第15話 2
トゥーサム侯爵家は領主でも法衣貴族でもない、『護陵』と呼ばれる特別な役割を持った家だ。
それはルキウス帝国時代から存在する役職で、ホルテッサ興国後もその役目は変わらず引き継がれている。
国内各地に点在する帝国歴代皇帝の墳墓を維持・管理するのが『護陵』貴族達の役割で、現在では王家墳墓の管理を任されている『護陵』家も存在する。
これはホルテッサに限った話ではなく、帝国から派生した国には名称こそ違っているが、似たような役職があるんだ。
というのも、帝国の歴代皇帝は自身の権威を示すために生前から巨大な墳墓を造らせていて。
死後にあってもなお権威を示すかのように、様々な副葬品と共に埋葬された。
それらの副葬品の盗掘を防ぐために作られたのが『護陵』という役職なんだ。
現在ではその歴史的価値から、墳墓は学術調査の対象になったりもしているのだが、調査の終わった墳墓は、観光客に公開されていたりもする。
トゥーサム侯爵家が管理するのも、そんな墳墓のひとつで。
「――副葬品が持ち出されていた?」
代官殿が告げた言葉に、俺は首を傾げる。
「ええ、年に一度の目録合わせで判明したそうで。
巧妙な偽物とすり替えられていたそうなのですよ」
一般公開している墳墓では、副葬品の目録が作成されている。
そして代官殿が告げたように、年に一度、現物との照らし合わせを行い、破損などがないかチェックするのだが……
たまたま今回それを担当したのがヴァルトだったのだという。
偽物に気づいたヴァルトは本物の行方を探る為、偽物が造られたと思われる、このフラムベールを訪れていたらしい。
「このフラムベールの大図書館には埋葬品の写真資料がございますし、その贋作を再現できる職人もおりますので……」
まったくの手探り状態から捜索するのだから、ヴァルトは条件の当てはまるフラムベールからと考えたのだろう。
「それで?
すり替えられてたってのは、いったいなんだったんだ?」
どうも嫌な予感がする。
ただの宝飾品なら、嫡男のヴァルトが直接捜査するまでもなく、家人を使えば済むはずなんだ。
ヴァルトが動かなければならないだけのシロモノが盗まれたとなると……
俺の視線に、代官殿は困ったようにため息をついて。
「――『亜神の卵』でございます……」
「――なんだとっ!?」
俺は思わず立ち上がってしまった。
「……そんな驚くようなモノなんですか?
その、なんとかの卵って――」
パーラが不思議そうに首を傾げる。
「――パーラ、おマエはもっと勉強しロ!
いいか? 『亜神の卵』ってのはナ!」
ステフがパーラの頭を打ち抜いて、説明を始める。
――『亜神の卵』
それは侵災調伏後に極稀に見つかる濃紫色をした玉石だ。
瘴気を帯びて周囲を穢すそれは、サティリア教会によって浄化されて厳重に封印される。
だが、帝国時代は浄化後に宝石として扱われていたようで、墳墓の埋葬品の中から見つかる事があるんだ。
「ソレそのものは、確かに綺麗な石でしかねぇんダけどナ」
だから『護陵』が管理している場合は、サティリア教会も封印を求めない。
教会の封印もまた、結界の施された封印庫に修めるという手段なのだから、『護陵』の管理とさして変わらないからだ。
「じゃあ、なんで殿下はそんなに驚いたんですか?」
「――問題なのは、その宝石が再度瘴気にさらされた時なんだョ……」
ステフは腕組みして、首を振る。
「パーラ、おまえ、パルドスの国土がなんであんなに荒れてるか知ってるか?」
俺の問いに、パーラは首を振る。
「……でも、話の流れ的に『亜神の卵』が関係してるんですよね?」
ホント、勘は良いんだよな。こいつ……
「そうだ。
帝国崩壊直後の戦国時代っていうから、今から百五十年ほど前か……」
連中は帝国の後継を僭称していながら、歴代皇帝にまったく敬意を抱いていなかったようで。
戦費の足しにしようとでも考えたのか、国内の墳墓を暴いたのだという。
納められていた副葬品の中には『亜神の卵』も含まれていて。
「買い取った商人は運悪く魔物に襲われ、積荷を捨てて逃げ出したそうだ」
「あ、わかった! その中に『亜神の卵』があったんですね?」
俺もステフもうなずく。
「キホン的に魔物は、生き物なら見境なしに襲うモンなんだがナ。
なぜか『亜神の卵』がある場合、それに引き寄せられるみたいなんダ」
理由は現在でも解明されていない。
魔物がそういう習性なのか、『亜神の卵』にそういう効果があるのかもわかっていないんだ。
――わかっているのはただひとつ。
「……瘴気を再び浴びた『亜神の卵』は一体の魔物を生み出す」
記録によれば、その魔物は竜にも匹敵する強さを持ち、侵源レベルの瘴気を発生させたのだという。
「パルドスの土地が荒れてるのは、その時の瘴気によるものダ。
……浄化が間に合わなかったんだナ」
――『亜神』と名付けられたその魔物は、パルドス国内を蹂躙し、そのままホルテッサ領にまで被害を及ぼそうとしていたのだという。
それを食い止めたのが、<王騎>に適性のあった二代目ホルテッサ王だ。
当時はまだ王太子だったそうだが、母であるコラーボ婆の力を借りて、なんとかホルテッサ国内に被害が出る前に食い止められたのだという。
本来ならパルドスはウチに感謝すべきなんだが……
あいつら、当時から頭がおかしかったみたいで。
見下していたホルテッサに救われた事が癪に触ったんだろう。
それ以来、連中はやたらとホルテッサを目の敵にして来たんだ。
「そんな事があってから、侵災調伏で見つかる玉石は<亜神の卵>と名付けられ、厳重に管理される事になったんだよ。
二度と<亜神>を生み出さない為にな」
「――そんなモノが盗まれたなんて、大変じゃないですか!」
ようやく理解が追いついたのか、パーラは目を丸くして叫ぶ。
「ああ。だからヴァルト自らが動いてるってわけか……
――城には?」
代官殿に尋ねると。
「トゥーサム候が事態判明時に報告書を送ったそうで、第二騎士団が捜査を始めているそうです。
また、ヴァルト君から話を聞いて、私からもフラムベールに犯人が潜んでいる可能性がある旨を送らせて頂きました」
「――上出来だ」
そうして俺は全員を見回す。
「ステフ、おまえは引き続きティアラの調査を頼む。
それ以外は全員でヴァルトに協力するぞ」
みんながうなずきを返してくれて。
タイミング良く侍女がやってきて、ヴァルトが目覚めたと告げる。
「それじゃあ代官殿、ヴァルトへの紹介を頼む。
俺とヤツは初対面って設定だからな?」
「だーかラ、おマエ、その俺って言うのヤめろッテ!」
ステフが俺の頭を叩いて。
「わ、私……私……うん、気をつければいける!」
しばらく「私」なんて使ってなかったからな。
気を抜かないようにしないとな。
俺がうなずくと、代官殿は侍女にヴァルトを呼んでくるよう告げた。
ヤツが来るまでの間。
――俺……じゃねえ、私は女。私は女。
まるで言い聞かせるように。
そう、心の中で唱え続ける事になった。