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第13話 8

「――私もここに籠もりがちなので、それほど詳しくはないのですが……

 ……これがモルテン領都の現状です」


 墓守殿の説明を聞き終えて、俺は思わずため息をついた。


 つまるところは、だ。


「……モルテン候は、コンノート商会が国営化した為に、それが賄っていた税収を補う為に税率を上げた、と」


 それはまあ、仕方ない事だろう。


 国営企業の収益は、そのまま税として国庫に収められる。


 この領地ではコンノート商会の収益から税の大半を賄っていたのだから、そうなるのも仕方ない。


 コンノートの奴は……貴族としては売国奴でどうしようも無い奴だったが、経営者としては天才的だったのだろう。


「民は駒……民が潤ってこそ、税収も上がるのだと、旦那様は常々申しておりました」


 墓守殿の言葉に、俺は頷かざるを得ない。


 民から税収を賄うのではなく、民に消費させる事で経済を回し、コンノート商会で税収の大半を賄うという手法を取っていたのだから。


 雇用を促進し、インフラを整え、百姓でさえ王都のちょっとした商人レベルの生活ができる。


 この領都では、それが当たり前だったのだという。


「……いらん欲をかかなければよかったものを……」


 為政者としては、優れていたという事だ。


 つくづくアイツは愚かな真似をしたものだと思う。


 一方、モルテン候だ。


「元々、財務省勤務のコンノートだったから、財務省からの推薦で抜擢したというのに……」


 官僚根性が抜けきっていなかったようだな。


「……新領主様は、恐らく悪気はないのでしょう。

 ただ、何もなさらない事が、問題を引き起こしているのです」


「……だろうな」


 話を聞くに、ひたすらに現状維持を貫いているように思える。


 きっと失政によって、王城に目を付けられるのを恐れているのだろう。


 だが、この領地を支えていたコンノート商会はもはや国営なのだ。


 なにも手を企てなければ、齟齬によって衰えていくのは必然と言える。


 ……どうしたものかな。


 コンノート商会に関わる者や役人は、税によって給料を貰えるから、以前より潤っている。


 一方、庶民は職を無くして苦しんでいるんだ。


 と、小屋のドアがノックされて。


「――失礼致します」


 ドアを開いたのは、フランだった。


 その後ろにはセリスの姿もあった。


「ああ、オリー。

 街の様子を探ってきましたよ」


 俺が姿変えを使っているのを見て、フランは俺を仮名で呼んだ。


 こうやって即座に機転が利くのを、俺は純粋にすごいと思う。


 フランは墓守殿に軽く挨拶すると、手帳を取り出して集めてきた情報を教えてくれる。


 そのほとんどは、墓守殿から聞いたものと一緒だったのだが……


「……モルテン候に不満を募らせた一部の者達が、武装蜂起しようとしているようです」


「はあっ!?

 陳情を飛ばして、いきなり武装蜂起だと!?」


「それが……この地に残っている領民は、陳情という発想ができる者がいないようで……」


 そういう知恵のある、商人や名主が逃げ出しているのだから、そうなるのか……


 クソっ!


 これはコンノートの奴の落ち度だ。


 民は駒――知恵の普及を制限していたのだろう。


 だから困窮した民は、他に取るべき手段を思い描けずに暴力に訴えてしまう。


 だが、民が武装放棄したところで、モルテンは自分が悪いと思っていないのだから、衛士や、最悪の場合、騎士団の派遣を請求するだろう。


 そうなったら泥沼だ。


 騎士は容赦なく、領主の請求に従って民を斬り捨てるに違いない。


 ――どうする?


 どうしたら良い?


 モルテンをすげ替える事はできるはずだ。


 だが、根本的な問題として、領民達の不満はなくならない。


 今までコンノートの指示に従って働いてきたのだ。


 自分で考えて職を探せというのは、酷というものだろう。


 指標を示してやる必要がある。


 本来ならば、それが領主の役割なのだが……


「……あの、オリー。

 もしよろしければなのですが……」


 それまでフランの横で黙って話を聞いていたセリスが、不意に声をかけてくる。


「彼らの説得、わたしに任せて頂けませんか?」


「そんな事が――」


 できるワケがないと言いかけて。


 セリスの目に決意の光が灯っているのに気づく。


「わたしも民を導く為の教育は受けているのですよ。

 以前、殿下が仰った、王太子妃教育費の返済には足りないかもしれませんが……」


 セリスは胸の前で両手を握りしめて告げる。


「きっと、今のわたしだからこそ、届く言葉もあると思うのです」


 その手はわずかに震えていて。


 ――領民達に恨まれているかもしれない。


 そんな恐怖を押し殺してなお、セリスは立ち上がってくれたのだろう。


 それを無碍にする事は、俺にはできそうにない。


「……わかった。

 フラン、護衛を頼めるか?」


「それは構いませんが……オリーは同行しないのですか?」


「……俺は俺でやるべき事ができた」


 セリスはきっと、前領主の娘として――けじめをつけようというのだろう。


 ならば、俺は王太子として務めを果たさなければならないだろう。


「まずは第二騎士団の監査隊からだな……」


 すべての情報を揃えてからでなければ、悪気のない元官僚を論破できないだろう。


「……セリス、無理はするなよ」


「――お気遣い、ありがとうございます」


 そうして俺は、領民を説得する為に情報を精査するセリスとフランを残して、墓守小屋を後にした。


 宿に戻ると、ライルとステフはそのまま部屋に残っていて。


「――なにしてんだ?」


「あ、オレアちんお帰り~」


 ライルが謎の筒を握りしめて、必死にそれを振っていた。


「ナニって、ライルくんは魔法剣士目指してるってゆーからさ、それならっつって、あたしの魔道剣を試させてるのサ」


 魔道剣っていうと……


「――学生時代にザクソンに試させてたアレか!?」


「そそそ。遺跡巡って、運良くゲンブツ拝む事ができてサ。

 ようやく完成したってワケ。

 ――どうだい? ライルくん」


 ステフに問われて、ライルは首を傾げる。


「やはり剣とは重さが違うのと……魔道を通し続けるという感覚が難しいですね。

 慣れるまでしばらくかかりそうです」


「慣れれば、何でも斬り裂く光の刃が出てくるよ~

 ザクソンなんか、試作品で魔物ブった斬ってたからねぃ。

 ま、それは君にあげるから、練習してみるんだねぃ」


「――よ、よろしいのですかっ!?」


「元々、使える奴が少なくて、遊ばせてたモンだからねぃ。

 使ってくれるなら、あたしも嬉しいンだョ。

 あ、使ってみてのレポートはよろしくねぃ」


 ……ますますライルを手放せなくなったな。


 俺は苦笑してソファに腰を降ろして。


「……色々とわかってきた事がある」


 墓守殿やフランから聞かされた事を告げる。


「ほ~ん。予想通り、面倒なことになってんダナぁ」


 ステフは予想していたらしい。


 さすがはソフィアと政治面でも対等に会話できるだけあるという事か。


「で、オレアちんはどうすんだぃ?」


「俺はまず、第二騎士団の監査隊を問い詰める。

 領の現状を王城に報告してないのは、職務怠慢だからな。

 王太子として出向くから、護衛としてライルを連れて行こうと思ってな」


 護衛もなしじゃ、本当に王太子か疑われそうだからな。


「ンじゃ、あたしも行こうかねぃ」


「あン? おまえは別に来なくても……」


「アホタレ。監査隊ってのは、政治的な要領を掴んでる連中なんだロ?

 あんたが言いくるめられないように、あたしがソフィアちゃんの代わりしたろーってんだョ」


「――お、おう」


 それは心強い……のか?


 俺には監査隊の隊長と取っ組み合いをするステフの姿しか浮かばないんだが……


「そぃじゃ、行ってみようかネ!

 オレアちん、最悪、隊のクビ切る事になるけど、その覚悟はあるんだろうねぃ?」


 ステフに問われて。


「……当たり前だ。

 守るべき民を守らず、なにが騎士だ」


 俺の言葉に、ステフは満足げにうなずく。


「ヨシ! じゃあ、無能摘発、イッてみよ~」


 なんだか知らんが。


 ステフ、ずいぶんと楽しそうだな。

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