第14話 9
「――ちくしょう。違うんだよぉ……
こんな……こんなさぁ……」
いまだに嗚咽を漏らしながら号泣するオレアちんに。
「――はいはい。わかってますよ~」
フラン先輩は桶でお湯をかけて、石鹸を泡立てていく。
「男と女で尿意の感覚が違うってのは、面白い経験をしたもんだナ」
あたしは湯船の縁に顎を乗せてバタ足しながら、そんなふたりを見つめて呟いた。
ここは開拓村の公衆浴場だ。
かつて陛下が滞在した折、着の身着のまま一ヶ月を過ごして帰城したという事があったのだという。
その時の格好があまりにもひどい有様で、先代の宰相――ソフィアちゃんの父君だねぃ――が、開拓村に公衆浴場の設置を指示したんだとサ。
魔道器から吹き出す豊富なお湯が、開拓作業に疲れた身も心も癒やし、清めてくれるってワケだ。
規模の差はあったけど、周辺の集落にも公衆浴場は設置されていたから、こと風呂という点に関してだけは、この開拓村周辺は他領の農村より良い環境だ。
地方によっちゃ、いまだに川や湖で沐浴だったり、井戸水で身体拭くだけって村もあるからナ。
「――ステフ先輩、殿下もショックなのですから、あまりからかわないであげてくださいね?」
隣に座ったセリスちゃんが、困ったように告げてくる。
「わーってるっテ!
あくまで学術的見地からの発言サ」
そうしてあたしは再び、めそめそしているオレアちんを見る。
「オレアちんよぉ、筋力が落ちたのはわかったが、魔道はどうなんだい?
男の時と差はあるんかぃ?
元々魔法の使えなかったアンタだ。
その辺りの感覚はわかりやすいダロ?」
オレアちんは腕で涙を拭って、こちらに顔を向けようとして、慌てて止めた。
「――ンだよ。あたしのパンツ見ても価値がねーとか言ってたクセに……」
「は、裸はまた違うだろ……
ま、魔道は変わりないみたいだ。
紅剣があれば、普通に使える」
「あー、そういやアンタ、魔道器官が外付けになってるんだっけ。
アンタの状態だからそうなのか、女体化したらみんなそうなのか……オレアちんの例だけじゃ判断が難しいねぃ」
やがて身体を洗い終えたのか、オレアちんはフラン先輩に手を引かれて、湯船に浸かる。
コイツ、頑なに目を閉じてやがんノ。
「――今は女なんだから、別に見たらイイダロが」
「お、俺はそんな風には割り切れねーのっ!」
「だからって、自分の身体すら見れねえってどうなンだぃ?
シッコやンコの時もフラン先輩にやってもらうンかい?」
あたしは浴槽に仁王立ちになって、オレアちんに言う。
「そんなンだから、いつまでもビビって童貞のままなんだよ!」
「……ま、そこには同意かな。
カイくんは良くも悪くも、変に女を特別視しすぎてるんじゃない?
なってみてわかったでしょ?
女だって、おんなじ人間だよ」
フラン先輩がオレアちんの横で、苦笑しながらそう告げる。
「同じどころか……男よりよっぽど不便な身体だ。
胸は重いし、非力だし……その……アレだし……」
いまだに漏らした事を気にしてンのな。
「いーから、目ぇ開けンだヨ!
ここにゃ、アンタに見られたくらいでガタガタ抜かすヤツなんていねーんだカラ!
なあ、セリスちゃんだって別に構わねえダロ?」
「――ま、まあわたしも……あの、かつてはいつかは見られると、覚悟していたワケですし。
今の殿下は女性ですから……
その、ご自分の身体も見れないというのは、差し支えがあるのではないでしょうか……」
「ホラ見ろ! 気にしてんのはアンタだけダ。
セリスちゃんの言う通り、よく見て自分の身体を把握しとけっテ!」
言っちゃなんだけどサ、今のオレアちん、女のあたしから見ても良い身体してんだぜぃ?
この開拓村にいる間は、みんなアンタが女になったの知ってるけどサ。
ヨソに行っても女のままだったら、きっと学園時代のソフィアちゃんみたく、ヤローの入れ食い釣り堀開店ダ。
そうなる前に、しっかりと自分の状態を把握させて、対処方法を学ぼうって気にさせネーと。
あたしも学園に通うようになって知ったんだけどナ?
淑女教育ってのは、なにも気取って覚えるモンじゃなく、絡んでくるヤローをうまくあしらうタメのモンでもあるんダぜぃ。
ぶっちゃけいつオレアちんが男に戻れるのか、あたしにもワカンネーかんナ。
最悪、長くかかる場合を考えて、オレアちんにはそういった知識も身に着けさせる必要がある。
「け、けどだな――」
「あー、もうウダウダうっせーんダヨッ!」
面倒臭くなって来たあたしは、オレアちんの頭をひっつかんで、お湯の中に沈めた。
「……あら、荒療治」
「――ス、ステフ先輩、やりすぎでは……」
フラン先輩とセリスちゃんが目を丸くするけど、知ったこっちゃない。
昔っから、コイツは勢いにノレば強いクセに、走り出すまでが遅いんだ。
だからいつも勢いのノせるのは、あたしかリッくんの役目。
たっぷり三十秒ほど数えて、あたしはオレアちんの頭を離す。
「――ぶはっ! ス、ステフ、おまえなあっ!」
顔をあげて叫ぶオレアちんの目の前で。
あたしは腕組みして仁王立ちだ。
この完璧なあたしに、隠すべきモノなどなにひとつネーからナ。
オレアちんは指差したあたしの胸元に視線を向けて。
ゆっくりと自分のモノを見下ろして。
左右のふたりのを確認すると。
「……だよなあ?」
と、うなずきをひとつ。
それから再度、あたしの胸を見ると、鼻で笑いやがった。
「……上等ダ。そのケンカ、買ってヤルっ!」
あたし達の関係なんてこんなもんダ。
仲間が落ち込んでたら、バカやってはしゃいで洗い流してやる。
だからあたしは、オレアちん目掛けて思い切り飛び蹴りをかましてヤルのサ。