだったはずだ。
だが、フランは首を横に振る。
「暗部の警備はあくまで外部からの干渉に対してでした。
……生徒達への警戒は、学園側の警備や教師に任せていましたから……」
学園に通う生徒は、基本的には素性がはっきりした者達ばかりだ。
だからこそ、その盲点を突かれる形となってしまったというわけか。
「……ログナーを処分してしまったのが悔やまれるな……」
ヤツが生きていたなら、ミレディについての情報ももう少し入手できただろう。
「……工作員だったと仮定して、何処の者だと考えられる?」
するとフランは笑みを浮かべる。
「――わかりませんか?」
それは彼女の主であるソフィアを思わせるようなもので。
「ミレディはログナーの養女だったのです。
そしてログナーが繋がっていた者は……」
「――ラインドルフかっ!」
フランはうなずく。
「すぐに王城に連絡をして、ラインドルフにミレディについて聴取を。
――最優先だ!」
俺の指示に、フランは一礼して退室していく。
ようやく一歩進めたような気がする。
「――そういえばライル。
ステフの方はどうだったんだ?
なにか進捗はあったか?」
ライルは今日一日、ステフを手伝ってあのティアラについて調べていたはずだ。
期待を込めてライルを見るが。
「……残念ながら。
先輩は奪い取――借りられた研究室にまだ詰めてますけど、先輩の知識にもない刻印が施されているそうで……」
いま、奪い取ったって言おうとしたよな?
ステフはまた無茶をしたようだが。
こっちはまだまだ時間がかかるという事か。
「よし、おまえら付き合え。
こんな時は鍛錬だ。鍛錬!」
俺は立ち上がって紅剣を取ろうとしたのだが。
「ダメですよ。殿下。
お風呂に入ったばかりでしょう?」
セリスが謎の圧を発しながら、俺を止める。
「もう少し、いまのご自身の身体を考えて下さいね?
せっかく可愛くなっているのですから」
「だ、だが……」
俺は可愛いのとか別に……
助けを求めるようにパーラを見る。
脳筋のおまえなら、理解してくれるだろう?
「あたし達もお風呂入っちゃったので、さすがにこれから鍛錬ってのはちょっと……」
パーラの言葉に同意するように、メノアもまたコクコクと首を縦に振る。
世の中の女ってのはそういうのを気にするのか?
おまえら、騎士になるんだろう?
そんなの気にしてていいのか?
「――ラ、ライルっ!」
俺がすがる思いでライルに声をかけるが、ヤツもまたセリスの謎の圧力に屈したようで。
「ま、魔法の鍛錬でしたら……」
引きつった笑みを浮かべて、そう答える。
「なんでしたら、わたしが治癒魔法をお教えしましょうか?」
魔法の鍛錬はセリス的にも問題ないようで、笑顔でそう言ってきた。
ちくしょう。
本当に女の身体ってのは不便だ!
俺はこういう時は身体を動かしたいんだよ!