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閑話

『――というわけで、モルテン領は殿下のおかげで、なんとかなりそうです』


 我は遠視器でセリス殿の報告を聞き終え、頷きを返す。


「わかった。ソフィア殿に伝えておこう。

 それで?

 オレア殿とそなたは、なにか進展があったのかの?」


 先日の報告と違って、なにやら良い顔をしておる。


 きっとなにかあったのだろうて。


『その……一緒に街を回ったり、お話を聞いてくださったり……』


「ほほう、それはそれは……」


 あのオレア殿が、思い切った真似をしたもんだの。


『あとは、ダンスを申し込んでくださいました』


 顔を赤く染めて告げるセリス殿は、うれしそうに口元を緩ませている。


 ――良い傾向だのう。


『どう言葉にすれば良いのかわからないのですが……』


「良い、思ったままに言ってみよ」


『……嬉しかった、のだと思います。

 でも、以前の――婚約者だった時とは、なにか違うのです。

 以前のわたしは、確かに殿下とお話できるのが嬉しかったのですが……

 そうですね。

 あの頃のわたしの嬉しいは、欲しいものを手に入れられた時のような嬉しさで……

 でも、今の嬉しいは――もっとこう、温かくて泣き出してしまいそうな……』


「……ふむ」


 我は腕組みして、遠視板の中のセリス殿を見つめる。


「それはの、ようやくそなたが他の連中と同じ舞台に上がったという証だよ」


 婚約者時代の話は、ソフィア殿から聞いておる。


 恐らくはその頃のセリス殿は――


「ただオレア殿に見られたいと望んでいただけの婚約者時代のそなた。

 寄り添うだけで満足と言っていた先日のそなた。

 そして今のそなたは、オレア殿と見つめ合える事に幸福を感じておる。

 ――違いがわかるかの?」


 我の問いに、セリス殿はしっかりと頷きを返す。


『はい。だからこそ、わたしはあの方のお心を癒やして差し上げたいと、そう思うのです。

 ですが……』


「――わかるぞ。

 あやつの壁は強固だ。まるで呪いのように絡みついて、魂を縛り付けておる。

 なにがそうさせているのかはわからんが……」


『やはりわたしが婚約を破棄した所為で……』


「ならば、そなたと和解などすまいよ。

 アレはもっと根深いところで……なにか捕らわれておるのだと、我は睨んでおる。

 そなたはこの旅で、少しでもそれに触れられるよう努めてみてほしい」


『――はい!』


 セリス殿が力強く頷いてくれて、我は吐息する。


 ぬるくなったコーヒーをひとすすり。


『……ところで、今日はみなさんいらっしゃらないのですね?』


「あ~、それな……」


 我は苦笑する。


「先日の小言が思いの外、効いたようでな。

 シンシアとエリスは親孝行しながら、オレア殿との話題探しに精を出しとる。

 ミルドニアの双子皇女もまた、どうしたらオレア殿との仲を深められるか検討中だな」


 そうして肩を竦めて見せて。


「ソフィア殿とユリアン殿は――見た方が早いかの」


 我は遠視器を手に取り、転移を使う。


 跳んだ先はソフィア殿のおる会議室だ。


 そこには多くの文官や大臣が、書類の山に埋もれながら怒号をあげていた。


 その一番奥の机に、やはり書類の山に埋もれてソフィア殿はおった。


『――これは……』


「オレア殿の指示で、各領の精査が行われるだろう?

 それでこの有様だ」


 と、ドアが開いて、ユリアン殿が飛び込んでくる。


「――ソフィア様! ソウ・ギーハンの捕縛が完了しました!」


 するとソフィア殿は書類の向こうから顔を上げ。


「ご苦労様。次は――」


 と、手短に指示を飛ばし、それを受けてユリアン殿は会議室を飛び出していく。


「やれやれ、大変そうだのう」


 我がソフィア殿に声をかけると、彼女はくたびれきった顔で頷いてみせた。


「第二騎士団の処理が大変面倒な事になっておりまして……」


 聞けば、今回の領主に干渉するなという指示を出したのは、団長――トーレス将軍ではないのだという。


「事務方の暴走のう。

 ホツマでも時々起こるが……」


『事務方というと参謀幕僚長――いいえ、第二ですから政務管理長でしょうか?』


 さすが王太子妃教育を受けていただけあって、セリス殿はすぐに役職に思い当たったようだの。


「そう。トーレス将軍が事務処理を嫌って、承認印を預けてしまっていたのが原因ね。

 部下を信頼していたと言えば、聞こえは良いのでしょうけど……」


「それで出してもいない指示を出した事にされとったら、世話はないわな」


「ええ。ですから、将軍もまた減俸と謹慎処分にしました。

 問題は、各省庁でも似たような事が横行していたようで……

 ジュリア様には同様の行いをしていた者達の捕縛に当たってもらっています」


『……それで大臣方や文官様が……』


「――書類の精査にてんてこ舞いってワケ。

 さらに各領の精査もあって……しばらくは帰れそうにないわね……」


 引きつった顔で薄笑いを浮かべるソフィア殿に、我もセリス殿もどん引きだ。


「じゃ、邪魔したな。

 無理せず、少しは休むんだぞ」


 そうして我は元居たソフィア殿の執務室に戻ってくる。


「いやー、やべぇモン見たわ。

 オレア殿が視察に出て、本当によかったの。

 これがもっと後だったら、文官から死人が出てたろ、アレ……」


 遠視板の中で、セリス殿もコクコクと頷いておる。


「あとはユメなんだがな……」


『そうです! わたしはユメ様にぜひ、お礼を言いたかったのです。

 わたしを淑女同盟に引き入れてくださり、今の立場をくださったお礼をぜひ!』


 本当にセリス殿は律儀だの。


 だが……


「あやつな、しばらく見かけんのだよ」


『そんな! なにか事故や事件にでも!?』


「いやいやいや、あやつがそんなモンでどうにかなるものか!

 アレ、ああ見えて神器使いだぞ?

 ぶっちゃけ我よりやべぇんだから!」


 謙遜抜きでだ。


 <旅行者>にして神器使い。


 この世とは異なる技術や理にさえ精通しておる。


「普段ふわふわニコニコしとるから、そうは思えんだろうがな。

 アレが本気になれば、竜だって泣いて逃げ出すはずだぞ」


 だから平気で我やコラーボ殿をちゃん付けで呼びよるんだ。


『でも、お姿が見えないとなると……不安ですね』


「なにか思いついたって飛び出して行ったからのう……」


 多分、セリス殿のそれとは違う意味で、我は不安だよ。


 あの天然娘がオレア殿に迷惑をかけなければ良いのだが……

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