第13話 9
「――ンで?
いったい、どういうつもりだったンだョ?」
向かいのソファに座った監査隊隊長の肩に肘を置き、ステフはガラ悪く尋ねる。
監査隊の駐屯舎の応接室。
俺はソファに腰掛け、ライルは護衛の体で後ろに控えている。
ここに来てから俺、一言も話してねえんだけど?
駐屯舎を訪れて、ステフが俺を紹介し。
隊長が出てきて俺の顔を見て驚きながら応接室に通して。
そして、ステフが来訪の理由を説明した。
領都の政が滞っているのに、監査隊は気づいていないのか、と。
なんか隊長とステフの間で、どんどん話が進んでいくんだ。
ステフに尋ねられて、口ヒゲ中年の隊長は困ったように俺を見る。
「……率直に話せ」
ようやく俺、口を開けたよ。
「――オラ、殿下が話せつってんダロ!」
ステフが隊長の頭を打ち抜く。
なんでおまえ、そんな偉そうなんだよ。
あと、ガラ悪すぎだろう?
「お、恐れながら……」
隊長がステフに叩かれた事など気にしていないように、顔を青ざめさせて俺を見つめて応えた。
「……以前、殿下は領主へ圧力をかけていた咎で、当該監査隊を処分なさいました」
……ユリアンの実家、スローグ領の話をしているのだろう。
「それ以降、第二騎士団では領主の施策に過度に干渉しないよう通達がありまして……」
「――アホかっ!?」
「――バカなのカっ!?」
俺とステフの声が重なる。
「つまりなんダ?
おマエは、自らの怠慢を殿下への忖度の結果と言いたいワケかぃ!?」
「俺はそんな事、望んだ覚えはないぞ?」
隊長は青い顔のまま、身を縮こまらせる。
要するにだ。
今の第二騎士団は、領政の監査役でありながら、領主の政治に対して見て見ぬ振りを貫いているという事だ。
俺はため息をついて、懐から遠視の魔道器を取り出す。
繋げる先はソフィアだ。
『――あら、殿下。
どうなさいました?』
突然の俺の連絡に首を傾げるソフィアに、俺はモルテン領の惨状を告げる。
「あげくに監査隊がおかしな忖度して、機能してないと来た。
――第二騎士団長を更迭しろ。
アイツ、スローグ領の件で、なにもわかっちゃいねえ」
なまじ政治を理解できているからこそ、保身に動くのだろう。
ラインドルフの件で、貴族を粛清したのも影響しているのかもしれない。
劇薬が効きすぎた感がある。
「――民を想えない騎士はいらない。
監査隊の再編成を行うぞ。
家柄は考慮するな。
……使えない奴はすべて切れ」
元々、第二騎士団は領主から民を守る為の団なんだ。
それがいつからか、領主に対して強権を振るえる事から、法衣貴族の次男三男が政争目的で幅を利かせるようになっていた。
そして、俺の逆鱗に触れたと見るやいなや、保身に走っていたというわけだ。
大鉈を振るうなら、今だろう。
と、そこで。
「――ォヲっ!? ソレが噂の遠視の魔道器かぃ?
ソフィアちゃん、ヤホー!」
ステフがテーブルを回り込んで、遠視板に顔を向ける。
『――ス、ステフっ!?
なんであなたがそこにっ!?』
「なんでって、偶然再会しちゃってね。
ザクソンの結婚式に同行する事になったのサ。
それよりサ、気づいたかぃ?」
ステフが遠視板の中のソフィアを見つめる。
『……事はモルテン領だけじゃないって事でしょう?』
「そそ。アンタら去年から領主家改易しまくって、法衣貴族を領主に封じてたろ?
……そのツケがここに来て回ってきてんのサ」
んん?
どういうことだ?
「――おや、オレアちんはわかってないようダ。
ソフィアちゃん、アンタから説明してくれる?」
『……大臣達と話し合い、なるべく優秀な官僚から抜擢したつもりだったのですが。
法衣貴族――官僚は歯車であって、経営者ではなかったという事ですね』
眉間にシワを寄せて、ソフィアは首を振る。
『彼らは基本的に上からの指示で働いていましたから……自らで政策を作る事に慣れていないのです』
「――結果として、官僚時代のようにミスをしない事に専念する為に、ナニもしないを選んじまう領主が激増しテんだョ」
俺は思わずローテーブルを蹴り上げた。
隊長とライルが驚きに身体を震わせ、ステフが面白そうに笑みを顔に浮かべる。
「……ソフィア。モルテン領と同じ状況になってる領を洗い出せ。
そしてそいつらを推薦した省庁のリストアップ。
推薦者にも責任を取らせろ」
完全に封建制度の弊害が出ている。
民より保身を重要視するような奴が、領主の座に着いちまってるんだ。
これは俺達、王城側の問題でもある。
数字だけのチェックで、問題に気づけずにいたんだ。
あー、クソっ。
イライラする。
なぜ与えられた地位に甘んじて、それに対する義務を果たせない?
民の安堵なんて、領主として基本中の基本だろう?
少なくとも、あの強欲だったコンノートでさえできていた事だ。
「いやぁ、オレアちんが国内視察して、本当に良かったねぃ?」
ステフが勝ち誇ったようにソフィアに告げると。
『――そうね。わたしも国内の事は数字でしか見ていなかったみたい。
……反省してるわ』
「ソフィアちゃんは、昔からそゆトコあったからねぃ」
知識を溜め込んで現場に活かすソフィアに対して、ステフは経験から知識を活用するタイプだ。
そこに是非はないのだろうが、昔からたびたび意見を衝突させていたのを見かけていた。
「ソフィアちゃん、貸しイッコだぜぃ?
コンノート領はなんとかしてやっからナ」
勝ち誇るステフに、俺とソフィアは目を丸くする。
「――なんとかできるのか?」
「正確には、あたしだけじゃムリなんだけどねぃ。
幸い、あたしらにはセリスちゃんってカードがある」
「――セリスが?」
ステフは腕組みして胸を張った。
「あたしが想像してる通りなら、あの子はヤルだろうネ。
領主の悪政――まっ、本人は悪いと思ってないんだろうが――に対して、悪さして落ちぶれた前領主の娘が改心して立ち上がる。
舞台としちゃ、できすぎだろう?
サテ、民はどちらに付くカネぃ?」
「――そ、そんなうまく行くもんか?」
途端、ステフは俺の頭を叩いた。
「その舞台を整えるのが、あたしらの役目だローが!
ヤんだョ!
聖女伝説のいちページをでっちあげんダ!」
俺が遠視板の中のソフィアを見ると。
『……なるほど。
そういう手段ね。
聖女からの真摯な陳情。
官僚上がりのモルテン候がどう対応するか見ものね』
扇で顔半分を隠して、黒い笑みを浮かべる。
なんか、おまえらだけで通じ合ってないか?
俺にも説明してくれよ。
「――オィ、隊長。おマエらも協力しろョ?
それで処分すっかキメっからナ?」
ついには俺を頭越しにして、隊長に指示まで出し始めた。
「……なあ、ライル。
おまえ、どういう事か理解できるか?」
「……すみません。僕、政治はさっぱりで……」
「……気にするな。俺にもさっぱりわからん」
俺達や隊長を置き去りにして。
ステフとソフィアは詳細の詰めにかかっているようだ。
あー、学生時代もこうだったよ。
ふたりが悪だくみを始めると、俺達はいつも置き去りにされるんだ。
ステフは隊長に走り書きしたメモを渡して、セリスへの伝言を頼み。
「――よし、じゃあ次はいよいよモルテンのトコだぜぃ!」
「なあ、説明してくれよ?」
「ンだョ、オレアちん、あったまわりぃなぁ。
移動しながら説明してヤるから、いいからイクぞ!」
ステフは俺の手を引っ張って立ち上がらせると、ドアへと急がせる。
「――あ、あの! 私への処分は……」
隊長が追いすがって尋ねてくるので。
「……とりあえずステフの計画の成果次第だ」
それがどういう計画なのかは知らんけどな。
監査隊としてきちんと務めを果たすなら、それに見合った処遇になるだろ。
そうして俺達は駐屯舎を後にする。