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第13話 10

 フランさんの案内に従って、わたしは東通りにある、今は営業していない酒場にやってきました。


 ここが武装蜂起なさろうとしている方々の会合場になってるそうで。


 店内に踏み込んだ当初、見慣れないわたしとフランさんに警戒を示したみなさんでしたが、彼らの中にわたしの顔を知っている方がいらっしゃって。


 警戒はされつつも、とりあえず話を聞いて頂ける事になりました。


 店内に集った方々は二十数名。


 みなさん、ずいぶんとくたびれた格好をしています。


 この領都モルテンは、お祖父様が当主の時代にリュクス大河の支流を地下に引き込んで、上下水道を完備しています。


 これは旧コンノートに限った話ではなく、先王陛下がなさった政策のひとつで。


 公共事業を国ぐるみで行う事で、大戦で疲弊した国内雇用を促したのです。


 ですから、お洗濯などで困るような事はないはずなのですが。


「――で? コンノートのお姫さんが、いまさらなにしに出てきたんだ?」


 この集団のまとめ役のゴルトンさんが、テーブルの向こうから尋ねます。


 その表情は明らかに厄介者を見るようなもので。


 わたしは膝の上で両手を握りしめます。


 深呼吸をひとつ。


 かつて王太子妃教育を受けていた時のように、貴族の仮面を被ります。


「――あなた達が武装蜂起を画策していると聞いて、それを止めに参りました」


 途端、店内にいくつもの怒号があがります。


 ……そうですね。


 みなさんの仰る通りです。


「――確かに」


 みなさんの怒号を遮るように、わたしはお腹に力を入れて、声を響かせます。


「今、みなさんが苦しい生活を強いられているのも、元はといえばわたしの所為なのでしょう。

 ……それはお詫びしてもし切れないものです」


 わたしは席を立って、みなさんを見回し、頭を下げました。


「――ですが、それを承知の上でお願い致します。


 どうか短慮をなさらないでください。


 このまま蜂起したところで、衛士や騎士に鎮圧されて終わりです」


 ここに冒険者方が加わっていたなら、またお話が変わってきたのでしょうが。


 幸か不幸か、モルテン領都もまた、リロイ市同様に冒険者方は少ないようで、この武装蜂起集団にも加わっていないようです。


「――じゃあ、どうしろって言うんだ!

 俺達はもう、明日食う飯さえ危ういんだ!」


 フランさんが集めてきた情報によれば。


 現在、この街の貧富の差は絶望的なほどに広がっています。


 役所と役人、コンノート商会やそこに携わる他領の商人や、彼らを相手にする商売は富んだ人達です。


 なにせ給与の原資が国税ですからね。


 一方、元々あった地元産業は衰退する一方なのだそうで。


 農業や工房といった、いわゆる一次産業に属する方々です。


 本来ならば役所が調整すべき部分を、モルテン候は放置してしまっているのです。


 街を見ればわかります。


 傷んだ石畳は放置され、ゴミが転がっていてもやはり放置。


 ふと思いついて。


「ひょっとして水道も放置されてたりしますか?」


 彼らの格好が気になっていたのです。


 以前のこの領都は、お父様の政策によって身綺麗にする事を推奨していました。


 役所で石鹸を配っていたくらいなのです。


 理由は商人が多く訪れる街なのに、住民が汚い格好だと他領や他国の商人に敬遠されるから、という自分勝手なものでしたが、領民達が清潔にできていたのは事実なのです。


「……以前なら、役所から季節ごとに清掃や補修の募集があったのが、今はなくなっている」


 ゴルトンさんはため息をつきながら答えてくれました。

「その所為で、詰まって使えない水場が多くて、ウチの家内なんかは毎日、まだ使える水場を探して歩き回ってるくらいだ」


「――なぜそれを役所に訴えないのですか?」


「……俺達の言葉なんて、お役人は聞いちゃくれないだろう……」


 ……ああ、これはお父様がやってきた事の弊害ですね。


 領民を駒とする為に、望まれる前に与えてきた事が、彼らから『考える』という事を奪ってしまっているのです。


 そして役人もまた、お父様がいた頃ならば、お父様の指示に従うだけでよかったのです。


 領民は陳情せず、役所は指示も陳情もないのだから動かない。


 だから、わたしはまず一歩を彼らに示さなくてはなりません。


「――役所とは本来、民の声を集め、それを叶える為に存在しているのです。

 今の彼らは、税金を給与として頂きながら、無駄に浪費しているだけのタダ飯食いになりさがっています」


 少し乱暴な言葉を使ってしまいましたが。


 彼らに伝える為には、こういう言葉の方がよろしいのでしょう。


「あなた方では不安と仰るのなら、わたしが役所に――いいえ、ご領主に代弁致しましょう。

 ですから、短慮なさる前に、わたしに力を貸して頂きたいのです」


 ゴルトンさんは首をひねります。


「俺達が姫さんに協力?

 俺達になにができるって言うんだ?」


「簡単な事ですよ。

 そうですね、ここでは少し手狭ですし……都門前の広場で行いましょうか?

 そこにみなさんを集めて頂きたいのです」


「――みなさん?」


「ええ、()()()()です。

 ――今の生活に不満をもっている、すべての人に声をかけてください。

 彼らの声をまとめて、ご領主に陳情致しましょう」


 できない事はないはずです。


 わたしは大聖堂で毎日、たくさんの患者さんを診ています。


 きっとその経験が役立つはず。


「フランさん、使ってしまって申し訳ありませんが、紙とペンを用意してください」


「――しかし、セリス様!

 その……護衛は?」


 フランさんの懸念はわかりますが。


「護衛なんて不要ですよ。

 ねえ、みなさん?」


 ここに居るのは、生活に困っていて。


 それでも家族の為に立ち上がろうとした優しい人達なのです。


 わたしを害そうというのなら、もっと前にできたはずです。


「……前の領主様にはご恩があるからな。

 コンノートのお家が取り潰されたのは……

 ……正直なところ、ご当主様と姫さんの自業自得だと思うが……

 今、俺達が苦しいのは、姫さん達の所為じゃないって事くらいはわかってるつもりだ」


「――そうそう、むしろ前の方が暮らしやすかったしな」


「未来の皇太子妃を出した都って、俺達、他領の商人に自慢してたもんな」


「ご当主様は、いつもガメつかったけどな」


「バーカ、金の使い道はうまかったろうが」


 口々に発せられる言葉に、わたしは声を詰まらせます。


 以前のわたしは……こんなにもみなさんに愛されていたのに……


 失敗してようやく気づくなんて、本当に愚かだったのですね。


 お父様にもいつか、この声を届けて差し上げたい。


 お父様は『民は駒』と断じてらっしゃいましたが。


 その駒にもちゃんと心があって。


 彼らなりにわたし達を愛してくださっていたのです。


 そう思うと、思わず視界が揺らいでしまって。


「――どうぞ」


 フランさんがハンカチを差し出してくださって、わたしは目元を拭います。


「……本当にあなたには驚かされます」


 囁かれたフランさんの言葉に首を傾げると。


「いいえ、なんでもありません。

 それより紙とペンでしたね。

 街がこの状況でも、コンノート商会なら揃えられるでしょう。

 ……行ってまいります」


 フランさんが元酒場を出て行こうとドアに手をかけ。


 入れ替わるように軽装鎧姿の騎士様がドアの向こうに姿を現します。


 途端、店内のみなさんが立ち上がって、警戒を露わにしました。


「――おっと、失礼」


 騎士様はその様子に気づくより、目の前でぶつかりそうになったフラン様に謝罪して。


「こちらにセリス殿がいらっしゃると伺ったのですが。

 ――殿下からの伝言です!」


 律儀に敬礼して、そう告げると、ゴルトンさん達は顔を見合わせて驚いた顔をなさいます。


「――殿下って?」


「王太子様の事か?」


「……いらっしゃってるのか?」


 ざわつきを収めるように、ゴルトンさんがわたしに視線を向けてきました。


 だから、わたしはもはや王太子妃だった頃の仮面を投げ捨てて。


「ええ。

 あのお方もまた、みなさんの為に動いてくださってます。

 ですから……」


 今の――ありのままのわたしの笑顔を彼らに向けるのです。


「――どうか、わたしにお力を貸してください」

 

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