第13話 12
目の前に座る親子に、俺は苛立ちを抑えるのに必死だった。
隣に座るステフは、まるでソフィアのように上品な笑顔を浮かべている。
俺もまた、ステフの指示で上機嫌を装わされているんだが、腹が立って仕方ない。
「――というわけで、わが領は以前と変わらず、税収が安定しております。
殿下自ら視察なさって頂けるのは光栄ですが、問題などなにひとつありませんよ」
と、モルテン候は平然と告げるのだ。
そして、彼の横に座る娘のコリンナ嬢は、笑顔を浮かべながらじっと俺を見ている。
俺、この目はよく知ってるんだ。
学園や社交の場で、セリスやソフィアがそばにいない時には、よくこういう目を向けられていたからな。
――獲物を狙う女の目。
王太子妃という権威を求める者の目だ。
その権威を得るには、どれほどの努力が必要となるのかを知らない女ほど、こういう目で俺を見るんだ。
……今にして思えば。
セリスは王太子妃教育で、泣き言を言った事がない。
あいつとの婚約を破棄してからさ。
俺、あいつがどんな教育を受けてたのか、何気なしに教師達に聞いてみた事があるんだ。
……驚いたよ。
マナーに始まり、社交、政治、経済、中原連合諸国の地政にいたるまで。
なんでもダストア王国の王女が受けていた教育を参考に、カリキュラムが組まれていたそうで。
……あそこの姫さん、強えもんなぁ。
諸国同盟会議で話した事あるけど、油断すると取って食われそうになるんだ。
セリスが受けていた教育は、俺でも逃げ出したくなるような内容だったよ。
目の前で俺に秋波を送る娘に、それを修める気概があるようには思えない。
憧れるだけなら、初々しい乙女の想いという事でかわせば済むのだが。
「――さて、殿下。
今宵は宴を催そうと存じあげます。
よろしければ我が娘のエスコートをお願いできませんでしょうか?」
親父のモルテン候までがその気になっているのだから、始末に負えない。
チラリとステフを見ると。
『――な?』
と、勝ち誇った笑みを浮かべている。
この領主館に来る間に、ステフには注意されてたんだ。
――恐らくモルテン候は、これを契機とばかりに娘を売り込んでくるってさ。
ソフィアにせよ、こいつにせよ、なんなんだ?
未来視の魔眼でも持ってるのか?
そしてステフからは、それを受けろと指示を受けている。
「――わかった……」
「……ありがとうございます!」
コリンナ嬢が喜色を浮かべて礼を言い、したり顔を浮かべるモルテン候。
うまいこと取り入ったと思ってるんだろうな。
モルテン候にせよ、コリンナ嬢にせよ、領民に比べてひどく整った出で立ちをしている。
貴族が着飾るのを、俺は否定しない。
経済を回す為なのだから。
だが、それは自領の物を優先するべきだと思うんだ。
領主とは、自領の産業を売り出す広告塔であるべきで。
他領の産物を優先して購入するというのは、地元産業から得た原資を切り崩す事に他ならない。
他領の産業を自領に取り込もうというならいざしらず。
モルテン候にはそんな展望があるようには思えない。
恐らくは『領主という立場に見合った贅沢を』くらいにしか考えていないのだろう。
……学園に領主教育課程を設けるべきだろうか。
真剣に検討してしまうぞ。
宴の準備の為にモルテン候が席を外し、コリンナ嬢が残って、俺達の歓待を務める。
聞いてもいないのに話し続ける彼女の言葉によると。
「――急に旧コンノート領という大領地にお父様が封じられたので、以前居た婚約者との婚約を破棄して、それにふさわしい殿方を探しておりましたの」
――との事で。
貴族の結婚に、政治的思惑が絡むのは仕方ないと理解はできても、どうしても破棄された相手に同情してしまう。
しかしコリンナ嬢よ。
俺に色目を使うのは良いが、おまえが王太子妃になった場合、モルテン家の跡継ぎはどうするんだ?
おまえ、一人娘だろうに。
そういう考えが浮かばない時点で、王太子妃としてふさわしくないと、なぜわからない。
結局のところ、モルテンにせよ、コリンナにせよ、官僚気分が抜けきっていないんだ。
安易に法衣貴族を領主に任じてしまった、俺自身が悪かったんだろうな。
まさかここまで感覚のズレがあるとは思っていなかったんだ。
やがて宴の準備が整ったと使用人が告げに来て、コリンナ嬢もまた、支度の為に席を外して。
「……本当に悪気がないんだな」
応接室に残された俺は、ポツリと呟く。
「基本的に領主も官僚も世襲だからねぃ。
蓄積されてる知識が別モンなのサ。
官僚ってのは歯車であって、指針を自ら示すコトには慣れてないんだョ」
お祖父様の時代にも領主不足に悩まされたはずだ。
どう乗り越えたのか、城に戻ったら調べる必要があるな。
「……どうしたもんだろうなぁ。
わかりやすく悪事を働いてたなら、断罪すれば済む話なんだろうが……」
モルテン候はとにかく自身のミスに腐心していたようで、悪事らしい悪事をしていないのが問題だ。
「代わりがいるなら、クビすげ替えれば済む話なんだろーが、貴族不足ってのがここに来て祟ってンだよねぃ」
「言うなよ。
粛清は必要だったんだ。
平和な時代が長く続いた所為で、汚職してる貴族が多すぎたんだよ」
父上はお祖父様の代で成り上がった貴族達をまとめるのに腐心せざるを得なかった。
ならば、俺の代はそういった貴族を振るいにかけるのが命題なのだろう。
「マジで学園に領主課程を作るか……」
即効性はなくても、いずれは国内安堵に繋がるはずだ。
「ま、せいぜい悩むんダネ。
少なくともこの領はセリスちゃんが立て直してくれるはずだよ。
オレアちんの役割は、あの子の仕事をきっちり締めてあげる事サ」
意味深な笑みを浮かべるステフの考えが、俺にはイマイチ理解できない。
やがて使用人が俺を呼びに来て。
俺の来訪を歓迎する宴が始まった。