第14話 5
地下へと続く階段は、鉄錆に覆われていて、段幅がまばらで歩きづらかった。
……というかコレ、どう見ても停止したエスカレーターなんだよなぁ……
遺跡に入った瞬間に、俺が感じた違和感。
それはここが前世の世界の施設によく似ているように感じたからだ。
具体的には屋内アミューズメントパークだろうか。
上に続く階段は崩れていたから、ちゃんと確認はできていないが、ショッピングモールのように見えた。
星船なんかの、いわゆる漆壁系と呼ばれる遺跡とは明らかに違う。
外壁がコンクリっぽい素材な事といい、どうやら魔道帝国ってのは、最低でも前世の世界に近い文明水準にあったようだ。
いや、<古代騎>なんてものがあるんだ。
それ以上なんだろう。
魔法と科学を融合させたものが、鬼道になるのだろうか?
わかんねえな。
なまじ前世の記憶があるからか、推測がうまくまとまらない。
階段――停止したエスカレーターを降りた先は、長い通路になっていて、右側の壁が全面ガラス張りになっていた。
侵入者を察知する仕掛けでもあるのか、天井の照明が手前から奥へと順に着いて行き、俺達を警戒させる。
だが、なにも起こらないのがわかると。
「――フム。
地下にこれほどの空間を造れるとはナ」
ステフがガラス壁に張り付いて、うめくように言った。
そう、この通路は空中回廊のようになっているようで、目測で三〇メートルほど下には、観覧車やコースターのレールといった、アトラクションの数々が設置されていて、やはり照明によって照らし出されていた。
「真ん中のお城だけ、現代風ですね~」
メノアがステフの横に並んで、そんな感想を告げる。
いや、アレはきっと当時はもっと古い時代を再現したものだったはずだ。
……間違いない。ここは遊園地だ。
それを口にすべきか迷っている内に。
「――どっかにあそこに降りられる道があるだろ。
進もうぜ」
リックが俺とステフの肩を叩いて進み始める。
やがて通路は行き止まりになって。
「んん? どういう事だ?」
首をひねるリックに、ステフが腕組みして胸をそらした。
「ああ、魔道帝国の地下遺跡なんかにゃ、けっこうあるんだ。
――昇降器なんダヨ」
……エレベーターだな。
ステフは慣れた様子で、壁にあるふたつのボタンの内、下側のボタンに触れる。
「魔道器の一種だからな。魔道を通せば――」
ベル音がして、壁が左右に割れる。
「ふえぇ~。すごいですねぇ」
メノアは開いたドアに触れて驚いていた。
「コレは仕組みが解明されてて、王立大学や学園都市でも導入されてるんだぜぃ。
図書館の回廊の昇り降りなんかに使われてンだよナ」
「へぇ。それは知らなかった」
「……オレアちんは知っとけョ。
国王陛下の離宮なんかにも、導入されてたはずダゾ」
「それこそ知らねえよ。
俺、離宮に行ったことねえもん」
だからこそ、この視察の巡回ルートに組み込んでいたくらいだ。
父上も母上も、理由もなく会いに来てはいけないつって、ずっと宮廷魔道士の遠話の魔法でのやりとりだけだったんだよな。
そんな事を話しながら、俺達は昇降器の中に収まり。
「――ンで、このボタンに魔道を通すと……」
下降にともなう浮遊感。
「――おおおぉぉ!?」
「――うええぇぇぇ~?」
この独特の感覚に、リックとメノアは悲鳴をあげた。
「おろ? オレアちんは平気なんダナ?」
不思議そうなステフの問いかけに、俺は微笑を浮かべて誤魔化す。
前世で体験済みなんて言っても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。
ソフィアがすぐに信じてくれたのは、子供の頃から一緒に過ごしていたからだ。
ステフやリックの事は親友だと思っているが……こんな話を信じてもらえるとは思えない。
それを話す事によって、ふたりに距離を空けられるのが……正直、怖かった。
再びベルが響いて、浮遊感は止み、ドアが左右に開く。
慎重に外に出ると、頭上に先程までいた回廊が見えた。
「……リック、どうだ?」
コイツの勘は信用できる。
以前、嫌な予感がしたというのなら、例えここが本当に遊園地なのだとしても、なにかがあるはずだ。
「……ああ、ビシビシうなじにキテやがる。
やべぇのがいるな」
リックは大剣を構えて、周囲の気配を探る。
俺はその横に立って、リックとふたりでステフとメノアを背後に置いた。
「――イラッシャイマセ」
「――ユメノクニヘヨウコソ」
「――タノシイタノシイユメノクニー」
と、不意に正面にあるゲート――まさに前世の遊園地の入場ゲートだ――から、直立するピンクのウサギや、パンダ、ゾウが姿を現す。
これもまた、前世の遊園地のマスコットのような出で立ちなのだが。
「着ぐるみって感じじゃねえな……」
俺は口の中で呟き、三体のマスコットを見据える。
「――キメラだ! 魔道帝国の鬼道生物!
おマエら、気を引き締めロ!」
ステフが警告を発して、俺とリックは身構える。
「イラッシャイマセ!」
それはピンクウサギの鳴き声なのだろう。
鬼道生物とステフが言っていた。
恐らくは元々はマスコットとして生み出されたものが、この地下遺跡ごと放置されて、そのまま繁殖、独自進化したんじゃねえかな。
「――先手必勝っ!」
ステフが三体に向けて何か放り投げて。
瞬間、閃光と爆炎が周囲を照らし出した。
「――あっちっ!」
咄嗟にリックが結晶結界を張って炎を遮る。
「おい、ステフ!」
「良いから、かかレ!
アレしきじゃ死なねーゾ!」
ステフの言葉を証明するように、いまだ燃え盛る炎の中から。
「ユメノクニヘヨウコソ……」
三体の影が揺らめき、こちらへ進み出てくる。
「――クソ! リック、行くぞ!」
「――で、殿下! アレ~っ!」
と、俺が踏み出そうとしたところで、メノアが腕を掴んで止めた。
舌打ちしながらメノアが指さす方――ゲートの右にある通りを見ると。
「イラッシャイマセ」
「タノシイタノシイユメノクニ~」
「マイゴハボクニマカセテネ」
「ゴアンナイイタシマショウカ」
無数のマスコットが群れを成してやってきている。
これがまともな遊園地なら、大歓迎に喜ぶ場面なんだろうが……ここは正体不明の文明の遺跡だ。
マスコットの抑揚のない鳴き声が、ひどく不気味に思える。
「――ステフ! もう一発だ!
逃げるぞ!」
「おうサ!」
「逃げるってドコにですか~?
戻るんですかぁ?」
「バカいェ! こんだけの生きてる遺跡を前に、退くワケねーダロ!」
ステフはメノアの尻を叩いて、やってくるマスコットの群れに先程投げた魔道器をふたつも放り投げた。
閃光と爆炎がマスコットの群れを吹き飛ばす。
「――リック!」
「――こっちだ!」
こういう時こそ、リックの勘だ。
これで俺達は<深階>を乗り切った。
駆け出したリックを追って、俺達もまた走り出す。
炎から這い出てきた最初の三体を薙ぎ払って、ゲートを駆け抜ける。
「――タノしくなってキタなぁ!」
「――学生時代を思い出すよなっ!」
すでにふたりはノリノリで。
「――ホント、おまえらと一緒にいると、大変だよ!」
「ンなコト言って、オレアちんだって楽しそうだぜぃ?」
そうか?
そうなんだろうか?
「ふええぇ~っ」
半べそかきながら、必死で俺達の後についてくるメノアには悪いが。
「そうだな。たまになら、こういうのも悪くない」
ワクワクしちゃってるんだから仕方ないよな。
リックが目指すのは、この地下空洞の中央にある城だ。
「――あそこにお宝がありそうな気がするんだよな!」
それが何かはわからないが。
リックの勘は本当に良く当たるんだ。